『目指すべき場所へ』
黒く染まった空の下、迫りくる黒い人型のゾンビみたいな化け物……黒いゾンビから逃げる。
幸い黒いゾンビの動きは遅く、相応に足も遅いので俺の足でも十分に逃げられる。しかし問題はその数だった。
目指すべき場所は分かっているのに、そちらの方向に向かえない。じわじわとではあるが、確実に追い込まれている気がする。
こんなことなら車にでも乗ればよかったが、生憎俺はマイカーは持ってないし、父さんの車も家の前には無かった。流石にそうそう簡単に事を運ばせてはくれないということだろうか?
そんなことを考えながらいくつ目かの曲がり角を曲がったタイミングで、俺は己の失敗を自覚した。
俺の頭には、元の記憶だけではなくこの世界の記憶というべきものもあり、だからこそこの道が最悪の場所へ続いていることを理解してしまった。
その考えを肯定するように、道の先には大きな商店街の入り口が見えてきた。
「……くっそ……」
あの黒いゾンビは最初近所の家の中から出現した。もし仮に、元々そこに居た人間と入れ替わるように出現しているとしたら……年末の商店街は……。
「多すぎだろ……」
商店街から文字通り道を埋め尽くしてこちらに迫ってくる黒いゾンビの大群……後ろからは、ここまで俺を追いかけてきた黒いゾンビ……マズい、挟まれた!?
どうする? 逃げ道はない……考える時間も、ほとんどない!? 前は絶対に無理だ……後ろも相当数が多いけど、避けながら抜けられるか?
いや、抜けるしかない! 可能性が低くても、ここで諦めるわけにはいかない!!
前方よりは後方の方がまだ突破できる可能性があると考え、俺は即座に反転して緩やかな足取りでこちらに迫る黒いゾンビたちに向かう。
黒いゾンビたちとの距離がどんどん近くなり、俺が回避行動をとるために方向転換をしようとした瞬間……渇いた銃声と共に、前に居た黒いゾンビが水風船が割れるようにはじけ、黒い水となって地面に吸い込まれていった。
「……え?」
予想外の事態に思わず足を止めた俺の前に、二丁のハンドガンを手に持った白衣の少女が現れる。少女はまるで舞うような動きで黒いゾンビたちの間をすり抜け、両手に持ったハンドガンで次々黒いゾンビを倒していく。
「……なんとか、間に合ったみたいだね!」
「……絵里……奈?」
そう、現れたのはクロによく似た白衣の少女……この仮想世界で何度も言葉を交わした、黒須絵里奈だった。
「……なんで?」
なにがどうなっているのか、分からなかった。この世界の住人がすべて黒いゾンビに変わったとしたら、当然彼女もそうなっているはず。いや、それ以前にシロさんが造った世界の登場人物である彼女が、なぜ俺を助けてくれたんだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶと同時に、今度はエンジン音を響かせ、一台のバイクがこちらに突っ込んできた。
バイクには、これはまた見覚えのある少女がまたがっており、彼女は俺のすぐ近くで跳躍してバイクを乗り捨てた。
バイクが滑るように地面を転がっていき、商店街からこちらに向けて迫る黒いゾンビたちの群れに到達すると、少女は手に持っていたサブマシンガンをバイクに向けて放ち……大きな爆発と共に、多くの黒いゾンビが吹き飛んだ。
「快人さん! こっちです!」
「有紗!? い、いったいなにが……」
「話はあとです! いまは、ここを離脱しましょう!」
バイクに乗って表れた少女……幻中有紗が俺の手を引いて走り出し、それに続くように絵里奈も走る。
手を引かれるままに走り、大きめの通りに向かう道に入ると、またも見知った人物が目の前に居た。
「アイリスさん! やってください!」
「……うん!」
有紗の言葉を聞いた女性……アイリス・リアフィードさんは、手に持っていたなにかからピンを抜いて――え? ちょっと待って、それ手榴弾!?
綺麗な放物線を描いて投擲された手榴弾は、黒いゾンビの集団に届くと……大きな爆発を轟かせる。
「ひゅぅ、アイリスさん、いい肩してますね~」
「……えっへん」
そのままアイリスさんも俺たちに合流し、四人で道を走っていると……道の先に大きなワンボックスカーが見えてきた。
「快人さん! こっちです!」
「リディ先輩!?」
今度はリディ・クアネット先輩!? ど、どうなってるんだ本当に!?
戸惑いながらも、俺たちはリディ先輩の声に導かれるようにワンボックスカーに飛び込む。そして、リディ先輩は素早く扉を閉めると、運転席に向かって声をかけた。
「凜々! 出してください!」
「わかりました!」
運転席に座っていたのは……西行寺凜々花先輩。
「やっほ~快ちゃん。ゾンビ映画の主人公になった気分はどうかな?」
「風さんまで……本当に、どうなってるんですかこれ?」
後部座席から気の抜けた声で話しかけてきたのは、村雲風さん……これで、この世界での俺の知り合いである研究室メンバーが勢ぞろいである。
状況がさっぱり分からない俺に対し、サブマシンガンのマガジンを交換しながら有紗が口を開いた。
「遅くなっちゃいましたけど……『お助けキャラ』の登場ですよ」
「お、お助けキャラ? ど、どういうこと? というか、その武器はなに!?」
「まぁ、アレです。簡単に説明すると、私たちは元の世界での快人さんの恋人を元に造られ、そしてそれぞれ元となった存在から想いを受け取りました。言ってみれば、いまこの仮想世界で、快人さんの味方ができる存在って感じです。ちなみに武器に関しては、夢ヶ丘大学に山ほど置いてありました……この世界を創った神様が、かかってこいって用意してくれたんでしょうね」
「……味方……それじゃあ……」
有紗の言葉を聞いて、集まった研究室メンバーたちを見渡すと……皆、温かい笑みを浮かべて頷いてくれた。あぁ、くそっ……涙出そうだ。本当に……なんて心強い援軍だろう。
「さぁ、快人さん目的地を教えてください! 私たちが、サポートします!」
「……ありがとう、皆」
駆けつけてくれた皆に心からのお礼を告げたあと、俺は目指すべき場所を口にする。
クロから母さんと父さんの死を明確に認識できる場所と聞いて、俺の頭に思い浮かんだ候補地はふたつ。
ひとつ目は、忘れもしない母さんと父さんが死んだ場所……事故現場。だが、たぶんそこではない。というのも、あの事故現場は都市の再開発の一端で数年前に改修されて景色が変わってしまっている。
事故現場ではあるが、記憶に残る事故当時の場所ではない。だとすると、明確に死を認識するという点で考えれば弱いと思った。
そうなると、もう候補はひとつしかない。何度も足を運んだあの場所……。
「凜々先輩! 高速道路に入って、南部の郊外……『時風霊園』に!」
「わかりました! 飛ばしますよ……しっかり掴まっててください!」
母さんと父さんが眠る墓地……そこが、俺が目指すべき場所だ!
シリアス先輩「ガン=カタ使いだと……」
???「さすが、クロさんが元になっただけはありますね。ちなみに有紗ちゃんは、アサルトライフルとサブマシンガンとスナイパーライフルを切り替える、全距離に対応した万能ファイターです」