絶望的に商才が無さそうだった
「それで、カイトさんは何をお求めなんですか?」
「ああ、えと……宝樹祭に行く事になったんだけど、その準備をしようかと」
長い金髪を揺らせながらアリスが尋ねてきたので、俺は一番初めにここを訪れた理由を告げる。
着ぐるみじゃなくなった事で何となく雰囲気が変わって見える。
仮面外して喋らなければ、見た目はゆるふわ系美少女と言ったところだろうか? 性格が全てを台無しにしてるけど……
「へぇ、宝樹祭っすか。お任せ下さい! うちの店は『食品以外』なら何でもありますからね!」
「うん? なんで食品はないんだ?」
「そんなの、あったら自分で食べちゃうからに決まってるじゃないですか!」
「……」
何だろうこの、物凄く残念な感じ……本当にコイツに尋ねて大丈夫なんだろうか? いや、大丈夫な気がしない。
ともかく出来るだけ安いものを五つ買って帰ろう。
「ところでカイトさんは、宝樹祭は初めてっすか?」
「え? あぁ」
「なら最初は靴から選ぶのが良いですね」
「靴?」
靴がお勧めだと言う言葉を聞き、俺は意味が分からず首を傾げる。
「ええ、初参加の人がよくやる失敗なんですが……森の中を歩く訳ですから、足場も悪いところがありますし、硬い靴だと歩きにくいですよ」
「な、成程……」
確かにこの世界の靴は革靴が主流で、今俺が履いている靴も結構硬い。
一応スニーカーもあるにはあるが、今来ている服とは雰囲気合わないし、そもそも周囲から浮いて目立ってしまうのでマジックボックスにしまったままだ。
「宝樹祭は10日後ですし、今の内に買って履き慣らしておくと良いですね」
「つまり、柔らかめの靴を用意した方が良いって事か……」
「そうですね……そこで、私がお勧めするのがこちら! 伸縮性に優れるアクアリザードの皮をふんだんに使った一品! 良く伸びる上に丈夫なので、よっぽど常識外の足のサイズをしてない限りフィットします! 更に汚れにも強いので、獣道でも安心して歩けますよ!!」
「……」
あれ? なんか、思ったよりまともなセールストークじゃなかろうか?
アリスが笑みを浮かべながら差し出してきた靴を手に取って見るが、確かに非常に柔らかく履き心地も良さそうだ。
色合い的にも落ち着いたダークグレーであり、デザインも派手すぎずいい感じで……正直、欲しいと思ってしまった。
「良さそうだけど、これ……高いんじゃない?」
「そうっすねぇ~素材は結構良いもの使ってますし……100Rでどうでしょう!」
「え? 買う」
「ありがとうございます!」
日本円にして1万円……大変お買い得であった。というか、いくら何でも安すぎるんじゃなかろうか?
いくら俺がこの世界の物価に疎いとは言え、この靴がかなり良いものだと言うのは分かる。
いや俺としては、良さそうな品を安く買えて嬉しいのだけど……先程までの切羽詰まった金欠アピールを見ていると、どうしてもアリスの懐事情が気になってしまう。
「……安すぎない? これだと、アリスが損しちゃうんじゃ……」
「え? いや、別に……だって、それ『私が作った靴』ですし、素材も自分で採ってきましたから」
「そ、そうなんだ。アクアリザードって、結構簡単に狩れるものなの?」
「そりゃ、あんなの所詮『3メートル位』のトカゲっすし、簡単なものですよ」
「……」
3メートルのトカゲって、それ十分化け物なんじゃなかろうか? え? この世界の人間は、3メートルのトカゲとか普通に狩れるものなの? なにそれ、怖い。
少し茫然とする俺の前で、アリスはナイフや剣と言った武器類が並ぶ棚の前に移動する。
「収穫用のナイフなら、こちらですね! カイトさんは見た所扱い慣れてない感じですし、シンプルなデザインが良いっすね」
「そ、そうなの?」
「ええ、自分の手切っちゃったとかじゃ、笑い話にもならないすからね~刃は短めで湾曲してないタイプが良いでしょうし……よし、これなんていかがでしょうか?」
「それは?」
「材質はエレクトラムでやや重めですが安定感があります。最大の特徴は刃の中央に魔水晶が入っていて、魔力を込めると風の刃が展開しますので、素人でも簡単に切る事が出来ますね。魔水晶もそれなりに良いものを使用していますので、普通に使用する分には魔力切れ等はないでしょう。無理やり多量の魔力を込めたりして、刃を巨大化させたりしたら別っすけどね」
何かまた凄そうなものを取り出してきたものだ。
つまるところこれは魔法具の一種であり、魔力の刃を展開する事でナイフの扱いが上手くなくともしっかり切る事が出来るらしい。
薄い黄金色の刀身で、柄部分等にも細かな細工が施されており、美術品的な価値もありそうな一品だ。
今度こそ本当に高そう……というか以前クロと魔法具の市へ行った時に、これと似た様な物を見た覚えがある。確かそれはもう少し大きかったけど、2000R位だったと思う。
ナイフ一本に20万はかなり高価な印象を受けるが、武器としても使える魔法具ならその位が適正だとクロも言っていた。
「な、何て言うか、良さそうなんだけど凄く高そう」
「確かに先程の靴よりは値が張りますね……500Rってとこでしょうか?」
「……買う」
「ありがとうございます!」
驚きの安さだった。
と言うか、いくら何でも安すぎる。コレってもしかして……
「なぁ、アリス。もしかしてこれも……」
「え? ええ、私が作りました」
「……やっぱり」
「というか、うちにある商品の殆どは私が作ってますよ……余所から仕入れる程、お金に余裕ねぇえすし」
その言葉に驚きながら、店の中を見渡してみる。
靴、服、アクセサリー、武器、魔法具……これ、全部アリスが作ったの? と、とんでもないなコイツ。
靴も作れて、服も縫えて、アクセサリー作るセンスもあって、鍛冶も出来て、自分で素材を調達できて、その上どの品もプロの仕事と思う程素晴らしい。
……何でそんだけ高スペックなのに、ロクに食事も食べれない程貧乏なのコイツ?
「……なんでそんなに安くて良さそうなものが揃ってるのに、この店流行ってないの?」
「それなんすよね。いや~私もなんでか分からねぇんすけど、大抵のお客さんは扉開けた瞬間帰っちゃうんですよね。店内の装飾が悪いんですかねぇ?」
「……」
いや、それ間違いなく着ぐるみ姿の店主見て回れ右してるだけなんじゃなかろうか? 俺もそうしようと思ったし……
いやいや、それならそれで別にお金を稼ぐ方法は他にもいっぱいあるだろうに……
「いや、店で売れないなら売れないで、どこかに卸すとかすれば良いのに……」
「……へ?」
「いや、だからこれだけ良いものが作れるなら、商会とかに卸せば買ってくれるんじゃないの?」
「……その発想は無かった」
な、何と言うか本当に残念な奴だ。余裕で大金稼げそうな程高スペックなのに、性格と言うか普段の行いがそれを全て台無しにしている。
いやむしろ、この調子なら仮に商会とかに卸したとしても失敗しそうな気がする。
「あ~でも、そう言えば以前店出す申請しに行ったんすけど……危うく叩き返されそうになりましたし、もう二度と来るなとか言われましたよ」
「……着ぐるみ着て行ったんじゃない?」
「え? そりゃ勿論そうですけど?」
「お前、馬鹿だろ?」
「不思議とよく言われます」
訂正、既に失敗してた。
駄目だ。本人のスペックは高くても、致命的に残念すぎる。
いや、本当に、神は二物を与えないとはよく言ったものだ。
(私が能力を与えてる訳ではありませんが?)
黙ってろ、天然女神。
拝啓、母さん、父さん――アリスの店にある品は、どれも一級品と言って良い程のものだったけど、残念なことにアリスは――絶望的に商才が無さそうだった。




