『セカンドステージ』
まるで突然目の前に現れたように感じるそれは、まるで引力を持っているかのように俺を引き付ける。
胸元から床に落ちたネックレスに手を伸ばしながら、俺は酷い頭痛を感じていた。そのネックレスを手に取ろうとしている自分と、それを止めようとしている自分……頭の中でそれらが衝突しているかのような痛み。
というか、そもそもこのネックレスはなんだ? いつ、どこで手に入れたのか……いつから身に着けていたのかもサッパリ分からない。
「ぐっ!? うぅぅ……ぐっ……」
手が震え、体からは大量の汗が噴き出すような感覚と共に、俺はそのネックレスを拾い上げた。すると、頭痛がより一層酷くなった。
ナニカが体の奥底から飛び出そうとしているような異様な感覚。本来なら悶絶してしまいそうなほどの頭痛に晒されながら、それでも俺の目はネックレスに釘付けになっていた。
なんだこれ? なにが起こってる? 俺はなにを……。
「……ク……ロ――あぐっ!?」
なにか、無意識に口から言葉が零れ落ちた瞬間……ダムが決壊するかの如く、頭の中に大量の情報……『いままで忘れていた記憶』が濁流のように流れ込んできた。
「……俺は? そうだ! 俺はシロさんと……ここは、いったい……」
――カイトくん! お願い、返事をして!!
「ッ!? クロか!?」
――カイトくん! よかった……届いたんだね。
すべてを思い出した俺の頭に、響くように聞こえてきたのは……聞き間違えるはずのないクロの声。俺が返事をすると、クロは焦りと安堵が混じったような声を返してきた。
――カイトくん。よく聞いて……いま、カイトくんはシロが造った仮想世界に居るんだ。期限は30日間。
「30日間!?」
その説明を聞いて、慌てて壁にかかったカレンダーに視線を向ける。そうか、このカレンダーはタイムリミットまでの期限を示していたのか……ということは、期限まですでに24時間を切っている!?
――その期限までにそこから脱出できないと、カイトくんはこの世界で過ごした1年間の記憶をすべて失ってしまうんだ!
「なっ……」
記憶? この世界で過ごした1年間……つまり、勇者召喚に巻き込まれてから、いままでの記憶がすべて消える。
それが俺が負けた時に支払うべき対価……なのか? なにか引っかかる気がするけど、いまはそれは後回しだ。まずなにより、この仮想世界から脱出しないといけない。
――地球神から聞いた話だと、カイトくんがその世界を脱出するためには……カイトくんが、その世界を明確に偽物だって認識できる場所に行かなきゃダメなんだ。
「……偽物……明確に?」
――あくまで、予想になるんだけど……それはきっと、カイトくんの両親に関係がある場所だと思う。
「ッ!?」
……そういうことか。いま、ようやく納得がいった。この世界は……俺にとっての『理想の世界』だ。死んだはずの母さんと父さんが生きていて、クロ、アイシスさん、アリス、リリアさん、ジークさん、フェイトさん……正確に言えば別人ではあるが、心から愛しているその人たちがいる世界。
そして、おそらくクロの推測通り……この世界は俺の『もし母さんと父さんが生きていたら……』という思い……いや、願いを核に構成されているんだろう。
「……分かった! とりあえず、思いつく場所を目指してみる」
――うん……お願い、カイトくん。必ず、帰って……き……。
「クロ? クロ!?」
――シ……に……気付……た……カイト……ん……頑……て……。
それを最後にクロの声は聞こえなくなった。たぶん、シロさんが気付いて、クロと俺の通信を遮断したんだろう。
とにかく、時間がない! すぐに動かないと!
外れていたネックレスを首に付け直してから、俺は大急ぎで必要最低限のものだけを手に持って階段を駆け下りる。
その途中でふと気になってリビングを覗いてみたが……母さんも、今日が休みで家に居るはずの父さんの姿もなかった。
そのことに少しの違和感を感じつつ、家の外に飛び出すが……直後に、なにか嫌な予感がして視線を空に向けた。
「……なんだ……これ? 空が……黒い」
見上げた空は、青空ではなく……まるで塗りつぶされたように黒一色に染まっていた。だが、夜というわけではない。周囲は昼間の明るさを保ったままで、空だけが黒くなっている。
そしてそれだけではなく、年末の住宅街だというのに……まるで人の気配を感じなかった。
「……」
なんとなく、直感ではあるが……理解した。この仮想世界は、ここまでは『俺に気付かせないための世界』だった。だけど、俺が気付いた……いや、思いだしたことで世界はその様相を変えた。
そう、おそらく……『俺を脱出させないための世界』に切り替わったのだろう。
第二ステージってわけか……上等だ! 絶対脱出してやる……クロたちとの、大切な思い出を失ってたまるか!!
俺がグッと拳を握り締めて決意を固めた直後……住宅街のいくつかの家の扉が、ほぼ同時に開いた。
「え? ……は?」
そしてあちこちの家から『黒一色の人型』……言い方は悪いが、まるで黒い全身タイツを身に纏ったような、人型だけど明らかに人間とは思えない者たちがぞろぞろと現れ、ゆっくりとした足取りで俺の方に向かって近づいてきた。
「ちょっ!? うぉぉぉぉ!?」
どう考えても、この状況で出てくる変な化け物が友好的なわけがない。俺は即座に身を翻し、猛ダッシュで道を走り始めた。
アレなに!? なんなの!? 動き遅いけど、数が尋常じゃないんだけど……ゾンビ? ゾンビなの!? 明らかに捕まったらロクなことにならないよね!? って、どんどんあちこちの家から現れてるぅぅぅ!?
これが第二の試練? 俺はいったい、いつから……ゾンビ映画の主人公になったんだぁぁぁぁぁ!?
???「シャローヴァナル様、なんて鬼畜なんすか! カイトさんに体力的な面とか、戦闘力的なのが必要な試練出すとか……悪魔の所業ですよ! カイトさんがどれだけ戦闘面でへっぽこだと思ってるんすか!? 血も涙もねぇんすか!?」
シリアス先輩「……まぁ、600話以上やっといて、まともに戦ったのは一戦だけ……しかも負けてる主人公ってのも、珍しいね」