『世界は彼を味方しないが……』
「皆、グラスは持ったね? それじゃ、かんぱ~い!」
「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」
絵里奈の声を合図に、俺たちはグラスを掲げて乾杯する。今日は待ちに待ったクリスマス……研究室メンバーでのパーティーだ。
まぁ、とはいってもホームパーティーみたいな形式なので、皆も別にドレスを着ているわけでもなく普段の服装で、気心知れた間柄の面々ばかりなので凄く気楽だ。
「それじゃ、皆楽しんでね。ボクはちょくちょく料理の追加とかもするよ」
「あっ、黒須教授。私も手伝いますよ」
「私も」
「ありがとう、リディちゃん。じゃあ、少しだけ手伝ってもらおうかな? ……凜々花ちゃんは、お願いだから皆と料理食べてて」
「え? あ、はい」
今回の主催者……もとい会場提供者である絵里奈を手伝おうと、素早くリディ先輩と凜々先輩が立ち上がる。こうやってすぐに手伝いに動けるのは、やっぱ大人の女性って感じがするなぁ……。
もっとも、リディ先輩は料理上手なのだが、凜々先輩は家事全般はからっきしであるため、速攻拒否されていた。まぁ、凜々先輩はかなりいいところのお嬢様なので、あまり自分で家事をする機会が無くて慣れてないのだろう。
「俺たちも手伝った方がいいかな?」
「う~ん、ソレは流石に人手が過剰っすよ。要請があれば手伝う感じで、私たちはパーティーを楽しんでましょう。ちなみに、私は七面鳥焼いたので、もう仕事はしました」
そうか、七面鳥を焼いたのは有紗か……う~ん、見ただけで美味しいと分かる完璧な焼き加減。これは、食べるのが楽しみだ。
……うん、いい仕事してるから、ドヤ顔に突っ込むのはやめとこう。
「……そうなんだ……七面鳥……美味しそう……有紗……快人のために……頑張ったんだね」
「はぁっ!? また貴女はおかしなことを……覚悟はできてるんでしょうね!」
「……あっ……待って……それ絶対辛いやつ……やだ」
「こらっ、今日という今日は逃がしませんよ!」
柔らかく微笑みながら告げたアイリスさんの言葉に、有紗はほんのりと顔を赤くして……その顔以上に赤い何かの食材をもってアイリスさんを追いかけ始めた。
まぁ、本気で追いかけっこしているというよりは、じゃれてる感じなのでいつも通りである。
「……ねぇ、快ちゃん」
「うん? どうしました、風さん?」
「そこのサラダとって」
「……50㎝も離れてないじゃないですか、というか俺より風さんの方が近いんですけど……」
「いや、ほら、私はここまで歩いてくるのに気力も体力も使い果たしたから……」
「弱っ!?」
こちらもいつも通り、完全にだらけ切っている風さんに呆れながら、サラダを取り分ける。すると、風さんは当たり前のように大きく口を開けたので……風さんのフォークを使って、食べさせてあげると、なにやら満足げな笑みを浮かべて頷いた。
「もぐ……うん。流石快ちゃん、言わなくてもわかる阿吽の呼吸。なんだかんだで応じてくれる優しさ……よし、結婚してあげよう」
「結構です」
「結婚だけに?」
「……」
あれ? 暖房効いてないのかな? やけに寒いけど……。
「快人さん、コップが空ですよ。ビールでよかったでしょうか?」
「あっ、凜々先輩。すみません、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ今日は招待してくださってありがとうございます」
「……といっても、企画者は有紗ですし、会場の提供は絵里奈ですけどね」
物腰柔らかな凜々先輩は、本当に上品なお嬢様といった印象を受ける。まぁ、こう見えて剣道が滅茶苦茶強かったり、ちょっぴりドジなところもあるんだけど……それもまた魅力といえるだろう。
そのまま、俺は凜々先輩と風さんと雑談をしながら料理を食べ、途中で他の面々も加わって賑やかに楽しくクリスマスを過ごしていった。
彼の、宮間快人の日々は本当に充実していた。母が居て、父が居て、仲の良い人たちがいて……ちょっと気になる女の子もいる。
どうしようもなく、幸せで満ち足りた日々……胸を張って幸福だと言えるはずの環境。
だが、彼の心の中に湧き上がる不安は消えるどころか、日に日に大きくなっていっているように感じられた。
「……」
快人が考えるような表情で見つめる先にあるのは、一枚のカレンダー。12月30日までしか、記されていない不良品。
一日が過ぎた証として刻まれたバツ印は『29日』まで刻まれている。そして、そのカレンダーを見ながら、快人は頭痛を堪えるように頭に手を当てる。
このカレンダーを見ていると、どうしようもなく不安を掻き立てられるが……その原因がわからない。
彼は、宮間快人は……異世界トリニィアにおいて、数々の幸運を……奇跡をその手に掴み取ってきた。それは彼自身が持つ人柄や、縁の要素もあっただろうが……なにより『シャローヴァナルの祝福のおかげ』であった。
世界の神たるシャローヴァナルの祝福を受けた快人は、世界そのものに愛されていた。中でも運という要素が関わるものについては、その効果は絶大だった。
そう、彼の圧倒的幸運は……世界の祝福によってもたらされていた。
だが、いま、この場において彼にシャローヴァナルの祝福はない。世界は彼の味方ではない。ゆえに、この空間において彼にいままでの幸運はなく、奇跡が湧いて出てきはしない。
そう、いま、この瞬間は……世界にとって彼は愛すべき対象ではなく、世界の神に挑む敵。
「……え? なんだ……これ?」
なにかが切れる音が聞こえ、快人は小さな呟きと共にそちらに視線を向けた。そこにあったは……『黒い独特の形の水晶が付いたネックレス』……彼の胸元から落ちたものだった。
だが、快人はそのネックレスを知らない。どこで手にいれたかも覚えていない……ただ、なにか、強烈に引き寄せられるような感覚と共に、ソレに向かって手を伸ばした。
……この空間において、世界は彼の味方ではない。
だが、しかし、それでも――『運命』は、彼を味方する。
愛を持って施されたその祝福は――世界に逆らい、一度きりの小さな奇跡を起こした。
歯車はようやく動き始める。そして間もなく、『二つ目の試練』が――幕を上げる。
シリアス先輩「……マジで? アレ伏線だったの!? ただのラブラブ宣言じゃなかったの!?」
???「実はそうです。快人さんはシャローヴァナル様の祝福以外に、もうひとつだけ祝福を受けていました。シャローヴァナル様の祝福を一時的に解除されても、まだ残ってたわけですね……運命の祝福が」
シリアス先輩「……くるか、シリアス展開!」