『歪み』
【お知らせ】
書籍版第五巻の発売日が決定しました。11月17日です! 詳しくは活動報告をご参照ください。
エデンからもたらされた情報、それを元に集まった面々は思考を巡らせる。
「……シャルティア、どう思う?」
「おそらくクロさんも同じことを考えてると思いますが……仮想世界からの脱出、偽りであると認識できる……エデンさんの言葉から想定すると……一種の夢を見ている状態なんでしょうね」
「そうだね。だとすると……シロが、カイトくんに与えた試練は……」
真剣な表情で話すクロムエイナに対し、アリスも同様の表情で推測を交えながら言葉を返す。そしてその推測が正解であろうということは、ここに集まった多くの者たちが理解していた。
「……幸せな夢……カイトの望むものが全部あって……誰もカイトを傷つけない」
「カイちゃんの心を、優しく溶かしていく甘い毒ってわけだね。つまり、カイちゃんに与えられた試練は……『幸せの拒絶』ってとこかな?」
「……辛いことを拒絶するのは……簡単……でも幸せを拒絶するのは……すごく……難しい」
アイシスとフェイトという珍しい組み合わせのふたりも、クロムエイナとアリスの想定を聞きながら話し合う。
そこから少し離れた場所では、リリアとジークリンデもなにかに気付いた様子で顔を見合わせていた。
「気付いている人も、それなりにいるみたいですね。そう、シャローヴァナル様は今回、カイトさんの『歪み』を狙って試練の内容を決めたということです」
アリスが告げた快人の歪みという言葉に、それなりの人数が首を傾げた。しかし、快人の恋人である面々を始めとした一部の者は、それがなにかを察し少し表情を暗くする。
そんな中でクロムエイナは、首をかしげている面々の内……葵と陽菜の方を向いて口を開いた。
「アオイちゃんもヒナちゃんも、カイトくんが日記を書いてるのは知ってるよね?」
「え、えぇ……」
「はい。でも、それが快人先輩の歪み……なんですか?」
同じ屋敷で暮らす葵と陽菜も、快人が日記を書いているのは知っている。しかし、それが歪みであると言われても、いまいちピンとこない様子だった。
そんなふたりを見て、リリアがクロムエイナの言葉を引き継ぐように説明し始めた。
「アオイさん、ヒナさん……本来はもっとページ数があるでしょうが、数えやすいように日記一冊を100ページと仮定します。カイトさんがこの世界にきてから書いた日記は……何冊ぐらいだと思いますか?」
「……日に1ページずつ書いたなら、4冊ぐらい……ですか?」
「……私の知る限り、ですか……『20冊を超えています』……」
「「ッ!?」」
リリアの言葉を聞いて、その異常ともいえる量に葵と陽菜が驚愕する。
「うん、カイトくんは日記……ううん、アレはもう亡くなった両親への手紙、だろうね。ボクも何度か見せてもらったことがあるけど、その日あった出来事……覚えてる限りの会話の内容まで、事細かに書かれてたよ。少しずつ改善していってるみたいだったから、あまりそのことに深く言及したりはしなかったけどね」
「……カイトさんが両親を亡くしたのはおおよそ10年前……いままでに、いったい何冊の日記を書いたんでしょうね? たぶん、幼かったカイトさんは両親の死を受け止めきれなかった……だから、遠い場所に居て会えない相手に手紙を書くような感覚で日記を書き続け……いつしか、それが習慣になってしまったんでしょう」
クロムエイナとアリスが語る快人の歪み……そう、快人は両親の死を割り切ったつもりでいる。いや、実際頭の中では理解し、納得しているのだろう。
しかし、心の奥底には……いまだ、その傷が残り続けている。本当に、心から両親を愛していたからこそ……本人すら気づかないうちに、両親に宛てて書く日記を心の拠り所にしていた。
だが、それもこの世界で多くの人たちと出会い……改善の傾向にあった。しかし、10年積み重なったソレは簡単には消えていない。
「……カイトが見てる夢は……両親が生きている……そんな……夢だと思う」
「だね。そうなると、カイちゃんがその夢から覚めるには……両親の死を明確に認識できる場所に辿り着かなきゃいけないってことだね」
そう、だからこそ快人をよく知る恋人たちは表情を曇らせた。なぜなら、この試練をクリアするためには、快人にもう一度両親の死を突き付けなければならないから……。
それが快人にとって辛いことだというのは理解できる。しかし、だからといってそれをしないわけにはいかない。この試練に失敗すると言うことはすなわち……快人の記憶が消滅することを意味するのだから……。
母親にそっくりのルーチェと出会った際にも、快人は目に見てわかるほど動揺し、それが別人だと理解したあとは酷く落ち込んでいた。それほど、彼にとって両親とは大きな存在なのだ。
「カイトさんが、両親を心から愛してるからこそ……辛く苦しい試練になるってわけっすか……イイ趣味してますね、ホント……」
淡々と告げるアリスだったが、その瞳は冷たく……怒りを必死に抑えている様子だった。
「……じゃあ、ボクはカイトくんに呼びかけてみるよ」
「……お願いします」
エデンが告げた最後のアドバイス……クロムエイナがゆりかごに触れて呼びかけ始めた。いつ返事が来るかもわからない……酷く長く感じる想い空気の中で……。
「快人くん、ツリーはそっちにお願い」
「了解」
年に一度のクリスマス……今日は有紗の提案で研究室メンバーでのパーティーを行う予定だ。会場となっている絵里奈の家の隣に住む俺は、朝からその準備を手伝っていた。
父さんと母さんも、途中から参加してくれるみたいだし……今日はかなり賑やかになりそうな気がする。本当に楽しみだ。
――……
「うん?」
「どうしたの? 快人くん?」
「……あっ、いや、なんでもない」
なんだろう? いま、なにか声が聞こえた気がしたけど……ここには俺と絵里奈しかいないし、気のせいかな?
???「……来た、アリスちゃんの時代」
シリアス先輩「……いや、まぁ、たしかに最近の本編でも活躍してるし、流れは来てるかもね」
???「書籍版の五巻の表紙はアリスちゃん! しかも、しかも、ここまでの巻で初めてカイトさんとのツーショット! 来ましたねこれは! 本編でも大活躍! 五巻は私がメイン!! 私の魅力がたっぷりですよ!!」
シリアス先輩「……言ってる……正体……言ってる」
???「……あっ、いや……いや~私の推しであるアリスちゃんの出番が多くて嬉しいですねぇ~」