『究極の力』
覚醒したフェイトの力によって天秤が傾いた神族と人魔連合軍の戦いは、もはや一方的な様相へと移り変わっていた。
もはや戦力という面では人魔連合軍が圧倒しており、神族側の要たるライフもアイシスに度々能力の発動を殺され、神族たちの治癒と蘇生が追い付かない状況にまで追い込まれていた。
着実に神族の数は減っている……だが、全滅させるまでには至らない。ライフも三回に一度は能力の発動を殺されてはいるものの、上級神を優先して蘇生させることで戦局をギリギリ維持していた。
フェイトの能力によって限界まで死の魔力を引き出せるようになったアイシスでも、シャローヴァナルの力である権能そのものを殺すことはでないため、完全には神族の蘇生を防げてはいない。
それでも戦局は大きく人魔連合軍の側へと傾いている。
「堪えろ! このような爆発的な強化が長続きするわけがない! 界王が魔力を補充したとしても、そう遠くないうちに効果は切れる! それまで持ちこたえよ! 生命神を守り抜け!!」
神族たちに檄を飛ばすクロノア。彼女自身もボロボロになりながら、それでもまだ戦いを継続している。味方と認識している全員を、その才能の限界値まで強化するフェイトの『運命の臨界点』は恐るべき力だ。
だか、そのあまりにも強力な力には、相応の消費が付いて回る。最高神として人知を超越したフェイトの魔力も、その力を維持するために爆発的な速度で消費されている。
リリウッドが戦線から離れてフェイトに魔力を供給し続けているが、それでも消費の方が圧倒的に上回っているため……フェイトの限界はいずれ訪れる。
ゆえに神族たちは必死に耐えていた。いな、我が身を盾にしてでも、ライフを守るために動いていた。
むろん人魔連合軍側としても、この千載一遇……最後のチャンスともいえる攻め時を逃すわけにはいかない。ここでライフを倒せなければ、先はない。
そして、膨大な魔力がぶつかり合う空間に、一際大きな魔力が脈動した。
「ッ!? いかんっ!? 全員散れ! 『竜王のブレス』だ!!」
『甘いわ! この一撃、ワシの視界の届く範囲に逃げ場はないと知れ!』
竜王マグナウェル……世界最大の生命体たるその全長はじつに、約30000メートル……その体躯から放たれる全力のブレスは、前方すべてを灰燼と化す。
クロノアの空間転移もアイシスの力によって発動を阻害され、逃げ場のなくなった神族たちに破滅の閃光が降り注いだ。
どれほどの時がたっただろうか、数多のぶつかり合い。互いの死力を振り絞った激戦の末……戦いは最終局面を迎えようとしていた。
いまとなっては、人魔連合軍の前に残る神族はたった二体……ライフとクロノアだけ。
そう、ライフは激しい戦いの中で、他のすべてを切り捨てクロノアと己を生存させるためだけに力を使った。だからこそ、クロノアとライフはまだ生き残っている。
しかし、ここまで圧倒的な能力で戦局の中心であり続けたライフにも……限界が訪れており、両膝を地に付き、立つことすらままならない状態になっていた。
そしてそれはクロノアも同様であり、肩で大きく息をしながら片膝を地面についていた。
「……すごいよ……時空神……生命神……これでもまだ、倒せないなんて……」
だが、限界というのならフェイトも同じ……運命の臨界点の効果は切れ、その反動により人魔連合軍も動くことすらできない状態になっていた。
「……見くびるな……たしかに、貴様の選択もひとつの正解であったと認めよう」
「えぇ、シャローヴァナル様への揺るがぬ忠義があるからこそ……反旗を翻す……それは私にも時空神にもとれぬ選択です」
「……だが」
「……えぇ、ですが……」
いまにも崩れ落ちそうな姿で、震える足に力を籠め、それでもクロノアとライフは立ち上がる。
「命を賭してシャローヴァナル様のために戦い抜くと決めた我らの信念が! 貴様の決意に劣るものでは無いと知れ!」
「貴女だけが、焼けつくような覚悟を身に宿しているわけではありません!」
シャローヴァナルに対する絶対の忠誠心を柱に立ち上がったクロノアとライフは、フェイトを睨みつけるように見ながら言葉を続ける。
「……そちらにはまだ幻王が残っている。対して我らは満身創痍……勝敗は決まった……とでも、思っているのか?」
「……え?」
「なぜ、生命神が我を生存させたと思う? そうだ、我らには……いや、我にはもうひとつ切り札がある」
「切り札……まさかっ!?」
不敵な笑みを浮かべたクロノアを見て、フェイトはある可能性に思い至る。シャローヴァナルから最高神にのみ与えられた切り札。その権能の極致たる一度のみの力……。
すでに三人とも一度その力は使っている。だが、『ふたつの権能を持つ』クロノアは? その切り札も『ふたつ与えられている』のではないのかと……。
「……時空の審判!」
最初にクロノアが使った時空の審判は『空間による拘束』……そして、今回発動させたそれは『時』の権能に関わる力。
驚愕に目を見開くフェイトの前に……絶望的とすらいえる光景が広がる。
満身創痍だったはずのクロノアとライフが完全復活しており、それどころか倒したはずの神族も全て……一切の傷すらない状態で蘇ったいたのだから……。
「これが、我が与えられたもうひとつの切り札……こちら側に限定した時間の巻き戻しだ。これを使わず、貴様の能力が切れるまで耐えられるかは……なかなかに厳しい賭けであった」
「えぇ、ですが、これで……本当に決着です」
「……そん……な……」
もはやフェイトに力は残っていない。人魔連合軍側の戦力はアリスひとり……もはやどうにもならないと、そう感じながらフェイトが膝を付きかけた瞬間……渇いた拍手の音が空間に響いた。
「いや~なかなかに熱い戦いでしたね。フェイトさんもカッコよかったですよ。もうちょっと力を使いこなせるようになってたら、結果は違ってたかもしれませんね」
「シャルたん?」
「幻王……ずいぶんと余裕そうだな? たしかに貴様は強いが、よもやこの状況を貴様ひとりで覆せるとでもいうつもりか?」
状況に似合わないほど軽い口調で告げるアリスに、クロノアが怪訝そうな表情で問いかける。するとアリスは拍手していた手を止め、あまりにも穏やかに微笑みながら口を開いた。
「……なに言ってるんですかね? そもそも『前提が違う』って気づいてないんでしょうか?」
「……なに?」
「この戦いにおいて、私にとって賭けだったのはフェイトさんをこちら側に引き込めるかどうか、それだけですよ。シャローヴァナル様の言葉を信じるなら、快人さんを救い出すには快人さんの紡いできた絆が重要になるんでしょうから……恋人っていう強い絆で結ばれてるフェイトさんは、なんとしてもこちら側に欲しかったんですよ。だから……わざわざ『用意された戦場』に足を運んだわけです」
「なにが言いたい?」
味方が運命の臨界点の反動で全員戦えない状態になり、神族側は完全復活しているというのに……アリスの態度は余裕そのものに見え、クロノアはいらだった様子で切り返す。
「……だから、前提が違うんすよ。快人さんのために集った面々が、戦力的に勝る相手に立ち向かい、限界を超えて勝利する? まさか、そんな『不確定な要素』を、私が快人さんを救うための作戦に組み込んでると思ってるんですか? まぁ、この機会に皆さんが成長できればそれはそれで、今後のいい財産になるなぁ~とは思いましたけどね」
「……なにを――ッ!?」
「……余裕そう? 違います、余裕なんですよ。言ったでしょ? 私にとってギャンブルだったのは、フェイトさんを味方にできるかどうかだけ……他はどんな展開でも大丈夫だったんですよ」
その言葉と共にアリスの体から桁違いの魔力があふれ出す。それはクロノアですら思わず一歩後ずさってしまうほど、凄まじいものだった。
「分かりませんか? こう言ってるんですよ……『神族を全滅させるのなんて、初めから私ひとりで十分』だったってね!」
アリスの体から放たれたいくつもの光が空へ上り、満天の星空の様に煌めきだす。
「いまここが、この瞬間が――私の心の極致! この力はただひとりのために――この心もただひとりのために――限界を超え、世界を超え! いま! 『愛を紡げ』! ――ヘカトンケイル!!」
煌めく星々が次々とアリスの体に吸い込まれると同時に、アリスの仮面が砕け散る。それは彼女の真に究極の力、ただひとりのためだけに行使される極致。
かつての自分『アリシア』ではなく、新たなる自分『アリス』となったことで、さらに変化した心具の究極戦型。
素顔……本来の姿に戻ったアリスは、驚愕する神族たちの方を向き、静かに宣告した。
「……さぁ、チェックメイトの時間です。神域での戦いにはまぁ、不安要素もありますが……ここでの戦いは、もう終局まで私の掌の上ですよ」
???「ずっとアリスちゃんのターン!!」
シリアス先輩「本当にずっとじゃねぇか!?」
???「あっ、ちなみにヘカトンケイルの究極戦型の発動台詞が『世界を紡げ』から『愛を紡げ』に変わってます。まぁ、能力はたいして変わってないんですけど、発動条件とかその辺が変わってるので変えました」
シリアス先輩「……ここまでの情報から考えて、この究極戦型の能力ってクソチートじゃない?」
???「まぁ、軽く引くレベルでチートですね」