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『訪れない未来』



 すっかり日も暮れ、街灯に照らされた道を有紗と並んで歩く。大通りからは少し外れている住宅街なので、人通りもほとんどなくて、都会とは思えないほど静かだ。


「もぅ、私の方が快人さんよりよっぽど強いんですし、護身用にえげつない威力のスタンガンとか、法律的にヤバい武器類も携帯してるのでわざわざ送ってくれなくても大丈夫なんすけどねぇ」

「ツッコミどころは多すぎるが……まぁ、それでも一応な」


 もうすっかりいつもの調子に戻っており、のんびりとした口調で話す有紗に苦笑する。


「ところで快人さん、なんか喉渇きません? 私は渇きました」

「……そういや、美味い夕食の報酬がまだだったな」

「さすが、快人さん! 話が分かりますね~」


 遠回しに飲み物を奢ってくれという有紗だが、そのぐらいは安いもの……というより、これはある意味定番の流れだった。

 有紗がうちに遊びにきて夕食を手伝ってくれた時は、俺は毎回彼女を家まで送っていく。そしてその道中で、有紗が喉が渇いたと言って、自動販売機で飲み物を買って近場の公園で雑談するという感じだ。


 いつもと同じ自動販売機で、有紗にはカフェオレ、俺自身は微糖の缶コーヒーを買って、申し訳程度にベンチと滑り台のある小さな公園に移動する。

 そして古びた木造りのベンチに並んで座り、一緒に空を眺める。


 明るい都会の星が見えない空……見慣れたようで、少しだけ寂しさを感じる景色を眺めつつ、冷たい夜風に吹かれながら温かな缶コーヒーを飲む。

 大通りの喧噪が遠くから微かに聞こえるだけで、それ以外は静寂と言っていい空気の中、有紗がポツリと口を開いた。


「……なんか、いいですね」

「うん?」

「いえ、なんとなく……毎日楽しいなぁって、そう思ったんすよ。どうでもいいことを長々と話して、くだらないことでムキになって、ちょっとしたハプニングとかもありつつも、仲の良い人たちに囲まれて……こういうのを、幸せっていうんでしょうね」

「……そうだな」


 たしかに有紗の言う通り、毎日が本当に充実している。有紗と他愛のない話をしながら通学したり、研究室で皆とワイワイ話したり……イベントごとの計画を立てたりと、本当に幸せな日々だと思う。


「……凜々先輩やリディ先輩は来年には就職活動ですし、私たちだっていつまでも大学生じゃないです。環境はきっと変わっていきますし、進路もバラバラになるかもしれません。先のことなんてわからないものですけど……こんな風に、幸せな日々がこれからも続いてくれると……いいですね」

「……有紗は、ジャーナリストになるんだったな」

「おっと、スーパーが抜けてますよ。スーパージャーナリストです。まぁ、たしかにジャーナリストになるのは、私の夢みたいなものですし、そのために準備してきました。でも、わからないものですね。最近はちょっと、違う夢も見えてきちゃいましたよ」

「……違う夢?」


 穏やかな口調で話す有紗の言葉に、首をかしげながら聞き返す。すると有紗は、俺の方を向いてはにかむように微笑んだあと、ふたたび夜空に視線を戻してから口を開いた。


「……明里さんを見てると、専業主婦ってのも悪くはないかなぁなんて思ったりします。まぁ、ほら、私って料理とかも完璧にこなせる超絶美少女なわけですし、美味しい料理を作って旦那の帰りを待つんですよ。休日にはお弁当とか作って、大好きな旦那と一緒に出掛けて、いっぱい笑い合って……そういうのも、素敵だなって、最近思うようになりました」

「……そっか」

「まぁ、そろそろ行きましょう」


 そう告げてベンチから立ち上がり、ゴミ箱に空き缶を捨ててから笑う有紗の顔に、思わず見惚れてしまった。なんというか、妙に恥ずかしいというか……有紗のことを意識している自分がいる。

 有紗に続いて俺も空になった空き缶をゴミ箱に入れ、公園への出口に向かおうとすると……ふいに、背中に小さな衝撃を感じた。


「……快人さん、そのまま振り返らずに聞いてください」

「……」


 有紗が小さく俺の服を摘まみ、顔を俺の背中に埋めながら告げた言葉に、ドキリと心臓が跳ねた。


「……返事は急ぎません。というか、いまはまだ返事を聞く勇気がないので、あとにしてくれるとありがたいです」

「……有紗?」

「まぁ、一種の就職活動だとか、そんな風に思ってください。急かしませんし、期限もありません……いつか、その、快人さんが……私に『永久就職の内定』を出してもいいなって、そう思ったら……教えてください。その時は、私は……その進路を選びますから」


 それは小さな声だったが、ハッキリと俺の耳に届いた。もちろん、その言葉がなにを意味するかも……。


「……快人さんと出会えて、本当に良かったって、そう思ってます」

「有紗……」

「あ、あはは、変なこと言っちゃいましたね。すみません、ささっ、行きましょう!」

「あっ、おい!」

「ほらほら~置いてっちゃいますよ~」


 どこか慌てた様子で話を切り上げ、無駄にテンションを上げて俺の前を早足で歩きだす有紗。その小さな背中を眺めながら、俺の心に浮かんだのは……言いようのない悲しさだった。


 どうしてだろう? 嬉しい……はずなのに……なんで、涙が出そうになるんだろうか?

 有紗がさっき「こんな日がずっと続けばいい」と言った時、俺は同意することができなかった。「俺も同じ気持ちだよ」と、その一言がどうしても口から出てこなかった。

 心の中でもうひとりの俺が『違う』とそう叫んでいるみたいな、そんな感覚を覚えた。


 だけど、なんだろう? なんとなく……彼女と……『有紗の新しい夢を叶える未来』は永遠にやってこないと、そんな悲しい確信が心にある。それが、どうしようもなく悲しい。


 ふと、導かれるように自分の背後を見る。当然そこには誰もいない……でも、いままではそこに、誰かが居てくれた気がするんだ。

 俺が困ったら助けてくれて、楽しければ一緒に笑ってくれた……大切な誰かが……居た……はずなのに……。


 どうしようもない不安と違和感。それを振り切るように首を振って、俺は前を歩く有紗の後を追った。





シリアス先輩「……な、なんか、有紗って滅茶苦茶ヒロイン力高くない? 特に虚像の世界の住人って点がヒロイン力高めているような……」

???「ドヤァ」

シリアス先輩「うぜぇぇぇぇぇ!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] これが試練とか、鬼畜難易度すぎるやろ
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