『揺れる想い』
住み慣れた家のリビングで、俺はのんびりと雑誌を読みながら夕食ができるのを待っていた。いや、心情としては母さんと有紗を手伝いたいのだが……料理がそれほど得意というわけでもない俺が参加してしまうと、ただでさえ料理下手な母さんのフォローをしている有紗の負担になってしまうだろう。
なので料理が完成したあとの皿だしを手伝うつもりで、時間をつぶしながら待っている状態だった。
「明里さん、目分量じゃなくてちゃんと測って入れてください。あと、味噌入れるのはまだ早いです。あと5分待ってください。いま入れると、味がぼやけます」
「うぐっ、が、頑張る。足りない分は愛情でカバー!」
「たしかにそれは料理の極意かもしれませんが……残念ながら、愛情はなんでもカバーしてくれる魔法の調味料ではねぇっす。はい、もっと手を早く動かしてください」
「あ、有紗ちゃん……厳しい」
台所からは時折厳しめの叱咤が聞こえてくる。なお、指摘されている側が専業主婦歴20年以上である。
まぁ、今日は本当に有紗がいるおかげで安心して待っていられるので、そこは本当にありがたい。アイツには今度改めて、なにかお礼をすることにしよう。
そんなことを考えていると、玄関の扉が開く音が微かに聞こえてきた。俺は手に持っていた雑誌をソファーの上に置き、玄関へと向かった。
「おかえり、父さん。今日は早かったね」
「ただいま、快人。あぁ、今日は定時で上がれたよ」
少し白髪の混じった髪の、眼鏡をかけた優し気な顔立ちの男性は、俺の父……宮間和也である。父さんは中堅ぐらいの大きさの商社に勤める会社員で、現在は係長の役職に就いている。
そこそこ残業も多いみたいで、この時間に帰ってくるのは珍しい。
「まだ夕食はできてないけど、今日はコロッケだってさ」
「……揚げ物かぁ……大丈夫かな?」
さすが血のつながった親子……俺とまったく同じリアクションである。不安げな表情を浮かべる父さんを見て苦笑したあと、俺は安心させるように口を開いた。
「……今日は有紗がきてるから、大丈夫だよ」
「おぉ! 有紗ちゃんが来てるのか、それなら安心だ!」
「……そんなこと言ってると、また母さんに怒られるよ」
「おっと、母さんには内緒にしておいてくれ」
父さんは見た目通り優しくて、それでいて頼りになる立派な人物だが……どこか抜けているところがあって、うっかりの失言でよく母さんに怒られている。
なんだろう、正直俺もちょっとそういうところがある気がするし……やっぱり似てるのかな?
父さんと母さん、そして有紗と共に四人でテーブルを囲んで夕食を食べる。
「うん! さすがは、有紗ちゃんだ。凄く美味しいよ」
「あはは、ありがとうございます」
まったくもって同感である。う~ん、やっぱり有紗の料理はおいしい。コロッケは衣はサクサク、中はホクホクだし、かかっているソースも絶品だ。
「……これ、もしかしてソースも自作したのか?」
「ええ、今日は果物を使って少しフルーティに仕上げてみました」
「なるほど」
ほのかな甘みと酸味のバランスがいい。いや、本当にさすが有紗。
そんなことを話していると、有紗が作った料理を絶賛しながら食べていた父さんが、途中でふと箸を止めて、なにやら真剣な表情で口を開いた。
「……ところで……有紗ちゃんは、いつ『快人のお嫁にきてくれる』のかな?」
「「ぶっ!?」」
突拍子もなく告げられた爆弾発言に俺も有紗も思わずむせてしまった。
「……ごほっ……と、父さん!? いきなりなにを!?」
「……いいか、快人。これは父親としてだけではなく、年長者としてのアドバイスでもある」
顔が熱くなるのを自覚しながら問い返すと、なぜか父さんはシリアスムード全開かつ熱い口調で語り始めた。
「よく考えてみるんだ。快人は近くに居すぎて気付きにくいかもしれないけど、有紗ちゃんほどの娘なんてそうそういないぞ。料理も上手いし、贔屓目なしに美少女だ。その上、頭も良くて、運動神経も抜群、性格は明るくて楽しい。そのうえ、タイミングを見てそっと快人を立てるように振舞う甲斐甲斐しさと、優しさも持ち合わせている。そしてなにより『料理が上手い』! こんな素晴らしい娘と仲が良いなんて、それだけで奇跡みたいなものだよ」
「……」
料理が上手いを二回言ったのは置いておいて、たしかにそういわれてみると反論の余地はない。
たしかに有紗は性格も一緒に居て楽しいし、冗談かと思えるほど全てのスペックが高い。そして、父さんの言う通り時と場合によっては俺のフォローに回ってくれたり、困っていたらそっと気遣ってくれる優しさもある。
「しかも、こうして時折手料理を振舞ってくれていると言うことは、有紗ちゃんの方も快人のことを憎からず思っているわけだ」
「……父さん」
「有紗ちゃんが嫁にきてくれたら、父さんとしても嬉しいなぁ。美味しい料理も毎日食べられるだろうし……」
「……後ろ」
「……え?」
熱く語っていた父さんは気付いていなかった。料理が上手を二回言った辺りから、据わった目で背後に移動していた小柄な影に……。
「あ な た ?」
「ッ!? ま、まま、待ってくれ! 誤解だ!? 僕は決して君の料理に不満を言ったわけじゃない! 毎日家事をこなすのは大変な労力だろうし、心から感謝しているし、愛している!」
「……」
「た、ただ、まぁ、ちょっと、その……人には向き不向きというのもあるわけで、僕がもっと料理の勉強をしておけばと後悔したことも多少は――あっ、いや、その……」
母さんの名誉のために言うが、母さんの料理は別にマズいというわけではない。よく漫画とかにあるような、食べただけで悶絶するとか、そんなレベルではない。
うん、マズくはない……だけど美味しいと手放しで絶賛できるレベルではない。レベルとしてはコンビニの弁当に数歩劣るぐらいではある。
ついでに言えば、ほぼ素人の俺や父さんよりは上手だと思う。比較対象に上がる有紗の料理の腕が凄すぎるだけで、メシマズとかそんなわけでは断じてない。
俺や父さんの健康を気遣って献立を考えてくれてるのもわかるし、一所懸命愛情をこめて料理を作っているのも伝わってくる。
だけど、うん、どうも微妙に美味しくないのである。まぁ、なんというか、父さんのいつものうっかり失言である。
「……ちょっと、向こうで話しましょうか?」
「……あっ、いや、その……」
「話しましょうか?」
「……はい」
そして父さんは母さんに連行されて、奥の部屋へと消えていった。正直、割とよく見る光景である。
ついでに言えば、いっつもこうして父さんが母さんに怒られた後は……普段にも増してイチャイチャしながら戻ってくるので、放っておいて大丈夫だろう。じゃれてるみたいなものだ。
そんなことを考えつつ、自然と隣に座る有紗に目を向けると……有紗は耳まで真っ赤にした状態で俯いていた。
「……その、有紗。悪い、父さんが変なこと言って」
「……い、いえ、別に気にしてません! そ、そそ、それより……ど、どうですか? 料理……お、美味しいですか?」
「え? あ、あぁ……すごく、美味しい」
「……それなら……よかったです」
なんとも言えない沈黙が俺たちの間に訪れる。決して居心地が悪いわけではないのだが、変にむず痒いというか、妙にソワソワしてしまう。
な、なんだろうこれ? いつもは、有紗と気楽に話せてるはずなのに、妙に気恥しくて話しかけづらい。
「……その……有紗?」
「な、なんすか?」
「……えっと、その、なんていうか……いつもいろいろ、ありがとう」
「……別に、お礼なんていいですよ……好きで、やってるんすから……」
あぁ、もう! 顔から火が出そうだ! たったこれだけのやり取りが、気恥ずかしくて仕方ない。
だけど……うん。やっぱり、居心地が悪いわけじゃ……ないんだよな。
シリアス先輩「おい、前話まで申し訳程度にあったシリアス要素どこいった? 完全にシリアスが迷子じゃねぇか! イチャイチャしてるだけじゃねぇか!」
???「まぁまぁ、あと一話で外のバトルに戻るみたいですから……」
シリアス先輩「おい、試練やれよ……試練やれよぉぉぉぉ!!」




