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凄い変人だった



 目の前で土下座する猫の着ぐるみ……何だろう、哀愁漂う場面の筈なのに、着ぐるみのせいで小馬鹿にされてる様にしか感じない。


「えと、顔を上げて下さい。とりあえず、どんな商品があるか見せてもらいますので……」

「あ、その前にちょっと良いすか?」

「……え?」

「タメ口で話してくれないですか? ほら、私店員、貴方お客様な訳ですから、お客様に敬語使われると、私のスーパーセールストークが炸裂しねぇんすよ」

「……」


 そんな限定条件下でしか炸裂しないのなら、全然スーパーじゃない気がする。後、その中途半端なしゃべり方、それ敬語? いや、俺も人様の事言える程敬語が上手い訳ではないけど、この人のはなんか違うと確信を持って言える。

 しかしまぁ、どう見ても変人だから出来れば敬語で距離を保ったままでいたかったが……それよりも早く話を進めて、ここから去る方が重要かな。


「わかった。これで良いかな?」

「……おっけ~っすよ。何かほとばしる程早く帰りたいオーラ出てますけど……私だって商売人の端くれ、購入意欲を出させてあげましょう!」


 いきなり元気になった様子で、着ぐるみの店主は勢いよく立ちあがる。

 何と言うかあらゆる意味で着ぐるみが台無しにしていると言うか、本当に何なんだこの人は……


「はっ!? 熱い視線! 成程……そう言う事ですか……さては貴方、私に興味がありますね!!」

「……は?」

「分かります。分かりますとも……私の様な『美少女』を前にしては、熱く燃え滾る男の性が目を覚ましてしまうのも致し方ねぇっす!」

「……」


 コイツは一体何を言っているんだろうか? 自分が今真顔になっているのが実感できる。

 たぶん今着ぐるみの中では相当なドヤ顔をしているんだろうが、俺には自称美少女の着ぐるみ着た変態が気色悪い動きをしている様にしか見えない。

 しかしそんな俺の反応はお構いなしに、着ぐるみ店主は言葉を続ける。


「よろしい! ならば私も商売人、こうしましょう。商品を三つ買ってくれたら、私のスリーサイズをお教えしましょう!!」

「結構です」

「即答!? ちょ、ちょっと位悩んでくれないんすか!?」


 残念ながら全く、欠片も提案に魅力を感じない。

 大体それ絶対着ぐるみのスリーサイズだろ? 100、100、100とかだろ……


「な、ならこうしましょう! 商品を五つ買ってくれたら、『お客さんの奢り』でディナーにお付き合いします!」

「勘弁してください」

「懇願するレベルの拒否!?」


 着ぐるみの変態と食事とか、それはもはや罰ゲームでしかない。後、しれっとこちらの奢りでとか言ってるし、それお前が食事奢って欲しいだけだろ!!

 しかし、こんな危なそうな変態に、その理由をストレートに伝えれば何しでかすか分からないので、ここは遠回しに……


「ほら、名前も知らない相手と食事とかは……」

「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね!! 私の様な可憐な美少女の名前とか、やっぱりその辺気になるもんすよね!」

「……いや、別に」

「私の事は、そうですねぇ……謎に包まれた美少女『アリス』と呼んでいただきましょう!」

「チェシャ猫じゃなくて?」

「誰が、猫っすか!? こんな美少女捕まえて猫扱いとか、一体何言ってんすか?」

「……」


 すげぇよコイツ、とんでもないウザさだ。

 正直生まれて初めてかもしれない。初対面の相手をぶん殴りたくなったのは……

 後、地球にある童話について知ってるのか、それも過去の勇者役から伝わったのかもしれない。


「あ、あれ? なんか、射殺す様な視線を感じるんすけど……あ、アレッすよね? 照れてるだけですよね?」

「……俺の名前は宮間快人、よろしく……後、一発殴って良い?」

「何か自己紹介の後にさらっと恐ろしい言葉が!? か、カイトさんって言うんすね~いや~カッコいい顔に似合う素敵なお名前で、見つめられただけでキュンってしちゃいそうですよ……だから、その、えっと、握りしめた拳を降ろしてほしいんすけど……」


 いつの間にか拳を握りしめていた様で、アリスは微かに着ぐるみを震わせながら宥める様な言葉を告げてくる。

 でも、見た目のせいで何か馬鹿にされてるみたいだ……いかんいかん、何か完全に向こうのペースに乗せられてる。


「はぁ……改めて、よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いしますよ~」


 大きく溜息を吐いて気を取り直し、握手しようと手を差し出す。

 アリスも俺と同じ様に手――着ぐるみの大きな手を差し出し、俺の手がそれに触れた。

 直後にどこからともなくガラスが割れる様な音が聞こえ――アリスの着ぐるみが弾け飛んだ。


「……え?」

「……へ?」


 着ぐるみが弾け飛ぶと、そこには……波打つ様にウェーブのかかった長い金髪、上質なサファイアの如き美しく青い目。ポケットの多いつなぎによく似た服に身を包んだ、ビスクドールと見紛う程の美少女がいた。


「あ、え? な、何で魔法、解け……はわ、あわわわわわ!?」


 少女……アリスは俺を見つめたまま茫然と呟き、直後に爆発音が聞こえそうな勢いで顔を真っ赤に染める。


「ひやぁぁぁぁぁぁ!?」

「ッ!?」


 茹でダコみたいに真っ赤な顔になったアリスは、直後に叫び声をあげ、物凄い勢いでカウンターの方に駆けて行く。

 そして引っくり返す勢いでカウンターを漁り、少しして白色の仮面……オペラマスクというのだろうか? 鼻から上が隠れる形状のマスクを取り出し、大慌てでそれを顔に装着してホッとしたように息を吐く。


「……え、えっと……」

「す、すみません。昔から素顔で向い合うと……まともに話せなくって……」

「……その仮面で大丈夫なの?」

「ええ、半分ぐらい顔が隠れてればセーフです」


 どうやらアリスは、素顔限定で極度の照れ屋らしく、何かしら顔を覆う物がないとまともに話せないらしい。

 それで先程まで着ぐるみ姿だったらしい……いや、まぁ、別に着ぐるみである必要はなさそうだが、その辺は突っ込まないでおこう。


「というか……いきなり何するんすか、カイトさん!! こんな真昼間っから女の子ひん剥くとか、どこの鬼畜大王っすか!!」

「い、いや、俺にも一体何が起こったのか……てか、誤解を招く様な言い方をするな!! 着ぐるみが脱げただけだろうが!」

「いやいや、私的には物凄く汚された気分ですよ! もうお嫁に行けねぇっすよ!!」


 オペラマスクを付けた事で、先程の調子に戻ったのか、アリスは烈火の如く詰め寄ってくる。

 しかし俺としても、何で触っただけで着ぐるみが弾け飛んだのかは分からないので、殆ど言いがかりの様なものだ。

 だが、着ぐるみから少女の姿に変わった事と、先程の叫び声の事もあり少々負い目は感じてしまう。


「……商品五つ買う」

「もうちょっと、脱ぎます? 何なら、胸元とか少し開いても……」


 諦めたように呟く俺の言葉を受け、アリスは即座に目を輝かせる。

 ……まだ出会ったばかりなのに、もう扱い方が分かってきた気がする。何と言うか、清々しい程の掌返しである。


 拝啓、母さん、父さん――アリスはウザくて強引で、照れ屋で守銭奴。早い話が――凄い変人だった。

















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― 新着の感想 ―
騒がしくて鬱陶しくて顔を隠したがる・・ この方ひょっとして?
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