『違和感』
軽い雑談を交えつつ、研究室のメンバーで雑談をしていると、ふと絵里奈が思いついたような表情で口を開いた。
「あぁ、そうそう。凜々花ちゃんとリディちゃんは学年が違うから、また違う形で出すけど……他の二年生メンバーに、次の課題について言っておこうかな」
ここで課題の発表である。タイミング的に考えると、年末年始の休みの宿題も兼ねてるだろうし……結構大きな課題になりそうではある。
「今回は、ボクがテーマを決めるんじゃなくて、皆がそれぞれ考えたテーマで研究してもらおうと思ってるんだ。必要な機材とかはボクに言ってくれれば用意するし、アドバイスもするけどね」
「あぁ、なるほど……研究のテーマを考える。いってみれば立案時代も課題のひとつって感じっすね」
「うん、その通り。制限は付けないから自由にやってみてよ。ボクもちょうど大きな学会が終わったところで時間あるし、迷ったりしたらいくらでも相談してくれていいよ」
1から自分で考えて研究するというのは、なかなか厳しい課題である。まぁ、例によって有紗は簡単にこなすだろうし、風さんもやる気になりさえすればすぐ終わらせそうだ。
成績的な面から考えても、苦戦するのは俺とアイリスさん……いや、アイリスさんの方が頭はいいので、俺が一番苦労しそうだ。
なんとか年末の大型連休が潰れないように終わらせたいものだ。
「……はい! 絵里ちゃん先生!」
「うん? どうしたの、有紗ちゃん? もしかして、もうテーマが決まったの?」
「もうすぐクリスマスですし、研究室メンバーでなにかやりましょう!」
「……全然関係ない内容だった。もう、本当にこの子は……自由だなぁ。それなのに成績はぶっちぎりでトップだし……」
突拍子もないことを言い始めた有紗に対し、絵里奈は呆れたような表情を浮かべつつも強く止めたりはしない。なんだかんだで、やるべきことはちゃんとやる奴だという信頼もあるのだろう。
「皆でパーティーなんていいんじゃないっすか?」
「……パーティー……楽しそう」
「……私たちをダシに使わなくても、素直に快ちゃんに――あっ、ちょっ!?」
「おやぁ? 風さんったら、まだ寝ぼけてるんすか~?」
「痛たたたた!? やめて関節極めないで――ぎゃぁぁぁ!?」
パーティーという言葉に目を輝かせるアイリスさんと、なにかを言いかけていたが、有紗に間接を極められて叫び出した風さん……なにやってるんだか。
まぁ、それはそれとして、研究室メンバーでのパーティーか……正直かなり楽しそうだ。
「……それは、楽しそうだけど、場所はどうするんだ?」
「あ~そうっすね。絵里ちゃん先生、ここは駄目なんすか?」
「……流石に駄目だよ。ここは大学の研究室だよ。食事するぐらいならいいけど、パーティーとかは駄目」
「う~む、じゃあ、どこにしますかねぇ」
「凜々花ちゃんやリディちゃんの予定も聞いてからだけど、なんならボクの家でやってもいいよ?」
「マジっすか!? じゃあ、それでいきましょう!」
絵里奈は数年前に両親が若くして他界しており、その関係もあってそれなりに大きな家に一人暮らしをしている。そこをパーティーの会場にしてもいいという言葉を聞き、有紗はノリノリでパーティーについて計画を始めた。
俺としても、絵里奈の家はお隣さんなので移動は楽だし、まったく異論はない。
その後にやって来た先輩ふたりも予定的に問題ないようで、結局夕方まで研究室メンバーでのクリスマスパーティーの計画について話し合うことになった。
なんとも気の抜けた話ではあるが……こういう、気楽さがこの研究室の良いところだろうな。
母さんに買い物を頼まれていたこともあって、俺は一足先に研究室をあとにして、買い物に付き合ってくれた有紗を一緒に家への帰り道を歩く。
「……ふむふむ、材料から推測するに、今日の快人さんの家の夕食はコロッケっぽいですね」
「揚げ物かぁ……母さんの腕で大丈夫かなぁ?」
繰り返しになるが、俺の母さんは料理が下手である。それはもう結構壊滅的なレベルで……なにせ、少なくとも専業主婦歴は20年以上のはずなのに、いまだにあのレベルと言うことは、今後も成長は期待できないだろう。
揚げ物は難易度が高いので、非常に不安ではあるが……まぁ、正直、今日に関してはその心配はいらないかな?
「まぁ、そのあたりは……この有紗ちゃんにど~んと任せてくれればいいですよ。というわけで、今日お邪魔していいですか?」
「あぁ、もちろん。母さんも父さんも喜ぶよ」
有紗は高校時代からちょくちょく俺の家に遊びにきており、母さんにも父さんにも気に入られている。有紗が遊びに来ると、そのまま一緒に夕食を~というのがいつもの流れでもある。
母さんから送られてきたメールにも「有紗ちゃんが来るなら、ひとり分材料を追加で買ってきて」と書いてあったので、間違いなく喜んでくれるだろう。
「ではでは、早速行きましょう!」
「……あぁ」
明るく笑う有紗を見て、なんだか温かな気持ちになるのを実感しつつ、夕暮れの道を彼女と並んで歩いて行った。
だけど、同時に……なんだろう? この言いようのない不安と寂しさは?
言いようのない奇妙な感情を覚えながら、ふと視線を動かすと……交差点の先にナニカが見えた。
アレは……俺? それと、絵里奈? いや、服装が違う……見慣れた白衣じゃなくて、黒いコート? そのふたりが楽しそうに笑顔を浮かべて歩いている?
「……とさん? 快人さん!」
「ッ!? え? ……有紗?」
「どうしたんすか? 急に立ち止まって?」
「あ、いや、そこの交差点の先に……俺が居たような?」
「……はい? いや、誰もいませんよ? というか、快人さんはここに居ますよ?」
「……悪い、なんでもない」
自分自身でもなにを言っているのか分からなかった。さっきのは幻覚かなにかだろうか? それすらもよく分からない。
「えっと、本当に大丈夫っすか? なんか、今日……朝からちょっと変ですよ?」
「大丈夫……だと、思うんだけど」
「う~ん……念のため、家に着いたら熱を測りましょう。私も医者の真似事ぐらいできますしね」
「……それと平然と言えるのが凄いよ」
本当にどうしたんだろうか、俺は……いや、むしろ、一体なにが起こってるんだろうか?
なんとなくだけど、その答えを知るのは……そう先のことではない気がした。
???「あれ、よくない流れですね。もうちょっと有紗ちゃんがメインヒロインな話を続けましょう」
シリアス先輩「いや、早くシリアスに戻って、マジで!」




