『始まりに立つ者』
フェイトの力により、一気に優勢になった戦いは、恐るべき速度で展開が移り変わっていく。
そもそも、だ。本来このレベルの者たちの戦いに早期決戦はあり得ない。なぜなら、最高神や六王、そしてそれに準ずる者たちは基本的にほぼ不死身である。
神の権能としてその力を有するライフが際立って見えるだけで、他の実力者たちも己の肉体の高速再生程度は当たり前のように行える上、体が消し飛んだとしても因果律を捻じ曲げて復活したり、無から己の体を再生成して蘇ったりといったことも行える。
ゆえにこのレベルの者たちの戦いには、直接戦闘のほかに間接的な……再生無効術式の付与、防御を貫通できる攻撃などの応酬が行われている。
肉体の削り合い以外にも、能力の削り合いが非常に重要になってくる。相手の持ちうる手札を見極め、いかにそれを封殺するか……高次元の決戦において、もっとも重要な鍵と言える部分は意外にも表面に出てこない部分での戦いだった。
とはいえ結局のところ人魔連合軍の勝利条件は変わらない。神族の要たるライフ、リーダー格であるクロノアを早急に排除するため戦いを繰り広げていく。
そして、時を同じくして……この戦いとはまた次元の違う戦いも激化していた。
いくつもの世界が生み出され、ソレが次々と消し飛んでいく。腕の一振りで銀河が消え、踏み込みひとつで多重次元が湾曲し、戦いの余波で空間が崩落する。
それはまさに人知では想像しえない神々の決戦……世界の創造神たるシャローヴァナルと、その半身であるクロムエイナの戦いもまた佳境を迎えようとしていた。
「……くっ」
ここまでの過程において戦闘を有利に進めているのは……圧倒的にシャローヴァナルだった。クロムエイナの体には明確にダメージが蓄積し始めているが、いまだシャローヴァナルに対しこれといった反撃を行えていない。
攻撃力や防御力といった単純な戦闘力という点において両者は互角、いや若干クロムエイナの方が上回っているといっていい。実際いままで彼女たちが行った『喧嘩』では、クロムエイナの方が勝率は高い。
しかし、それはあくまでシャローヴァナルが『正面から真っ当に戦闘に応じた場合』の話である。
シャローヴァナルとクロムエイナの間には明確で大きな差があった。それは、『クロムエイナという存在を作り出したのはシャローヴァナル』という一点。
クロムエイナはたしかに多様な力を持ち、その能力たるや世界創造の神に匹敵する。だが、彼女は決して全能ではない……『できないこと』も存在する。
対してシャローヴァナルはほぼ全能、ここが戦いの優劣を分ける差となっていた。
クロムエイナを作り出したシャローヴァナルは、彼女が『なにができないか』を知っている。ゆえに、どう戦えばクロムエイナに対し有利かも分かっている。
クロムエイナは世界間および次元間の転移を瞬時には行えない。それを行うには転移用の巨大魔法陣を使用する必要がある、
ゆえにシャローヴァナルは、次々と新たな世界を創造し……その世界にクロムエイナを閉じ込め、別次元からその世界ごと消し飛ばす形で攻撃を繰り返していた。
クロムエイナに反撃の手段はなく、シャローヴァナルだけが一方的に攻撃できる……もっとも勝率の高い戦法。事実、ここまではシャローヴァナルが圧倒的優位に戦闘を運べていた……そう『ここまでは』……。
(……やっぱり、シロは強いな。本気でやったら、こういう展開になるだろうとは思ってたけど……思ってた以上にシンドイね)
そう、互いに全力でぶつかり合えば、こうした展開になることはクロムエイナにも分かっていた。戦闘力では拮抗していても、クロムエイナとシャローヴァナルでは使える手札に差がありすぎる。その上、シャローヴァナルはクロムエイナの手札をすべて知っている。となれば、この結果は必然だった。
(……必死、なんだよね。わかるよ、シロの気持ち。ボクと形は違うかもしれない、でもその根底は……ボクの抱いてる感情と同じものだから)
視界全てを飲み込む爆発に何度も晒されながら、クロムエイナは無防備になるのも構わず静かに目を閉じた。
(でも、シロの選択は間違ってる。分かってても……止まれないんだよね。だったら、ボクが止めて見せる。カイトくんのためにも……シロのためにも……)
シャローヴァナルはたしかに、クロムエイナの能力のすべてを把握しているといっていい。ただしそれは、『クロムエイナが生まれたときから持っていた力』に限られる。
そう、シャローヴァナルは知らない。なぜクロムエイナが、ここ最近になって急激に力を伸ばしているのか、かつてエデンと模擬戦を行ったときに、なぜ彼女がエデンの知覚を完全に上回れたかを……。
クロムエイナはずっと心の奥底で、己はシャローヴァナルの半身であると認識していた。だが、その認識は快人という存在が現れたことで変わり、彼女は『シャローヴァナルの半身』ではなく『クロムエイナ』になった。
そう、シャローヴァナルは知らない。クロムエイナの認識が変わったその瞬間……ずっと眠ったままだった『固有の力』が目を覚ましたことを……。
「いまのままじゃ、ボクはシロには勝てない」
その口から確かな力をもって言葉が紡がれる。そして、彼女の本質を体現したその力を発動するための、キーとなる言葉が紡がれる。
「……だったら、いま、この瞬間から始めよう! 『逆転の物語』を!」
そして、物語は紐解かれる。
「――『物語の始まり』!」
シリアス先輩「……メイン……ヒロイン?」
???「いや、まぁ、クロさんはどっちかって言うとヒーロー枠なので……」




