『運命の臨界点』
成長……いや、進化したフェイトは、その金の模様の入った紫瞳を神族たちに向けたあと、軽く手を横に振った。
すると、クロノアの放った審判で拘束されていたはずの人魔連合軍たちの体に自由が戻る。
「……馬鹿な……シャローヴァナル様の権能を……解除したというのか?」
「解除なんてしてないよ。『最初から当たってなかった』……私がそう決めた」
「最初から……まさか、運命神。貴様、過去を……」
「言ったはずだよ。いまの私は、時空も生命も超越したって……『過去の運命でも改変できる』」
「なっ!?」
世界創造の神……全能という言葉に近い領域に足を踏み込んだフェイトは、あまりにもあっさりと過去を改変した。
もっとも、現在の彼女ではまだシャローヴァナルやクロムエイナ、エデンといった存在には遠く及ばないため、解除ではなく初めから当たらなかったという風に事象の改変を選択した。
だが、神族たちにはそれは分からない。彼女たちの目には、フェイトがシャローヴァナルに匹敵する力を得ているように映っただろう。
だからこそ、大きな動揺……心の隙ができた。その心の隙間を突くように、フェイトは後方にいる人魔連合軍たちに向かって声を上げる。
「そこの、足手まといども! 悔しい? 悔しいよね。カイちゃんを助けたいと思って、それなりに覚悟してここに来たのに戦いについていくどころか、足手まといでしかない弱さ……嫌になるよね?」
その言葉は人魔連合軍の中でも、戦いに参加していなかった多くの者たちの心に突き刺さった。特に快人の恋人でもあるジークリンデは、血が流れるほどに拳を握っている。
リリアなら、まだなんとか下級神相手であれば戦うことができる。だが、ジークリンデにはこの戦いについていくだけの実力はない。いや、それどころか、親友であるリリアの足を引っ張る結果にしかならないと、そう理解していたからこそ、己の無力さを嘆きながら、結界の中に居た。
同様の想いを抱いている者は他にもいる……それどころか、戦いに参加できているリリアですら下級神相手が精一杯の己の弱さを悔いていた。
そんな者たちに向けて、フェイトは微かに笑みを浮かべたあと宣言する。
「……カイちゃんを助けたい気持ちは、私だって一緒だよ。だから、私が連れて行ってあげる! 少しの間だけ……種族としての限界も、鍛錬に必要な時間も超えて、その持ちうる才覚でたどり着ける極致に! 『運命の臨界点に!!』」
その瞬間、フェイトの体から、空間を揺るがすほどの魔力が放たれ、人魔連合軍のひとりひとりに降り注いでいく。
ソレがなんらかの危険な兆候であることは神族側にも理解できた。ゆえに神族たち、とりわけ上級神以上は即座に行動を開始した。
クロノアに次いで圧倒的な速度を持つ閃光神がフェイトに向かって飛び出すと、同時に人魔連合軍の中からも素早くひとつの影が飛び出した。
他の者たちより強く無力さを嘆いていたからこその初動の速さで飛び出したのは……ジークリンデ。
本来なら、人族の中では上位の実力者とはいえ、ジークリンデの実力では強化された神族、それも上級神には歯が立つわけがない。それこそ、一瞬の交差でその命は儚く散っただろう。
だが、そうはならなかった。閃光神が突き出した槍を、ジークリンデは膨大な付与魔法を込めた双剣で容易く粉砕し、それどころか、閃光神の体を深く切りつけた。
「……ば、ばかな……」
思わずクロノアの口からそんな声が漏れた。それも無理はない話だろう。ほんの少し前まで完全な戦力外だったジークリンデが、なにがどうなったのかいまの上級神すら上回る魔力を身に纏っていたのだから……。
しかもそれは、神族の様にただ魔力が増えたというだけではない。洗練され淀みなく流れる魔力は、ジークリンデがその魔力を完璧に使いこなしている証拠。
信じられない光景に目を見開いていたクロノアだったが、時が停止する感覚を受け、仕掛けてきたであろうアインを迎撃する態勢をとった。
戦闘開始直後と同じ停止した時間の中で拳と拳がぶつかり合い……クロノアの片腕が消し飛んだ。
「ぐっぅぅぅ!?」
「時空神!?」
そう、クロノアは完全にアインに力負けした。それも、腕を消し飛ばされるほどに圧倒的に……。驚愕しながらもライフが即座に治療し、腕が元通りになったクロノアは驚愕の表情でアインを見る。
そんなクロノアの視線を受け、アインはメイド服のスカートを軽く摘まんで一礼して口を開く。
「……フェイトには感謝しなければなりませんね。私はメイドとして、己を限界まで鍛え上げたと思っていましたが……どうやら、私にもまだ『先があった』みたいです」
「……なにが……起こっている……この力は、いったい?」
「チッ、このっ――え?」
状況はまだ理解できない。しかし、アインが完全にクロノアを上回ってしまった事は理解した。だからこそ、ライフは即座に援護を行おうとした。
無限の兵力を生み出す権能を使い、億を超える騎兵を生み出そうとして……それが不発に終わったことに呆然とする。
「……なぜ、発動しないのですか?」
「……能力の発動を……『殺した』……」
ライフの前に現れたのは、どこか穏やかな表情を浮かべているアイシスだった。そして、そのアイシスを見た瞬間、ライフは心の中で大きく動揺した。
(威圧感をまったく感じない? そんな、馬鹿な……それはつまり……)
そう、いまのアイシスからは死の魔力による威圧感を少しも感じなかった。それがなにを意味しているかをライフが悟るのとほぼ同じタイミングで、アイシスは静かに告げる。
「……ずっと……夢見てた……『死の魔力を完全に制御すること』……いまの私なら……命がないものだって……殺せる」
「……まさか、そんな……運命神が行ったのは……」
アイシスの様子を見て、ライフはフェイトが告げた運命の臨界点とはなにかを理解し、戦慄する。そして同じ考えに至ったクロノアも、青ざめた表情を浮かべた。
「……才覚の極致、臨界点――ッ!? いかん! こちらのフォローはいい!」
フェイトが行ったことが、本来ならあるはずの種族としての肉体の限界、長い年月をかけてたどり着く鍛錬の時間……それらを度外視して、持って生まれた才能の限界まで一時的に成長させるということなら……クロノアの頭には一人の存在が浮かび上がっていた。
「誰か! 誰でもいい! ――『リリアを止めろ!』」
その直後、空にいくつもの光る軌跡が現れた。それは、彼女がそこにいるという意味ではない。『そこを彼女が通過した』という結果。
軌跡は幾重にも戦場に刻まれ、そのたびに……ライフの蘇生が間に合わないほどの速度で神族が両断されていく。
この世界における人族、その中でもとりわけ人間という種族は、他の種族に比べて個々の戦闘力は劣るという認識が存在する。事実、人間の中で爵位級高位魔族と戦えるほどの実力者は歴史の中でも数えるほどしかいないだろう。
では、人間という種族は他の種族に比べて劣る存在なのだろうか? いや、そうではない。ただ『特性が違う』というだけなのだ。
たしかに人間は寿命も短く、肉体的にも他の種族に比べて強固とは言えない。
しかし、仮にまったく同程度の才能を持った人間と魔族の赤ん坊を、まったく同じ環境で同じ鍛錬を施して育てたとすると……先に強くなるのは人間だ。
それも魔族の子供を遥かに置き去りにする速度で成長し、両者を戦わせてみても人間が老いて身体能力が落ち始めるまでは、人間が圧倒するだろう。
そう、人間という種が他の長命種を遥かに上回るのは、その成長速度……人間は他の種族に比べてすさまじく早熟で短命だ。圧倒的な成長力と成長速度を持つ反面、寿命が短いという特徴を持つ。
では、その人間が老化による能力の劣化から、種族としての肉体の限界から解き放たれたなら? もし、成長力に優れる人間の中でも、歴代類を見ない才覚を持って生まれ……ほんの20年足らずで、魔族が何百何千年と鍛錬を積んでようやくたどり着いた爵位級という領域に足を踏み込んでいる天才が、すべての枷から解き放たれたら?
クロノアはかつて本祝福を行ったあとに、リリアに対し時を操る魔法の指導を行った。ゆえに知っている……彼女があまりにも天才であるということを。
クロノアが指導に数十年はかかるだろうと予想していた時の魔法を、ほんの一ヶ月程度で習得してしまう。その底の見えない才能を……。
雷光のような魔力が迸り、リリア・アルベルトはその他の追随を許さない才覚をもって神族をなぎ倒していく。剣の一振りに数体の上級神が切り裂かれ、一歩踏み込むだけで空間が揺れる。
いまの彼女を止められる存在が、果たしてこの世界に何人存在するのか? それほど圧倒的な力をもって、稀代の天才は神族を蹂躙していく。
「……いや~壮観ですね。皆さん超パワーアップ、パワーバランスなって無くなっちゃいましたね~」
「……ねぇ、シャルたん? なんでお茶飲んでリラックスモードに突入してるの? 私大分頑張ってるんだけど……」
「ですねぇ。あんま無理しないほうが、いいですよ。その状態『長続きしないんでしょ?』」
「……まぁ、ちょっとだけ、シンドイかな」
激しい戦闘を眺めながら、どこからともなく取り出したお茶を飲むアリスと、額に大粒の汗を浮かべながら戦場を見つめるフェイト。両者の様子は対照的と言っていい状態だった。
フェイトはたしかに、神として一段階上のステージに上った。しかし成長したての彼女にとって、その膨大すぎる力を行使し続けるのは困難であり、運命の臨界点もそれほど長く効果は続かない。
その上、まだ不慣れで力も上手く使いこなせていない。
だからこそ、フェイトは疲労で崩れそうになる体を必死にこらえながら、早急に戦闘に片が付くことを望んでいた。
「……ていうかさ、シャルたんさ、私の力効かないの? まったく変化ないみたいなんだけど」
「あ~いえ、それは単純な話ですよ。私は……早い話が、レベルもカンストしてステータスのやり込みも終えちゃってるんで、成長しないんですよ。『この世界に来る前から』……」
「え? で、でも、シャルたん二万年前より……」
「あぁ、まぁそれに関しては私の特性が関係してますね。いまの私はちょっと特殊でして『特定の条件下』でしか、成長しないんですよ。まぁ、小手先の技術は別ですが、身体能力とか魔力はその条件下以外では成長しないです」
「てことは、前に戦った二万年前からいままでに、その条件を満たしたってこと?」
「えぇ、フェイトさんの熱いグーパンチのちょっと前ですね~。まぁ、クソむかつく相手ですけど、今回に関しちゃその時の成長が超役に立ってるので、感謝はしてます」
「うん?」
どこか含むような言い方をしたあと、アリスはそれ以上何も言わずに戦場を静かに眺める。
(さてさて、フェイトさんが頑張ってくれたおかげで、ここまでは想定していた中でもかなりいい展開ですねぇ。けど、う~ん……フェイトさんの限界までには、決着はしないでしょうね。神族側にはまだ一つ切り札が残ってるわけですし……それにたぶん『このまま神族を倒しても私たちの負け』でしょうしね~)
そこまで考えたあと、アリスは口元に小さく笑みを浮かべ、再びお茶を飲む。
(まぁ、もうちょっとしたら私が動く必要がありそうですし、いまの内にティータイムを楽しんでおきましょう)
~フェイトが使った新しい権能~
運命の臨界点
範囲:フェイトが味方と認識している全員
効果時間:フェイトの魔力が切れるまで
効果:一時的にレベル上限突破+レベルカンスト、ステータスがそれぞれの限界値まで上昇、将来的に習得可能なスキルを一時全使用可能、効果が切れるとしばらく行動不能




