『その神の名は』
完全に力を開放した時空神クロノア。しかし彼女は、警戒を強めるアインたちの前で構えをとることすらなかった。
「……どうしたのですか? そのふたつ目の権能とやらを使って私たちを倒すのではないのですか?」
「言ったはずだ。『手向け』だと、この力を使って貴様たちを倒すのではない。我がこの力を使うと判断した時点で『この戦いの結末は決まった』」
アインの言葉に淡々と返したあと、クロノアはおもむろに指を鳴らす。すると、クロノアの隣に突如ライフが出現した。
「いい加減落ち着け生命神」
「……時空神?」
「認めざるをえまい、人魔連合軍の力は我らの想像を上回った。なれば、十分に『条件』は満たしているであろう?」
「……そう、ですね。忌々しいですが、優先すべきは私怨よりシャローヴァナル様。異論ありません『終わりにしましょう』」
「……なにを――なっ!?」
不穏な言葉を交わしたクロノアとライフ。そして、アインがその意図を問おうとすると……周囲の状況が一変した。
それはまるで、神界に突入した直後の焼き増しとでもいうべき光景。人魔連合軍がひとつの浮島に集まり、同様に神族も別の浮島に集結している。
時間と空間を司るクロノアの権能による強制転移。多くの者が困惑の表情を浮かべる中で、クロノアは静かに口を開いた。
「反逆者ども……いや、人魔連合軍よ。実に、見事だった。強化された我ら神族を相手にあそこまでの奮闘、心より賞賛する。だが、それもここまでだ」
「ずいぶん、大きく出ましたね?」
クロノアの言葉に対し、人魔連合軍側はアリスが代表して言葉を発する。これもまた、最初と同じ構図といえた。
「……我らは、シャローヴァナル様のお力によって強化された。そして『最高神のみ』……もうひとつずつ、その権能の極致ともいえる力を、『窮地だと判断した場合に一度のみ使用可能』と厳命を受けた上で与えられている」
「……権能、極致――ッ!? 皆さん、すぐに離脱を!?」
「遅い! 『時空の審判』!」
クロノアの言葉からその切り札の脅威を読み取り、離脱を促すアリスだったが、それよりも早く……その力は発動した。
権能の極致とはなにか? そもそも神族の権能とは、創造神たるシャローヴァナルに与えられたものだ。ならば、その極致とはすなわち……『シャローヴァナルが直接行使する権能』に他ならない。
そう、最高神はそれぞれの権能に合わせ、シャローヴァナルが直接魔法を保存した特殊な魔水晶を渡されていた。
ここに集ったものの中には、空間に作用する術式を使える者もいるだろう。封印術式を無効化する者もいるだろう。だが、それでもシャローヴァナルの力には抗えない。
それが世界創造の神とそれ以外の間に存在する、明確かつ残酷な格の違い。
人魔連合軍……その全員の動きが、思考が、いま空間と共に停止した。
「……誇るといい。我らにコレを使わせたということは、すなわち貴様らが我らを追い込んだというなによりの証拠。重ねて告げよう、見事だったと……生命神」
「ええ、『生命の審判』」
続いてライフがクロノアと同じようにキーとなる言葉を告げると、極光の壁が出現し動きの止まった人魔連合軍に向けて進んでいく。
「シャローヴァナル様のお力による、強制的な仮死状態の付与……解除不可能の封印だととってもらって構いません」
「貴様らの中には、死ねば因果律を捻じ曲げて復活する者もいる。故にすべてが終わるまで眠っていてもらう。そして駄目押しとして、運命神の審判を使い自力で封印を解除できないと確定させる……これで、終幕だ」
戦いを決着させる光の壁が無慈悲にも人魔連合軍に迫る。だが、決して遅くはない光の壁が到達するより早く、固まっていたはずのアリスが動き出した。
「ぐっ……はぁ……」
「……まぁ、信じがたいことではあるが、貴様なら抜け出したとしても驚きはせん」
シャローヴァナルの力による空間拘束を恐るべき速度で解除したアリスを見ても、クロノアは動揺しない。まるで、そうなることも予想していたと言いたげに……。
「だが、『他の者を助ける時間はない』。貴様は確かに強いが、貴様一人相手であれば時間の稼ぎようはいくらでもある」
「ちぃっ!?」
そう、アリスはたしかに己にかかっていた時空の審判を解除した。しかし、彼女をもってしても解除には数秒かかった。生命神の審判が到達する前に、他の人魔連合軍を助け出す術は……なかった。
それは……間に合わないことは、アリスにも分かっていた。ゆえに彼女はひとつ『切り札』を切ろうとした……だが、それよりも早く迫る光の壁と、アリスの間に降り立った影があった。
「……運命の……審判!」
「「「ッ!?」」」
そのフェイトの行動に、切り札を切ろうとしていたアリスはもちろん、クロノアもライフも……いや、全ての神族が驚愕した。
なぜなら、フェイトは光の壁に向けて拳を突き出し、運命の審判を放ったのだから……。
フェイトが放った審判により、光の壁はふたつに割れ、まるで初めから当たらないことが確定していたかのように、人魔連合軍を避けて通過した。
「……なにを……なにをしている!! 運命神ッ!!」
それは、あり得ない光景だった。否、あり得てはいけない光景だった。
クロノアが激昂するのも無理はない。彼女もフェイトの心に迷いがあるのは分かっていた。しかしそれでも、その選択だけは選ばないと思っていた。
シャローヴァナルのために存在する神族が、その最高神たるフェイトが……最大のタブーを犯すなど、あってはならない。
「自分がなにをしているのか、分かっているのか貴様!!」
「……わた……私は……」
神族たちが全員同様に怒りの表情で見つめる中、当のフェイト自身も平常とは言い難い状態だった。
青ざめた顔、小刻みに震えている体……彼女自身、己のしたことの重大さは理解している。だが、それでもなお、彼女は震える声で言葉を発する。
「……私は! シャローヴァナル様は……ま……『間違ってる』と思う!!」
その言葉は空間に静寂をもたらした。神族たちのフェイトを見る目は殺意すら感じられるほどに冷たくなり、フェイトを説得しようとしていたアリスですら言葉を失った。
それほど異常な行為なのだ。神族である彼女がシャローヴァナルを否定するというのは……。
「だってこんなの、おかしいよ! カイちゃんの記憶を消して、それでなんになるの!? そんなの、誰も幸せにならないよ! シャローヴァナル様だってきっと……」
「黙れ、運命神。貴様はいまこの世界で最も重い罪を犯している。シャローヴァナル様がそう命じられたなのなら、他の事情など捨て置きシャローヴァナル様の命を遂行する。それこそが、神族の存在意義。貴様はそれを……」
「……違う」
「……なに?」
「シャローヴァナル様は! 一言もそんなことは『命令はしてない』! ただ、この戦いのことを説明されて、力を与えられて、『あとは任せる』ってそう言っただけ! 私は!! 一言だってシャルたんたちと戦えとも、カイちゃんの記憶を消す手伝いをしろとも命じられてない!!」
まるで駄々をこねる子供のように叫ぶフェイトを見て、クロノアは冷たい表情のままで告げる。
「どこまで愚かなのだ貴様は……たとえ直接言葉にされずとも、その意を察して動くのは当然のこと」
「そうだよ! だから私は、シャローヴァナル様が私たちに力を与えたのは……『私が間違っていると思うなら、対抗できるだけの力を得て止めにきなさい』って、そういうことだって判断した!」
「……だから、シャローヴァナル様を裏切ったわけではないとでも言いたいのか? 都合のいい戯言……妄言でしかない。そも、シャローヴァナル様に貸し与えられた力で、シャローヴァナル様を止められるなどという発想自体が……」
「うん、そうだよ。いまの私じゃシャローヴァナル様に対抗するなんて、絶対できない」
「む?」
「だから……こうするんだ!」
そう告げるとともにフェイトが纏っていた強大な魔力が、弱まっていく。そして同時に、フェイトの表情が苦しみに染まっていく。
「ぐぅぅ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」
「運命神……なにを? いや、まさか――止めろ! シャローヴァナル様の魔力を体内に取り込むなど!?」
フェイトが上げる叫び声、それだけではなくフェイトの体が強い光を放ちながら少しずつひび割れていく。まるで体内から爆発する寸前とでもいえるようなその光景に、クロノアは慌てた様子で言葉を発した。
「我らとシャローヴァナル様では魔力の格が違う! それを体内に取り込めば、貴様という存在そのものが『塗りつぶされ消滅する』!? 死ではない、貴様という存在が完全に消滅してしまうのだぞ! 止めろ!!」
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!?」
「運命神!?」
「フェイトさん!!」
神族たちがシャローヴァナルに与えられた力とは、いってみれば祝福のようなものだ。普段の彼女たちの魔力に上乗せして、シャローヴァナルの魔力でできた膜を纏っているようなもの。
それが、限界なのだ。クロノアが語った通り、シャローヴァナルの魔力は格が違う。あくまで外付けのブーストであり、それを体内に取り込んでしまえば……たちまち本来の魔力が、シャローヴァナルの魔力に飲み込まれ、消滅してしまう。
そうなってしまえば、もはやライフの権能でも蘇生することはできない。フェイトという存在がこの世界から消えることを意味する。そして、その時は近づいていた。
体を裂くような激痛と主に、フェイトという存在の意識が白く塗りつぶされ、消えていく。
(……私、なにしてるんだろ? 馬鹿なことしちゃったなぁ……本当は、分かってる。都合のいいこじつけだってことは……きっと、時空神の言葉の方が正しいんだ)
体からあふれ出る光がフェイトの体を覆いつくし、意識だけでなくその肉体すらも飲み込んでいく。少しずつ、少しずつ、彼女の中から感情が、意識が消滅していく。
(私は――シャローヴァナル様のために――生まれた――それが存在意義――そんなわたしが――しゃろーヴぁなるさまにさからって――しつぼうされたら――モウ――ワタシニハ――ナニモノコラナイ――ァァ――キエル――ワタ――シガ――キエ――)
思考が白く塗りつぶされる。もう考えることもできないほど、深く冷たく……心というものを空っぽにしていく。
もう、なにも思い出せない。なにも考えられない。すべてが白一色に――。
――あ、はい。よろしくお願いします……えと、宮間快人と言います
(――ミヤマ――カイト……カイ……ちゃん)
――ちょ、ちょっと、フェイトさん!? お、落ち着いて!
(……なんだろう? 温かい)
――フェイトさん、質問に戻りますが……じゃあ、なんで、俺なんですか?
(あぁ、懐かしいな……)
――どうぞ、フェイトさんのために用意したプレゼントです
(あのクッション、嬉しかったなぁ……)
――いいんですよ、フェイトさん。それで、いいんです
(……本当に? 私はこれで、よかったのかな?)
――いまさらですよ。俺はわがままで面倒くさがりで……それでも、どこか優しくて、底抜けに明るくて、一緒にいると笑顔になれる貴女を、好きになったんですから……
(あぁ、そっか……そうなんだ)
塗りつぶされていたはずの思考が巡りはじめ、心に熱が……小さな灯が現れる。
(消え、無いんだ。シャローヴァナル様に失望されて、存在意義を失っても……私には『大切なものが残ってる』)
カチリとなにか、パズルのピースがハマるような感覚と共に、バラバラになりかけていたフェイトという存在が戻り始める。
いや……新しく生まれ変わりはじめる。彼女が得た心の柱と共に……。
空間を覆うような強烈な光が、少しずつ収まっていく。そして、神族とアリスが見守る中、空間が震えるような魔力が脈動した。
「ッ!? な、なんだこれは……この魔力は!?」
「まるで、シャローヴァナル様のような……」
その明らかに格の違う魔力を感じ取り、クロノアとライフが驚愕の表情を浮かべる。呆然と呟いた言葉に呼応するように、光は一点へ収束し、収まっていく。
「……ほんの少し、だと思う」
『銀白色』の髪が揺れ、美しい声が確かな存在感を持って空間に響く。
「頂上の見えないぐらい大きな山の麓に、ほんの一歩だけ足を踏み出したようなものかもしれない」
変化は髪だけではない。権能の宿る瞳は……『紫色に金の模様が浮かぶ』……彼女だけのものへと変貌している。
「でも、うん、たしかに私は足を踏み込んだ」
光が完全に晴れると、その存在はすべてを飲み込むかの如く圧倒的な存在感と共に、その空間に君臨していた。
「……時空も、生命も超えて――シャローヴァナル様や冥王の居る領域に――たどり着いた」
運命神……ではなく、フェイトという――無二の神が。
シリアス先輩「あれ? フェイトが主人公だったかな? というか、本当の主人公は?」
???「ゆりかごの中で寝てます」
シリアス先輩「……完全にお姫様ポジションが板につく主人公ェ……」




