奇妙な店主と遭遇したよ
火の月23日目。俺は昼下がりで賑わう王都の街を、一人でのんびりと散策していた。
俺や楠さん柚木さんも初歩ながら魔法を覚えた事で、王都内に限っては護衛無しで出歩けるようになった。
何故かリリアさんは、俺にだけは護衛を付けようと必死で食い下がって来たんだけど、最終的には折れてくれた……何であんなに頑なだったのか、やはり俺が楠さんと柚木さんと比べて戦闘力と言う点で劣るから、心配性のリリアさんとしては安心できないんだろうか?
確かに俺の魔法に戦闘力は皆無だけど、感知性能は異様に高いので悪意や敵意を持った相手が近付いてくればすぐに分かるので、ある意味安全だと思う。
後戦闘力に関しても、クロには何かしらの案があるらしく、今夜から自分の身を守る程度の戦闘向き魔法は教えてもらえる事になっている。
どんな魔法を教えてくれるのかは分からないが、身を守る手段が得られるのと言うのは嬉しいし、正直少し楽しみだ。
そんなの事を考えながら歩いていると、ふと一つの店が目に止まった。
大通りからやや外れた位置に『雑貨屋』と書かれた店……そう言えば、もうすぐ宝樹祭に参加する為にエルフの森に移動する訳だけど、何かしら俺も準備しておいた方が良いかもしれない。
俺が参加するのは狩猟では無く収穫の方だが、森の中で果実を採るのならナイフの一つ位あった方が良いかもしれない。
「こんにちは」
木で出来た扉を開けて店の中に入ると、外から見た印象よりも店内は広く、いくつもの棚が所狭しと並んでいた。
軽く周囲を見回しても店主の姿が見えなかったので、声を発してみるが……反応がない。
「あれ? すいませ~ん!」
再び今度は少し大きめに声をかけてみたが、やはり反応は返ってこない。扉に鍵がかかって無かったって事は営業中だと思うんだけど……
するとそのタイミングで、店の奥から微かに声が聞こえ、首を傾げながら声のする方に向かってみる。
「……なんすかこれ、こんな稼ぎで、どうやって生きて行けばいいんすかねぇ……」
「……え?」
店の奥、カウンターらしき場所には、ちょっとすぐには信じられない光景が広がっていた。
「折角王都に店構えたのに、客なんて全然こねぇじゃねぇっすか……」
カウンターでは店主らしき『物体』が、ブツブツと呟きながら硬貨を数えている。それ自体は別に何らおかしい光景ではないのだが、問題は店主の見た目だった。
黄色っぽい茶のフワフワとした弾力のありそうな――布で出来た手足。デフォルメされた猫を連想……いや、無理だ。この異様な光景を上手く説明できる言葉が無い。
要するに猫の着ぐるみらしき物体が、ブツブツと呟きながら硬貨を数えている訳だ。
何でこの人、室内で着ぐるみなんて着てるの? 馬鹿なの?
「あ~何か働かずにお金が稼げる上手い話は無いもんすかねぇ……店開けば動かなくても金持って客が来てくれると思ったら、仕入れとか面倒だし全然売れないし」
猫の着ぐるみを着た変人が、愚痴を言いながら硬貨を数えている光景は酷くシュールであり、正直店に入った事を深く後悔した。
声の感じからして若い女性の様だが、もう何と言うか着ぐるみが全てを台無しにしている。
「金持ってて人の良さそうな客でも来れば、色々売りつけてやるんすけどねぇ」
「……」
うん。明らかにアブナイ人だ……気付かれない内にさっさと帰ろう。
「ホント、どっかに良いカモが――うん?」
「ッ!?」
「……」
「……」
ヤバい気付かれた。今バッチリ目? があった。
俺と店主の間に非常に気まずい沈黙が流れ、俺は少ししてサッと振り返り、扉に向かって歩を進め……
「いらっしゃいませ!!」
「!?!?」
回り込まれた。
は、はえぇよ! 一瞬で俺の前に回り込んで、しかも扉を背にこちらに声をかけて来た。
明らかに逃さないと言った感じの様子に、思わず後ずさる……いや、マジで変な店に入ってしまった。
「何をお探しですか? いや~お客様も運が良い。丁度今、色々仕入れた所っすよ!」
「……い、いや、えっと……」
色々仕入れたって言うか、明らかに客が来なくて色々売れ残ってる感じだよね!?
ヤバい、完全にターゲットにされた。手をすり合わせながら、ジリジリとこちらに近づいてくる着ぐるみ……B級ホラーみたいな恐怖がある。
「ちょ、ちょっと寄ってみただけで、別に何かを買おうとかは……」
「いやいや、今がチャンスっすよ。えと、ほら……当店は丁度割引中っすから!」
明らかに今思いついた感じだったよね! 完全に取って付けてたじゃん!?
しかし相手は仮にも商売のプロと言えるし、こういう状況になってしまっては正直俺に抜け出せるトークスキルは無い。
もうこれは野良犬に噛まれたと思って、いくつか買い物して帰るしかないのだろうか?
「……ちなみに、予算はいかほどで?」
「……え、えと……ご、5000Rくらい……かな?」
実際は40000R以上持っている訳だけど、流石に俺もそれを正直に告げるほど馬鹿ではない。
かと言って、今の俺は派手さは無いが貴族が着ていても可笑しくない質の服を着ており、あまり低すぎる金額を言っても、色々と面倒なことになりそうだったので50万円位と言っておくことにした。
これなら無理やり予算ギリギリまで買わされたとしても、悪徳セールスに引っ掛かったと思えば諦めがつく。
「……5000R……」
店主の目の色が変わった気がした。着ぐるみなので目は見えないんだけど、何か雰囲気が変わった感じだ。
具体的に言えば良いカモを見つけたと言う感じの……
さ、さぁ……どうくる? 脅しを入れて無理やり買わせようとしてくるか、磨き抜かれた商談スキルで乗せてくるか……どちらにせよ相手はプロ、俺に逃れる術はなさそうだ。
息を飲む俺の前で、店主はゆっくりと右膝を地面に付け、続いて左膝を付け、最後に両手を地面に置いた。
「……何か買って下さい」
「……」
土下座。まさかの土下座である。商売人としての恥とかプライドとか、そう言った一切を投げ捨てた、あまりにも洗練された淀みの無い土下座。
「お願いします。ここ数日ロクな物食べてないんっす」
「……」
そして土下座から流れる様に、この泣き落としである。
目の前で土下座する着ぐるみの女性を前に、俺は茫然として言葉を失う
拝啓、母さん、父さん――何と言うか、また変なのと巡り合ってしまったものだ。という訳で――奇妙な店主と遭遇したよ。
公爵が主人公にだけ必死で護衛をつけようとした理由=一人でうろつかせる度に、なんかとんでもない相手と知り合ってくるから。
 




