なにより誇らしいように感じたよ
白い砂浜と青い海、これぞまさに海というべき景色の下、俺とフェイトさんはレジャーシートに座って買ってきた昼食を食べていた。
気温も少し涼しいぐらいで、泳ぐのには適さないが海を眺めながら食事をするには最高といっていい。
屋台で買った食べ物は、どれも超高級品というわけではないが、シチュエーションが味を高めてくれているのか……とても美味しく感じた。
そして、ある程度食事も終わりに差し掛かったころ、俺は静かなビーチを見渡してから口を開いた。
「……にしても、綺麗なビーチなのに全然人が居ませんね」
「居なく、したんだけどね」
「えっと、それは例の運命を操る力で?」
「まぁ、そんな感じだね」
フェイトさんの声はとても穏やかで、海を見つめる瞳には……覚悟のようなものが宿っているような気がした。昼食を食べている間も、フェイトさんはあまり口数は多くなくて、なにかを考えている感じだった。
これはあくまで予想でしかないけど……フェイトさんは、答えを出したんだと思う。自分の心にある気持ちが本当に恋なのか、それとも別のナニカなのか……。
だからこそ、俺はそれ以上余計なことは言わず、静かにフェイトさんの言葉を待ちながら物思いにふける。まだ、昼……フェイトさんとデートした時間は数時間程度しかない。
短い時間といえるのかもしれない。だけど、フェイトさんに対する印象が大きく変わるには、十分な時間だったと思う。
「……ねぇ、カイちゃん」
しばらく間をおいてから、フェイトさんはこちらを向かないままで静かに言葉を紡ぎ始める。
「私ね、いま、すごく楽しいんだ。長い年月を生きてきて、それなりに沢山のものを見たつもりだったけど……それが違って見える。海だって、数えきれないぐらい見たはずなのに、いままでよりずっと綺麗に見えるんだ」
「……」
それは独り言のように穏やかでありながら、どこか懺悔するように悲し気な声に聞こえた。
「……私は……カイちゃんに恋してる……カイちゃんのことが好き……なんだと……思う。ううん、本当はもっと前から分かってた。でも、認めきれなくて、目を逸らしてた」
「……フェイトさん」
「……でも……でもね……」
どうしてだろう? 俺に恋をしていると、俺のことが好きだと告げながら……フェイトさんはどうして、こんなにも……『悲しそうな顔』をしているんだろう? どうして、いまにも泣き出しそうな声で話しているんだろう?
「……私に……『カイちゃんを好きになる資格なんて……ない』」
「……え?」
フェイトさんの目から一筋の涙が零れ落ち、フェイトさんはこちらを振り向いてから辛そうに顔を伏せる。
「ごめん……ごめんね……カイちゃん。私は、ずっと、カイちゃんのこと……利用しようとしてた。気に入ったとか口にしながら、私はずっと……カイちゃんを利用して、自分が楽をすることしか考えてなかった」
絞り出すように告げられた言葉、フェイトさんが口にする罪悪感……でも、なんだろう? 確信は無いけど、これはたぶん……『違う』。
フェイトさんが俺を好きになる資格がないと語る一番の理由は、罪悪感ではない。まだなにか、フェイトさんの心を苦しめている要因がある。
「……俺は、誰かを好きになるのに、資格なんて必要ないと思いますよ」
「……」
「それに俺は、なんだかんだでいままでフェイトさんと過ごした時間も楽しかったですし、フェイトさんを恨むような気持は無いです。それに、『利用しようとしていた』ってことは……いまは違うんですよね?」
「……うん」
「フェイトさん、本当のことを言ってください。いったい、なにに苦しんでるんですか? なぜ、俺を好きになる資格がないなんて――ッ!?」
そこまで告げたところで、フェイトさんの顔が俺の胸に押し付けられ、同時に服をギュッと掴まれた。小さな肩は、微かに震えており……なにかに怯えているようにさえ見えた。
「……私は……神族……最高神なんだよ。だから、だから……」
涙声でそう告げたあと、フェイトさんは顔を上げ縋り付くような目で俺を見ながら口を開いた。
「私は! カイちゃんを好きになっても……『カイちゃんのことを一番にできない!』 カイちゃんと、シャローヴァナル様を天秤にかけたら、私はシャローヴァナル様をとる……とらなくちゃいけない!!」
そうか、ようやく得心がいった。フェイトさんをずっと苦しめていたのは、それだったのか……。フェイトさんにとって、シロさんは絶対の存在であり、かつて彼女が語っていた通り存在意義そのものでもある。
俺を好きになって、想いが通じても……俺を最優先にはできないと、そのことに苦しんでいる。あぁ、本当にこの人は、なんて不器用で……なんて、『愛おしい』のだろうか……。
「……そんな私に、カイちゃんを好きになる資格なんて――」
「あるに決まってるじゃないですか」
「――え?」
フェイトさんは本当に勇気のある方だ。罪悪感と、神という存在であるからこその苦しみ、それを抱えながらも俺への想いをちゃんと言葉にしてくれた。
なら、俺はどうするべきだろうか? 決まってる。それも含めて、フェイトさんを受け止めればいい。
腕にすっぽりと収まる小さな体を抱きしめながら、俺は涙に濡れたフェイトさんの瞳を真っ直ぐに見つめながら言葉を紡いでいく。
「……いいんですよ、フェイトさん。それで、いいんです」
「カイちゃん?」
「貴女は、シロさんを最優先にしていい。いえ、してください。もし仮に俺とシロさんが敵対するようなことがあれば、迷わずシロさんの味方をしてください。その上で、俺を好きでいてくれるのなら……それはとても嬉しいです」
「……いい……の? 私は……」
「だって、ほら、『シロさんを最優先なのも全部ひっくるめて』……俺はフェイトさんが好きですよ」
「あっ……うっ……」
そう、結局のところなにも問題なんてない。なにせ、俺が出会ったフェイトさんは『最初からシロさん最優先』で、俺はそんなフェイトさんを好きになったのだから、なにひとつ悩む必要なんてない。
俺はただ、全部ひっくるめて……フェイトさんを丸ごと受け止める。だって、それがなにより『フェイトさんらしいあり方』だと、そう思えるから。
「……本当に……いいの? 私は……カイちゃんのことを好きで……私は……『カイちゃんを諦めなくて』……いいの?」
「はい」
「ッ!?」
だから、俺は強く肯定する。いまのフェイトさん自身を誰よりも強く、強く、肯定する。
フェイトさんは俺の言葉を聞いて大きく目を見開いたあと、先ほどまでとが違う想いのこもったの涙をこぼし、縋り付くように俺の胸に顔を埋める。
「……ごめん、カイちゃん。ちょっとだけ、ちょっとだけ、待って……少し経ったら、元の私に戻るから……少しだけ……甘えさせて」
「いくらでも、フェイトさんの気のすむまで」
「……私、嫌なやつだよ? わがままで……面倒くさがりで……カイちゃんに、いっぱい迷惑かけちゃうよ?」
「いまさらですよ。俺はわがままで面倒くさがりで……それでも、どこか優しくて、底抜けに明るくて、一緒にいると笑顔になれる貴女を、好きになったんですから……」
そう、俺の方の答えはもうすでに出ていた。フェイトさんが俺に恋をしてるかもしれないと知ったとき、俺はそれが嬉しかった。
空回りしまくったデートの始まりも、なんだかんだで楽しかった。その時点で、答えは分かり切っていたんだ。
「……あり……がとう……私も、カイちゃんが好き……大好き」
だってほら、いまのこの瞬間、俺の心の中には……こんなにも幸せな気持ちが溢れているのだから。
拝啓、母さん、父さん――神族、シロさんに仕える最高神であるからこその苦悩。それは、なんだか、すごくフェイトさんらしくて、やっぱり、なんだかんだで純情な面があると再確認できだ。そんなフェイトさんの想いを受け止められることは――なにより誇らしいように感じたよ。
シリアス先輩「あぁぁぁぁ!? 畜生! 想定しうる限り、最悪の事態だぁぁぁ!! これもう、アレじゃん……デートの途中で関係が変化して、ここから恋人同士としてデート再開、みたいな流れじゃねぇかぁぁぁ!?」
???「……快人さんがとてもイケメン。フェイトさんが、羨ましいです」
シリアス先輩「あぁぁぁぁぁぁ! もう、やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
???「……ハウス」
シリアス先輩「ぎゃんっ!?」




