閑話・とある魔族の受難その3
出張も無事終わったのですが、少し疲れが残っているため、今回はもう少し先で載せる予定だった閑話を掲載します。
次回は、ふつうに本編の続きです。
※私のミスで超絶美少女ナゲリストと名前が被ってました。なのでナゲリストの方をファントム→ナイトメアに変更しました。
シンフォニア王国の首都。その中でもひときわ大きな通りにある真新しい建物の中で、高位魔族エリーゼは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ふふふ、ついに、ついに完成したです! 夢にまで見た人界の王都! 私の店! しかも、大通りの一等地!」
彼女は六王祭で快人と奇妙な縁を持ち、それがきっかけとなったシャローヴァナルの一言により、憧れていた人界に店を出すことに成功していた。
しかも、創造神であるシャローヴァナルの威光により、王国側が全面協力してくれ、大通りの一等地に大量の人員を投入して瞬く間に店を完成させてくれた。
「うぅ、ここまで長かったです。魔界じゃあまり占いは人気なかったですし、ちゃんと当たる占いじゃなくて、大衆向けのいい結果が出やすい占い考えたり……苦労の連続でした」
過去を懐かしむように独り言を呟いたあと、エリーゼはグッと拳を握る。
「……ですが、そう、ついに私の苦労が報われたです! まぁ、大半あの人間さんのおかげではありますね。ええ、精神的疲労はきつかったですけど、そこだけは本当に感謝ですね」
ここには居ない快人に感謝を捧げたあと、エリーゼは上機嫌のままで再び独り言を呟いた。
「……さて、いよいよ明日からオープンです! ひとつ景気付けに自分のことでも占ってみるとしましょう!」
呟くとエリーゼは懐からカードの束を取り出した。それは彼女が六王祭で使っていた大衆向けにアレンジしたタロットカード……ではなく、強い魔力が籠ったエリーゼが『本気の占い』を行う際、使用する特殊なタロットカードだった。
エリーゼがそのタロットカードを無造作に上へ放り投げると、タロットカードは空中で一枚ずつにバラけ、円を描いて回り始めた。
そして、時計回りにまわるカードの中から、ひとりでに四枚のカードが抜け出し、裏向きで彼女の前のテーブルに置かれる。そして、残るカードは再び束となりエリーゼの手元に戻ってきた。
「さてさて……いい結果が出てほしいものです」
そう口にしながらエリーゼは一枚目……一番左のカードを捲り、顔をしかめた。
「うげっ、逆位置の昼ですか……あんまりいいカードじゃないですね」
昼のカードは『時期』を表しており、正位置ならば望み通りの時に、逆位置なら望まぬ時に……。
「二枚目は……うぇぇぇ、正位置の来客……嫌な予感がするです。本当に嫌な予感が……」
二枚目、来客のカードは『出来事』を示す。正位置ならば出会いや来訪、逆位置なら別れや外出……。
「さ、三枚目……げぇぇぇ!? 逆位置の幸運とか、不幸が確定してるようなもんじゃないですか!?」
三枚目、幸運のカードは『影響』を示す。正位置なら幸運が、逆位置なら不幸が訪れる。
「よ、四枚目。お願いします! ……最悪です! 本気で最悪です!!」
四枚目に現れたのは……正位置の王のカード。これは『人物』を示しており、彼女はそれに該当する相手を思い浮かべて絶望していた。
そして、『まさに望まぬタイミング』で、頭を抱えるエリーゼの前にとある人物が現れた。
「なにを一人で騒いでるんですか? エリーゼ」
「……一番会いたくない相手が来ました。今日の運勢は最悪です」
「……いきなり辛辣ですね」
「それで、なんの御用ですか? 『シャルティア様』?」
エリーゼは心底嫌そうな表情を浮かべながら、己の上司ともいえるシャルティアに尋ねた。
「いえ、貴女にもそろそろ本格的に動いてもらおうかと思いましてね。さしあたっては明日あたりに、パンデモニウムから指示を受けてもらいたいんですよね」
「……やっぱりそういう話ですよ。拒否とか駄目ですか? ほら、私の店、明日からオープンなんですけど? やっと手に入った店なんですけど……」
「あぁ、大丈夫です。貴方の店に関しては、ちゃんと『明後日からオープン』って、ビラも含めてすべて修正しておきましたから」
「……悪魔です。悪魔がいるです」
すでに手を回しているシャルティアに対し、エリーゼは絶望的な表情を浮かべ頭を抱える。
「……まぁ、嫌なら断ってもいいですけど……その場合、私もついうっかり『貴女の本当の実力』に関して、口を滑らせちゃうかもしれませんね~いや、私もうっかりとかありますしね」
「うぇぇぇ……脅迫してきましたよ、この上司。神界との戦いにはちゃんと参加しますから、それで勘弁してほしいです」
「私もそうしてあげたいのはやまやまですが……今回あまり余裕もないので」
シャルティアの言葉を聞いたエリーゼは、ガックリと肩を落として机に伏した。彼女は魔力が多いだけの高位魔族であり、爵位級ではない。占いは得意だが戦闘力は皆無……というのは、操作された情報である。
そもそもである。彼女は六王祭においてシャローヴァナルはおろか『至近距離でアイシス』と言葉を交わしている。それは『爵位級でもないただの高位魔族』には……出来ない。
「というか、貴女も相変わらず変わり者ですよね。『自分を弱く査定』なんて、なかなかしませんよ」
「私は元来小心者なんですよ!? 有名になって、あ、暗殺とかされたらどうするですか!?」
「……貴女を暗殺できるような存在は、数えるほどしかいないと思いますが……まぁ、ともかく、明日から貴女にも動いてもらいます」
「私は、占い師として細々とやっていきたいのに……売れなかった頃に生活費欲しさに仕えたばかりに……職場の選択、完全に間違えたです」
半泣きで呟くエリーゼ……強いくせに小心者な彼女を呆れたような目で見つつ、シャルティアはチラリと店内を見渡してから口を開いた。
「……ところで、話は変わりますけど、いい店ですね」
「ど、どうしたですか? 急に?」
「いや、素直な祝福ですよ。よかったですね『占いで得た成果のみで人界に店を持つ』って、長年の夢がかなって……」
「あっ、嫌な予感がするです。滅茶苦茶嫌な予感がするです」
シャルティアが言わんとすることを察したのか、エリーゼの表情はだんだんと青ざめていく。そして、そんなエリーゼを嘲笑うように、シャルティアは深い笑みを作って呟いた。
「しかも、大通りの一等地にこんな短期間で、いやはや上司として喜ばしい限りです。ところで……それって、『誰のおかげ』でしたっけ?」
「……あ、あの……人間さんのおかげ……です」
「つまり貴女は、カイトさんに大きな借りがあると、そういうことですよね? なにせ、長年の夢を最高の形で後押ししてもらったわけですし……」
「うぐっ、そ、それを言われると……ちょっと、困るです」
「まさかとは思いますけど、その借りを踏み倒すなんてことは……ないっすよねぇ?」
「……分かりましたよ! 私も、あの人間さんのために動くです! たしかに借りがあるのは事実ですし……それで、私はなにをすればいいですか?」
諦めたような表情で、若干投げやりに告げたあと、エリーゼは座っていた椅子から立ち……どこからともなく『黒いタロットカード』を取り出した。
それを見て満足そうに頷いたあと、シャルティアは再び口を開く。
「詳細はパンデモニウムに伝えてありますから、指示を受けてください。まぁ、『貴女が喋れば』ちゃんと打ち合わせもできるんでしょうけど……」
「い~や~で~す! 声から正体ばれたらどうするですか! 私は爵位級とかごめんです!!」
「……そのカードを取り出したってことは、いまから行くつもりですか?」
「動くなら早い方がいいです。というか、明後日のオープンは普通にむかえられるようにしたいですから……」
そう告げると、エリーゼは持っていた黒いタロットカードを上に放り投げる。するとタロットカードは空中で魔法陣へと変わり、その魔法陣がゆっくりとエリーゼの体へ降りてくる、
「……コード・ファントムメナス!」
キーとなる言葉を告げると、魔法陣がエリーゼの体を通過し、その姿を変貌させた。空中に浮かぶ、半透明で中身のないローブ姿の亡霊へと……。
「では、頼みますよ『ファントム』……」
「……」
王の命に頷き――災厄の亡霊は舞台の裏側を、静かに動き始めた。
シリアス先輩「……もう一回言うけど、幻王配下って面倒な奴ばっかりなの?」
???「……反論は、ちょっと、難しいっすね」




