そう感じている自分がいることに
海風というのは独特の雰囲気だと思う。ただ、塩分が含まれているというのは聞いたことがあるが、明確な違いについてはいちまち分からない。ただなんとなく、少し違うという気がしているだけかもしれない。
そんな風に吹かれながら、多くの人で賑わう港をフェイトさんと並んで歩く。
「う~ん。なんか、活気の割に大きな船は少ないような気がしますね」
最初に比べれば落ち着きを取り戻してきた俺は、港の景色を眺めながら呟いた。漁業が盛んなハイドラ王国の王都にある港……広さも活気も本当に凄い。
だけどひとつ疑問に感じたのは、停泊している船のほとんどがあまり大きな船ではないということだった。いや、もちろん造船技術とかいろいろと地球とは違った部分もあるんだろうけど、それを差し引いても小型船ばかりが停泊しているような気がする。
「うん? あぁ、そういえば……カイちゃんの居た世界には魔物はいないんだったよね?」
「あ、はい」
「海の魔物の多くは沖に生息してるんだよ。もちろん魚だっていっぱいいるけど、漁をする一般人にとって沖での漁はあんまり利益がないんだよね。魔物対策に冒険者雇ったりしなくちゃいけないし、船も頑丈じゃないとだめだからね」
「なるほど……あまり遠出しないから、小回りの利く小型船ってことですか?」
「まぁ、もちろん魔物を獲る漁船もあるけど……主流なのは、動きやすい小型船で近海のポイントを回る漁だね。魚も魔物から近海に逃げてきてることも多いし、それでも十分な量が獲れるんだよ」
何度も思ったことではあるが、世界が違えば常識も違う。この世界にもいままでの歴史の中で培われてきた確かな文化があって、その違いを知るのは本当に面白い。
「魔物が魚を追って近海に来たりはしないんですか?」
「絶対にないってわけじゃないけど、魔物ってのは基本的に自然の魔力が濃いところに住みたがるんだよ。魔力ってのは世界中にあるけど、地形とか環境とかで場所によって魔力が濃かったり薄かったりする。海の場合は遠海とか深海が濃い傾向にあるね。だから近海には魔物は少ないんだよ」
「ふむ、いろいろあるんですね」
「陸地だと、高い山とか深い森が濃い魔力が集まってることが多いよ。まぁ、これはあくまで人界の特徴。魔界とかだともう少し違った特徴もあるから、興味があれば少し勉強してみるのもいいかもね」
「はい」
なんというか、フェイトさんの方も結構緊張が抜けてきたみたいで、表情も柔らかくなってきている気がする。こうして雑談ができるようになったことで、互いにリラックスしてデートを楽しめてきている。
「そういえば、そろそろお昼時ですけど、どうします?」
「……あっ、そうだよね。私は大丈夫だけど、カイちゃんは食べないと辛いよね」
神であるフェイトさんにとって、飲食は嗜好であり必須ではない。フェイトさんはこのままなにも食べなくてもまったく問題ない。しかし、俺は別である。
特に今回はだいぶ緊張していたせいか結構お腹が空いているので、なにか食べたいところだ。
「えっと、カイちゃんはどこかお店とか知ってる? 私、お菓子とかは食べることがあっても、食事はほとんどしないから、美味しいお店とかは知らないんだけど……」
「そうですね、いくつかは……あっ、でも、待てよ……」
「うん?」
俺もハイドラ王国にはあまり詳しくはないが、クロの食べ歩きガイドには目を通しているので何店舗かは候補が思い浮かぶ。
しかし、ここで問題になるのがフェイトさんの存在だ。今回は運命を操作して周りの人がフェイトさんの存在に気付けないようにしているらしいので、店に行っても騒ぎになることはない。
だが、俺の予想が間違いでないのなら……フェイトさんはあまり人の多い場所が好きではないのだと思う。
今日はデートなのでそういうことはしていないが、普段出歩くときにフェイトさんは、周りの人たちが自分に気付けないようにではなく、『己の居る場所に他者が近づけない』という風に運命を操作している。
フェイトさんと初めて出会った時、周囲に人影がまったくなかったのはそのせいである。となると、ここは……。
「フェイトさん、この近くに砂浜みたいなところってあります?」
「あるには、あるけど?」
「お店で食べるのもいいですけど、せっかくですし屋台でなにか買って海を眺めながら、そこで食べませんか?」
「……カイちゃん」
俺の提案を聞いたフェイトさんは、一瞬なにかを考えるような表情を浮かべたあと、柔らかい声で告げる。
「うん。私も、それがいいな」
「じゃあ、決まりですね」
「……カイちゃん。私のこと考えてくれて、ありがとう」
「……デートですから、一緒に楽しめるのが一番ですよ」
いろいろな人に言われたことではあるが、俺は顔に出やすいらしい。なので、俺の考えなど簡単にバレてしまった。まぁ、フェイトさんは嬉しそうなのでまったく問題はない。
そうして方針は決まり、屋台に向かおうとした俺の服の裾を、フェイトさんが小さく摘まんだ。
「フェイトさん?」
「……ねぇ、カイちゃん。その、えっと……手とか……つないでも……いいかな?」
「ええ、もちろん」
「……ありがとう」
俺は即答し、そっと差し出された……俺の手にすっぽりと収まる小さな手を握る。恋人つなぎとかではなく、普通に手をつないだだけ。
だけど、伝わってくるフェイトさんの体温が、握り返される感触が……気恥ずかしさと共に、愛おしさを感じさせてくれた。
拝啓、母さん、父さん――少しずつ、一緒にデートを楽しむことができるようになってきた。そして、考える余裕というものも生まれ始め……気付いた。恥ずかし気に頬を染めながら俺の手を握り返す彼女を、愛おしいと――そう感じている自分がいることに。
???「悲報、これだけいちゃついてても『まだ恋人じゃない』」
シリアス先輩「……つまり?」
???「恋人になったらもっと甘い」
シリアス先輩「嘘だと言ってよ! ???!!」




