クロの側面を知る事が出来た
クロノアさんが告げた言葉。クロがかつて魔界と神界の戦いを引き起こした存在だと言う話は、まったくと言っていい程頭に入ってこなかった。
「戸惑う気持ちも分かるが、今はとりあえず話を進めるぞ」
「……はい」
混乱している俺にクロノアさんは静かに告げる。
確かに考えるのは後でもいい、今はクロノアさんが話す内容を聞き逃さないようにしよう。
「尤も、偉そうに語りはしておるが、我もその戦いの全てを見た訳ではない。神界に攻め入ったクロムエイナがシャローヴァナル様と対峙した所までは目にしたが、その場に向かう途中で我はアインに足止めを食らったのでな」
「……そうか、アインさんも……」
言われてみれば、ああなるほどと納得出来る。
アインさんはクロに仕えるメイド、しかもクロの家族の中でも最古参と言う話だし、当時の戦いに加わっていたとしても不思議ではない。
「それ以降奴とは何度も拳を交えておるが、口惜しくもいまだ決着は着いておらぬ。ともあれ、我がクロムエイナの事を警戒しておる理由の一つ目は、奴がかつて神界に攻め込んだ存在である事」
「……一つ目はって事は、それ以外もあるんですね」
「うむ……二つ目の理由、それは……奴がその戦い以降『本来の姿と力を隠している』事だ」
「本来の、姿?」
そう言えばクロは自在に姿を変えられるって言ってた覚えがある。
ただ俺が見た事があるのはいつもの少女の姿のみだったので、アレが基本の姿なんだと思っていたが……どうやら違うみたいだ。
「貴様も知っているだろうが、奴は姿や性別を変える事が出来る。所謂不定形と呼ばれる系統の魔族だが、命有る存在である以上、最も力を発揮できる本来の姿というものがある。奴は今でこそ少女の姿で行動しておるが、かつて神界を襲った際には別の姿をしておった」
「別の姿、ですか?」
「……ああ、まるで世界の闇の全てが集まったかの如き漆黒の煙の怪物。それが奴の本来の姿……正直に告げよう。我はかつて奴の姿を目にし、生まれて初めて恐怖という感情を抱いた。この世界の神たるシャローヴァナル様に匹敵するのではないかと、そう感じる程……事実、奴はシャローヴァナル様と戦いながら、今も尚平然と生きておる」
「……」
シロさんはこの世界を作り出した創造神。クロノアさんと同格であるアインさんが抗う事など出来ないと語る全能という言葉に最も近い、この世界に置いて最強と言える存在の筈。
クロはそのシロさんと戦って生きのびている。シロさんは戦った相手に手心を加える様な性格じゃないと思う。
「シャローヴァナル様はその戦いに関し、一言だけ『引き分け』だったと語り、それ以上は何もお話しにはなられなかったが……それが信じがたい言葉である事は貴様も分かるであろう?」
「……はい」
つまり、クロは少なくとも戦闘力という一点だけで言えば、創造神であるシロさんと互角に渡り合える力を有していると言う事……
成程、確かにそれならクロノアさんがクロを警戒するのも当然だと思う。
何故ならクロは、シロさんを殺せるかもしれない存在という事……なら、シロさんに絶対の忠誠を誓うクロノアさんは警戒するだろう。
「奴は、まず間違いなく六王最強と言って良い力を有しているだろう。だが、我の知る限り、奴はその戦い以降本来の姿を見せた事は無い」
「成程……だから、クロノアさんはクロの事を警戒してるんですね」
「……確かにここまで語った二つの理由は、我が奴を警戒する要因ではある……だが、一番大きな理由はそれらではない」
「……え?」
それは一体どういう事だろうか?
ここまでクロノアさんが語った魔界と神界の戦い、クロが絶大な力を持っている事、どちらも聞けば成程と納得できるだけの理由だった筈だが、最大の要因は別にあるらしい。
「我が奴を警戒する最大の理由は、クロムエイナという魔族が……あまりにも謎に包まれた存在だからだ」
「謎、ですか?」
「ああ、いかに六王達が強大な力を有しているとは言え、奴等も命があり意思のある存在。例えば死王は死者の魔力が集まり生まれた存在、界王は世界樹という大樹の精霊といった具合に出生があって然るべきなのだが……クロムエイナだけはいくら調べようともそれが分からん」
「……」
「いつ、どこから現れたのかが、全く分からん謎に満ちた存在であり、その目的も全くと言っていい程謎に包まれておる」
「目的?」
「……ああ、分からんのだ。奴が神界に攻め込んだ理由も、多くの魔族や人族を雛鳥と称し育てる目的も、何もかもわからない。だが、奴は幼子の様な性格とは裏腹に、頭が切れる上にしたたかだ。何も考えていない筈も無い。何かの目的が存在する筈だが、それが全く見えてこないのだ」
確かにクロは多くの魔族や人族に手を差し伸べ、それを救い慕われている。
今までは単純にお人好しの性格をしているからだと思っていたが、クロノアさんはクロには何か別の目的があると思っているみたいだ。
「……奴の目的は、最も長く仕えているアインですら分からんらしい。ただ、アインはクロムエイナが、雛鳥の育成を終えた後で、ある言葉を溢していたのを聞いた事があるらしい……『今回も駄目だった』とな」
「……」
今回も駄目だった……それはつまり、クロは何かしらの目的があって魔族や人族を育てていると言う事だろうか?
分からない。そもそも何を持って成功なのかが分からない。
「……我の話は以上だ。まぁ、散々脅かす様な内容を語ったが……結局の所、我は奴の事は何も知らんという事だからな、本当の所は分からん。我が勝手にそう思っておるだけで、実際は何も考えず浮雲の様に生きているのやもしれん」
「……確かに、基準があるにしてもそれはクロにしか分からない以上、勝手にあれこれ考えても答えは出ませんね」
「うむ。先に述べた通り、我は奴の事を悪しき存在だとも思ってはおらぬ。まぁ、清き存在とも思っておらぬなどとは言ったが……そも、この世に真に清き存在など、シャローヴァナル様を除いて他にはおらんのだからな」
「……」
いや、別にあの天然女神は清き存在とかじゃないと思う……けどたぶんこれ言ったら怒るだろうから、心の内に秘めておく事にしよう。
「ミヤマよ。これはあくまで忠告だ。貴様の今後に対し、ああしろこうしろ等と言うつもりはない。ただ、我はこう思うのだ……貴様ならもしや、我やアインにもたどり着けはしなかったクロムエイナの心の深奥、それを知る事が出来るのではないかとな」
「……クロの心の深奥……」
「信用とは美しい感情ではあるが、時にそれは眼を濁らせる事もある。故に我から見た奴の側面を伝える事とした……心には留めておけ、だが考えすぎるな。あくまで貴様は貴様らしく、奴の真価を測れば良い」
「……はい」
確かにその通りだ。
あくまで今聞いたクロの姿は、クロノアさんから見た冥王クロムエイナの一側面でしかない。
クロが何を考え、何を欲しているのか……それはこれから先、俺がクロと接しながら考えていかなければならないもの。
今日の所は、今まで知る機会が無かったクロの事を、少しでも知れただけ良しとする事にしよう。
「……ああ、そう言えば、他にもおったな。クロムエイナとは別の意味で分からぬ六王が……」
「え? クロとは別の意味で分からない?」
「うむ。『幻王・ノーフェイス』。目的は分かりやすいが、本当の名前や姿はおろか、普段どこで何をしているかも分からん存在。勇者祭以外ではまず顔を見せる事も無い変わり者だ」
「へぇ、どんな方なんでしょう?」
「……騒がしく鬱陶しい奴だ」
クロノアさんは苦笑と共にそう告げ、話は終わったと言いたげに屋敷の方へ向かっていく。
幻王ノーフェイス……顔の無い王。もしかしたら、いつかその方とも出会う事があるのかもしれない。
拝啓、母さん、父さん――クロノアさんの話は色々衝撃的だったけど、それでも一つ他の方から見た――クロの側面を知る事が出来た。




