俺の想像以上にあたふたしそうな気がする
火の二月22日目。現在俺は、以前にも一度訪れた……ハイドラ王国の首都へとやってきていた。
目的は、フェイトさんとのデートのため。なぜ、ハイドラ王国の首都を選んだのかというと、それは単純にフェイトさんが希望したからだ。
この町は以前フェイトと一緒に訪れ、デートもした思い出深い場所でもある。あの時には、普段とは違うフェイトさんの一面を見れて新鮮だったし、なんだかんだでデートは楽しかった。
ただ、うん……デートまでしておいて、失礼な感想だとは思うが、まさかフェイトさんが俺に恋心……らしきものを抱くとは、想像していなかった。
というのも、いままでのフェイトさんが向けてくる好意には打算が含まれていたし、実際本人もそれを口にしていた。
気に入られていたのは確かだろうが、たぶんそれは異性に向ける好意ではなく、興味深いおもちゃを見つけたとか、そんな感じだったんじゃないかと思う。
ただ、いつからだろう? 俺もフェイトさんも互いに気付かなかっただけで、少しずつ互いの気持ちは変化していたんだと思う。
例えばフェイトさんがよく口にする「養ってくれ」という台詞。知り合ったばかりのころは、本気で俺に養われて自堕落なニート生活をしたいという欲望に溢れた言葉だった。
しかし、最近のフェイトさんはその台詞をジョークのように口にしている。別に俺が拒否してもかまわない、その一連のやり取りが楽しいと……そんな風に……。
他の部分でも変化はある。以前は俺のところに遊びに来ると、クロノアさんが迎えに来ても子供のような抵抗をしていた。それこそ、俺の足にしがみついたり、俺を盾にしたり……。
だけど、最近はクロノアさんがくると「ありゃ? もう来ちゃったよ。時空神も忙しないねぇ」などと口にして、素直に神界に帰るようになった。その後仕事をしているかどうかはさておき、俺が迷惑を被るような事態にはならなくなった。
そんな風に思い返してみれば、フェイトさんの変化はいくつも心当たりがある。そしてそれは、俺自身にも言えることだった。
正直言って俺は、知り合ったばかりのころはフェイトさんのことが少し苦手だった。飢えた肉食獣とまではいかないものの、隙あらば既成事実を作ろうとしたり、己の欲望を前面に押し出してきたりと、気の休まらない相手だっただと思う。
しかし、最近は……そんな風に思ったことはない。良くも悪くも自分の欲望に素直なフェイトさんは、いい意味で裏表がなく、いつしか気楽に言葉を交わせるようになった。
圧倒的に年上だけど、手のかかる妹のような……そんなフェイトさんと一緒に過ごす時間を、楽しいと感じられるようになっていた。
少なくとも、しばらく顔を合わせていないと寂しさを感じる程度には……。
「……カ、カイちゃん……お待たせ」
「あっ、いえ、こんにち……は……フェイト……さん?」
そんなことを考えていると、後方からフェイトさんの声が聞こえてきた。その声に導かれるように後ろを振り返り――言葉を失った。
そこにいたのは間違いなくフェイトさんではあるのだが、その見た目はいつもとは激変していた。
薄く花の模様が付いた白地のワンピースもそうだが、それ以上に……普段はツインテールにしている髪がほどかれ、髪飾りで纏めたストレートヘアに変わっていた。
え? うそ? マジで……フェイトさんって、服装と髪型を変えただけで、こんな清楚系の美少女に変貌するの!?
い、いや、もともと美少女だったけど、雰囲気がまるで違う。いつものダルそうな様子はまったくないし、むしろ少し恥ずかし気に頬を染める表情など見惚れてしまいそうなほど可憐である。
「……えっと、ど、どうかな? 私、変じゃないかな?」
「い、いえ、すごく似合ってます。というか、なんとうか……いつもとだいぶ雰囲気が違って、ビックリしました」
「あ、あはは……実は、シャルたんにちょっとアドバイスとか貰って、お洒落なんてのを……してみたんだ。ほ、ほら、折角のデートだから……ね?」
ちょっと、なにそのはにかむような微笑みとか……フェイトさん、滅茶苦茶可愛いんだけど。な、なんか、普段のフェイトさんを知っているからこそ、いまの姿とのギャップにドキドキする。
な、なるほど、これがギャップ萌えという感情か……俺はいま、その言葉の意味を完全に理解した。
「その、えっと、す、凄く綺麗だと、思います」
「あ、ありがとう……な、なんか、恥ずかしいね」
「あっ、と、す、すみません。俺はその、気が回らなくて普段通りの格好で……」
「ううん。カイちゃんらしくて、私は、その……好きだよ」
「……ありがとうございます」
「……う、うん」
あれぇ!? なにこの空気、めっちゃ緊張するんだけど!? お、おかしいな? フェイトさんとのデートは二回目のはずだ。
だというのに、この高校生の初デートみたいな初々しい感じはなんだ?
そこまで考えて、俺はふと思い至った。他の恋人たちとのデートと、今日のデートの大きな違い……それは、デートをする相手の余裕の無さだ。
俺の恋人たちは、全員年上である。だからなのかもしれないが、初めてのデートでもそれなりに落ち着いている部分があったと思う。
恥ずかしがりやなリリアさんに関しても、初デートは恋人になってからだったので、少しは余裕があった。
しかし、フェイトさんは恋心に戸惑っている段階であり、未知の感情を抱えてのデートにおっかなびっくりな感じが伝わってくる。
だからこそ少し不安げな表情を浮かべているし、時々言葉にもつまっている。となると本来なら俺の方がリードしなくてはならないはずだが……俺のほうも、普段のフェイトさんとの雰囲気の違いに戸惑ってしまい余裕がない。
結果として、互いの緊張がさらなる緊張を呼び、甘酸っぱさあふれる空気を形成してしまっているのだ。
拝啓、母さん、父さん――互いの言葉ひとつひとつが気になったり、次にどうすればいいか迷ったり、そんな初々しい空気の中で俺とフェイトさんのデートは幕を上げた。だけど、うん、なんとなくだけど、今日のデートは――俺の想像以上にあたふたしそうな気がする。
シリアス先輩「ぐ、ぐぬぬ……予想外のヒロイン力を発揮だと……」
???「あれ? ほら、シリアス先輩甘いだけじゃないですよ?」
シリアス先輩「甘酸っぱいのもやだぁぁぁぁ!?」




