『自覚と不安』
火の二月15日目。シンフォニア王国王都の路地奥にある小さな雑貨店。その店の中では、小柄な少女ふたりがカウンターを挟んで向かい合っていた。
「……で、自分の仕事はおろか配下の仕事も奪って、ひたすら仕事をしまくっていたら……クロノアさんだけじゃなく、いつの間にか起きてたライフさんにも『お願いだから休んでくれ』と言われて、ここに来たと……そういうことですか?」
「うん。というか、酷いよね? 仕事しなきゃ怒るくせに、したらしたで今度は休めとか……」
「いや、フェイトさんは極端すぎるんすよ」
雑貨屋の店主である店番用の分体であるアリスは、フェイトの話を聞いて呆れたような表情を浮かべつつ、手早く紅茶をふたつ用意してカウンターに置く。
フェイトと非常に仲の良い……親友と言っても過言ではない間柄のアリスは、なんだかんだで突然の来訪にも関わらず、邪険にしたりはせずに話を聞く体勢になる。
「それで? 私に聞きたいことってなんですか?」
「うん……こういうのはやっぱり、自分だけじゃなくて違う視点からの意見も聞いた方がいいと思ってね」
「……ふむ」
ここまで思い悩んでいるフェイトは新鮮だと、そんなことを考えつつも、アリスは特に余計な茶々を入れることはなくフェイトの言葉を待つ。
そのまま少し沈黙が流れたあと、フェイトは意を決するように静かに、そしてゆっくりと話し始めた。
「……えっとね。最近、かな? カイちゃんのことを考えると、どうも落ち着かないんだよ。なのに、ちょっと暇があるとカイちゃんのことを考えちゃってたりするし、カイちゃんに会いたいのにどういう顔して会えばいいかわからないんだよ。それでさ、もしかして、だよ。たぶん違うと思うんだけど、もしかして……わ、私さ……カイちゃんに惚れちゃってたり、するのかな~って思ったんだよ。いや、違うとは思うんだけど……」
「……はぁ」
「それでね。シャルたんの意見も聞いてみたいな~って、正直に答えてほしいんだけど……これって、恋ってやつなのかな?」
「いや、そんなの……」
「あっ、ちょっと待って! やっぱり、あんまストレートだと、受け止める準備できてない! ちょっと待って!」
「……」
普段のフェイトからは想像もできないほどしおらしく、顔を微かに俯かせながら話す姿は、あまりにも分かりやすかったが……それでもまだ、本人は認めてはいないみたいではあった。
「えっと、なんて言ったっけ? 異世界の言葉で、もの凄く控えめに伝えるってやつ……」
「オブラートに包む、ですか?」
「そう、それ! まずは、そのオブラートってやつに……『100回ぐらい』包んでから答えてほしいんだけど、これって恋ってやつなのかな?」
不安げな表情で話すフェイトを見て、アリスは少し呆れたような表情を浮かべたあと、ゆっくりと口を開く。
「……いや、まぁ、フェイトさんは良くも悪くも神族の中で一番シャローヴァナル様に似た性質ですから……そもそも個人に興味を持つってこと自体が珍しいわけです。なので、その珍しい対象であるカイトさんが、少し特別に見えている程度でしょうね。考えるとドツボに嵌っちゃうものっすよ」
「……な、なるほど! そ、そうだよね! 一応、念のためにさ……オブラートに包まない意見だと?」
「どう聞いても『べた惚れ』、完全に『恋する乙女』です」
「……」
アリスの返答を聞いて、フェイトはガクッと肩を落とす。他の有象無象に言われるならともかく、自他ともに認める親友であるアリスに言われるのであれば、フェイトも無視はできない。
どこか意気消沈……というよりは、気持ちの整理がつかないような表情で、フェイトはアリスにお礼を言って雑貨屋から去っていった。
己の神殿に戻ってきたフェイトは、クッションの敷き詰められた部屋の隅に座り、カイトから貰ったクッションを抱きしめながら戸惑うような表情を浮かべていた。
己は最高神……神であり、人間とは全く違う存在である。そんな自覚があるからだろうか? フェイトは未だ、その感情を受け止めきれていなかった。
初めは、間違いなく彼女は快人を利用する気でいた。彼女にとって退屈ではない相手という最低限の条件を満たしつつ、なおかつお人好しないい物件……たぶん、その程度の認識だっただろう。
少なくともその時点では、フェイトは快人に対して興味はあっても好意など抱いてはいなかった。
気持ちに変化が表れ始めたのはいつだろうか? 少なくとも、一緒にハイドラ王国へ行った時にはすでに、彼女の心境は変化が表れ始めていた。
フェイトは、快人と出会ってからの期間は長くはない。しかし、重ねてきた思い出はそれなりに多い。
そもそもフェイトは高頻度で神殿を抜け出してカイトの下へ遊びに行っており、大抵途中でクロノアに連れ帰されるので時間自体はそれほど長くはないが、それでも交わした言葉は多い。
一緒に温泉に入り言葉を交わしたこともあった。己の権能や考え方について説明したこともあった。少し強引にとはいえ、デートをしたこともあった。
いつからだろう? 仕事をサボることではなく、快人に合うことが抜け出す目的になったのは……
いつからだろう? 快人が笑うと自然と笑顔を浮かべられるようになったのは……。
いつからだろう? 快人のためなら、少しぐらい……働いてもいいかと思えるようになったのは……。
巡る思考に答えは出ない。しかし、フェイトの心はすでに、得体の知れなかった感情に『恋』という名前を付け、納得し始めている。
彼女は少しずつ、快人に惹かれている己を受け礼はじめていた。そして、だからこそ、同時に深く混乱していた。
「……わかん……ないよ。恋とか……恋愛とか……どうすればいいか……わかんないよ……」
変わらない時間が長ければ長いほど……変化に対して臆病になるものではある。フェイトは数万年に渡り、大きな変化というものを経験してはいない。
だからこそ、いま自分に起こり始めている変化が……恐ろしかった。変わり始めている己を不安に感じていた。
好きになった相手に――これからどんな顔をして会えばいいのか――。
彼女には――分からなかった。
シリアス先輩「がはっ!? や、やばい……想像してたよりコイツ、恋愛らしい恋愛してやがる……」
???「う~ん。たしかに、なんだかんだでフェイトさんって、恋に戸惑う少女みたいな感じが出てますよね~甘くなりそうです」
シリアス先輩「……ひぃ」




