『目覚めた想い』
神界の上層にある運命の神殿。そこは、最高神とその直属の部下しか立ち入れない神界でも神域に次いで格式の高い場所である。
そんな神殿の主である運命神フェイトは……なぜかピンク色のエプロンを付けて料理をしていた。
「ふふ~ふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら楽し気に微笑むフェイトは、非常に上機嫌であること見て取れる。テーブルの上には美しい焼き色の付いたクッキーが並んでおり、フェイトは完成品をひとつ手に取って口に運ぶ。
「うん! 美味しい! さすが、私だね。普段やらないだけで、やればできる!」
完成したクッキーは満足いく出来だったみたいで、フェイトは楽し気な様子のまま完成したクッキーを、可愛らしいラッピングの施された袋に入れていく。
「カイちゃん、喜んでくれるかな~? 六王祭ではシャローヴァナル様関連で忙しかったし、誕生日パーティーでは解説してたから、カイちゃんとあんまり遊べてないしね~」
ニコニコと笑顔で独り言を口にしたあと、包装を終えたクッキーを手に持ち、フェイトは愛用のクッションに飛び乗る。
そして目的となる快人の下へ向かおうとして……。
「……あれ?」
途中で首をかしげて動きを止めた。
「……私、なにしてるの? え? なんで、料理なんて面倒くさいことを進んで?」
どうやら今まで上機嫌で気付いていなかったが、料理をするという己の行動の異常さにようやく気が付いたようだった。
そのままフェイトは、手に持ったクッキーの包みをジッと見つめながら、真剣な表情で呟く。
「……おかしいよね? だって、ほら、私はなんにもせずダラダラ寝て過ごしつつ、カイちゃんに養ってもらうためにアプローチしてるんだよね? なのに、なんで手間暇かけて手料理なんか……い、いや、これはアレだね! 手料理の方がカイちゃんのハートを掴みやすいから……い、いや、でも、前までは『豊穣神に作らせたお菓子』を持って行ってたよね?」
なにかが引っかかるみたいで、フェイトはブツブツと誰もいない空間に向かって独り言をつぶやき続ける。
「……これじゃ、まるで、『カイちゃんに私の手料理を食べてもらいたい』みたいじゃ……い、いや、違う! だって、私がカイちゃんにアプローチしているのは、ニートになるためだよ。カイちゃんはお人よしだから、あくまで利用してるだけだから……う、うん、無いね。絶対無い」
フェイトはかなり動揺している様子で、何度か頭を振りながらひとり焦った表情で言葉を続ける。
「そんなこと、絶対ない! だって、私は神だよ? 最高神……その私が、まさか、たかだか人間に……『惚れてる』とか、そんなことはあり得ないからね! い、いや、確かにカイちゃんは面白い子だし、評価はそれなりに高いけどね。あくまでそれは、私のために役立ててやろうかな~とか、そんな感じであって、恋愛感情とか皆無だから!」
捲し立てるように告げながら、ふと、フェイトは現在己が乗っているクッション……『快人にプレゼントされた一番のお気に入りのクッション』を見つめて沈黙した。
「……い、いや……違うから! これは、いいクッションだから気に入ってるだけであって……カイちゃんにプレゼントされたとか、そういうのは全然関係ないからね。貰った時に喜んだのだって、あ、あくまで演技……カイちゃんに養ってもらうための演技だよ」
まるで自分自身に弁明するかのように呟いたあと、フェイトはなにやら物思いにふけるような表情を浮かべ、小さく微笑みを浮かべる。
「……カイちゃんとのデート、楽しかっ――はっ!? ち、違う違う!!」
そして直後に勢いよく首を横に振った。
「いや、だって、そんな馬鹿な……それじゃ、手段と目的が逆になっちゃってるよ。ない、よね? そんな、アプローチしているうちに、本当にカイちゃんを好きになっちゃったとか、そんなわけ……」
奇妙なものではあるが、己の心とは分かりにくいものである。それは、最高神である彼女にとってもそうだったらしい。
己の心に芽生え始めている快人への恋心、いままで気づかなかった。養ってもらうために行っていたはずのアプローチが……いつの間にか、メインの目的になりつつある。
フェイトの顔は徐々に赤みを帯び、同時に目は混乱して泳ぎまくる。
「……そ、そうだ……『仕事しなくちゃ』」
そしてついに混乱の極みに達したフェイトは、普段の彼女からは最も遠い行動を起こし始めた。冗談抜きで、神殿建設以降数えるほどしか使ったことがない己の執務机につき、なにかを忘れるように必死に仕事をし始めた。
フェイトが仕事を始めて数十分ほど経ったあたりで、部屋の巨大な扉は勢いよく開かれた。
「運命神! 今日という今日は、溜まりに溜まった報告書を……」
「うるさい時空神! いま、仕事してるんだから邪魔しないで! 報告書はそっちにまとめてる!!」
「貴様、いつもいつも、いい加減に――うん? ちょっと待て、貴様、いまなんと言った?」
「だから、報告書はそっちにまとめてるって! 仕事の邪魔だから、さっさと持って出て行ってよ!」
「……え?」
苛立った様子で告げるフェイトの言葉を聞き、クロノアはポカンとした表情を浮かべる。現在のクロノアは、普段からは想像もできないほど間抜けな表情をしているが……それも致し方ないことだろう。
クロノアは、大きく目を見開いたまま、何度かフェイトと報告書を交互に見る。そして、そっと置いてある報告書を手に持ち、それを確認したあとで……なにやら青ざめた様子で口を開いた。
「……そ、その、う、運命神? だ、大丈夫か? ど、どこか、調子が悪いのでは?」
「別に、私はいつも通りだよ!」
「そ、そうか……え、えっとだな……そ、そんなに根を詰めては駄目だぞ。その、い、急ぐ仕事ではないのだ。す、少し休憩でもしたほうが……」
あまりに普段と違うフェイトを見てしまったせいか、クロノアは心配そうな様子で告げる。普段とは真逆の『仕事はやめておいた方が……』という台詞まで飛び出すことからも、彼女の動揺具合が伝わってくる。
「だ か ら ! 仕事の邪魔だから、出ていけぇぇぇ!!」
「す、すまん! 失礼する!!」
フェイトの気迫に押され神殿を飛び出すクロノア……彼女の混乱が解けるのは、これからしばらく時間がたってからだった。
そして、その同様の原因ともいえるフェイトは、一心不乱に仕事を続けながら……ずっと、小声で呟き続けていた。
「……ち、違う……私が……カイちゃんに惚れてるとか……違う……」
何度もつぶやく否定の言葉、しかし、いくら目を逸らし続けていても……すでに芽生えている心は消えてなくなりはしない。
いや、それどころか……自覚によって目覚めたその想いは、否定するたび大きくなっていくようだった……。
???「というわけで、最終章にて重要な役割を担うキャラこと、フェイトさんルート開始です!」
シリアス先輩「いやだぁぁぁ! 甘いの嫌だぁぁぁぁ!」
???「でも、よく考えてください。これはつまり、フェイトさんは最終決戦の場において、『神界側唯一の恋人』として立ち位置で参加するんですよ? そこはかとなくシリアスな香りがしませんか?」
シリアス先輩「うぐっ……」




