いつも比較対象がスライムなんだ?
ゴーレム魔法をいま以上にレベルアップさせたい葵ちゃんに告げられたクロの名前。葵ちゃんもクロとは知り合いだし、相談しやすい相手だともいえる。
とりあえず、俺が今晩クロに会った時に話を通して……。
「というか、カイトさんならたぶん、クロさんに本貰ってるんじゃないっすか?」
「え? 本?」
「ええ、クロさんの書いた本の中に、ゴーレムについて書かれたものもありますよ」
「……そういえば、結構たくさんもらったような……」
アリスが言っている本とは、以前俺がクロから貰ったまるごと食べ歩きガイド……ではない。まるごと食べ歩きガイドが面白かったし、役に立っているとクロに感想を伝えた際に、他にもクロが書いた本があるということで、その本を貰った……500冊ぐらい。
その中には俺ではまったく理解できないような、難しい魔法理論の本も多くあまり手を付けられていないのだが……たしかに、ゴーレムについて書かれた本もあった気がする。
アリスに言われてマジックボックスを探してみると……『よくわかるゴーレム魔法』というタイトルの本が見つかった。初級、中級、上級と3冊……。
「これかな?」
「あぁ、それですね。あとは、魔導人形について書かれた本が二冊ほどあったと思いますけど……とりあえずゴーレム魔法はそれでOKです」
一度アリスに確認してから、俺は期待の籠った目でこちらを見ていた葵ちゃんに本を手渡した。
「じゃあ、葵ちゃん、これ」
「は、はい! ありがとうございます! お借りします!」
「クロさんの本は、何気に結構レアものですよ。あんまり数が出回ってないので……」
葵ちゃんは嬉しそうな笑顔で俺から本を受け取ると、早速そのうちの一冊……『上級』と書かれた本を見始めた。
迷いなく上級から開いてみるあたり、流石である。
そして、少しの間本を読んだあと……葵ちゃんは震える声で呟いた。
「……す、凄い。さ、流石クロム様……こんな凄くて美しい術式、どうやったら思いつくんですか……」
戦慄した表情で呟く葵ちゃんを見て、俺と陽菜ちゃんも一度顔を見合わせたあと、後ろから本を覗き込んでみた。
しかし、さっぱりわからない。なにやら複雑な術式が描かれていて、それについての解説が載っているみたいだが……難しすぎて理解できない。
「……陽菜ちゃん、分かる?」
「……全然分かりません。というか、術式に美しいとかあるんですか?」
俺と陽菜ちゃんが揃って首をかしげると、葵ちゃんが一度本を閉じ、こちらに振り返って口を開く。
「……えっと、絵とか曲をイメージしてもらうと想像しやすいと思います。同じ種類の絵の具、同じ楽譜を使っても、プロと素人じゃ全然違う感じですね。そしてここに書かれている術式は、もの凄く緻密に計算されて組まれていて……もう芸術品ですよ!」
「な、なるほど……それで、葵ちゃんはその術式を使えそうなの?」
「……絶対無理です。いまの私じゃ、こんな複雑な術式は暴発させちゃうのがオチですし、魔力もまったく足りません」
余談ではあるが……魔法の術式というのは、魔力で絵を描くイメージだ。しっかりその術式を覚えて、正確に描き切れば発動するので、複雑であればあるほど使用は難しくなる。
もちろん発動のための魔力が足りなかったら意味がないが……。
「でも、すごく参考になりますよ! いま少しだけ初級とか中級も読んでみたんですが、順序立てて丁寧にレベルアップしていけるように書かれていて、凄い本です!」
「そ、そうなんだ……えと、が、頑張ってね」
「はい! 快人さん、本当にありがとうございます! 頑張って、ここに書かれているものをマスターして……立派なゴーレム魔法使いになります!!」
う、う~ん……ゴーレム魔法に対する情熱が凄まじい。実際、葵ちゃんは本当に頑張り屋だし、結構早い段階で初級くらいなら覚えてしまいそうな気がする。
なんというか、後輩にどんどん戦闘力で差を付けられているような気もするが……まぁ、嬉しそうだし、いいかな?
そんなことを考えていると、なにやら服の袖が小さく引っ張られる感覚がした。振り返ってみると、陽菜ちゃんがなにやら神妙そうな顔をしてこちらを見ている。
「……陽菜ちゃん?」
「……快人先輩、えっと、身体強化魔法について書かれた本もありますか?」
「さ、探せばあるかもしれないけど……もしかして」
「貸してください。勉強は苦手ですけど……私も、やっぱり負けっぱなしは悔しいです!」
「……りょ、了解」
アスリートとしての血が騒ぐのだろうか? ともかく、どうやら陽菜ちゃんにも火が付いたらしい。どんどん強くなろうとする後輩たちを見て、なんとなく年長者としてのプライドが刺激される気がした。
「……なぁ、アリス」
「なんすか?」
「俺も、後輩ふたりより強くなりたいって言ったら、お前どう答える?」
「……『人道的な方法』じゃ、ちょっと難しいっすね」
「……俺、そんなに才能ないの?」
「いや、まぁ……す、スライムよりは、強いんじゃないっすかね?」
「……」
拝啓、母さん、父さん――後輩ふたりの成長を嬉しいと思う反面、己の戦闘の才能の無さが悲しくもなる。というか、すでにいろいろな方に言われているが、どうして――いつも比較対象がスライムなんだ?
ママン「……愛しい我が子はいまのままで十分すぎるほど完成されているとは思いますが……しかし、我が子の望みとあれば、母が答えぬわけにもいかないでしょう。では早速――むっ!?」
天然神「それは容認できません」
ママン「なぜですか? 私たちの力をもってすれば、いますぐ我が子に最強と言えるほどの力を……」
天然神「守りたい可愛さというものもあるとは思いませんか?」
ママン「ッ!?」
天然神「なるほど、確かに快人さんに最強の力を与えることは容易いでしょう。しかし、そうなれば、快人さんはいま以上に『私たちの助けを必要としなくなります』よ?」
ママン「……私が間違っていたみたいですね。感謝します、シャローヴァナル。私はもう少しで、我が子の魅力をひとつつぶしてしまうところでした」
めーおー「……なんだかなぁ……」




