エデンさんが一番恐ろしい
母の日なのでエデン回
アリスから素敵な誕生日プレゼントを受け取り、今日という日の思い出を心に刻んだあと城の中に戻る。
そして、ついに最後のひとり……一番ヤバいお方が動き始めた。
「……ようやく、私の番になりましたね。愛しい我が子、誕生日おめでとうございます。母は、とても嬉しいですよ」
「は、はい、ありがとうございます」
ヤバいよこれ、過去最大級にやばいよ。だって初っ端からスイッチ入ってるから、愛しい我が子って言ってるし、極彩色の目の奥にどす黒いハートが見える。
言いようのない寒気を感じつつ、それでもせっかく祝いに来てくれたのだからと、エデンさんの言葉を待つ。
「あぁ、順番が回ってくるまでの間、1秒が1000年に感じるほど長かった。母は、愛しい我が子の誕生日を祝福したくてたまりませんでした。しかし、悪いことばかりではありません。愛とは熟成されるもの……我が子を想いながら待つ時間は、私の我が子への愛を大きくしてくれました。あぁ、誤解しないでください。私の愛しい我が子への愛は、すでにひとつの世界を覆いつくせるほど大きいと自負しています。ですが、そう、そうなのです。愛に限界などない、いまもなお、私の愛は膨らみ続けている。そもそも、です。この会場に居る肉塊どもと私は違います。母である私は、当然『愛しい我が子の誕生日は事前に把握して、準備を進めてきました』。慌てて贈り物を用意した有象無象などとは、祝福の気持ちも大きく違います。まぁ、それでも、至高たる我が子の生誕を祝うという気持ちに関しては、少しばかり評価してもいいかとは思っています。ですが、そう、そうです。ここまでのものはすべて前座に過ぎないのです。あぁ、愛しい我が子……母はこの日をずっと待っていたのですよ。愛しい貴方への贈り物になにを選ぶべきか、母はとても迷いました。有史以来ここまで多く思考したことはないと、そう確信できるほどです。最初は我が子のために『世界を創ろうと思いました』。そう、すべてが愛しい我が子を肯定し、誰も我が子を傷つけることのない世界を、愛しい我が子ひとりだけのために創り上げようと考えました。しかし、母には分かっています。愛しい我が子は謙虚さと己の足で進む力強さを持つ、至高の存在だと。私の過保護が我が子の成長の妨げになってはならないと、その案は泣く泣く辞めにしました。次に考えたのは『星を贈ろう』というものです。我が子へのプレゼントで埋め尽くされた『太陽よりも大きな星』を創り、贈ろうかと考えました。しかし、しかしです。口惜しいことに、その程度の大きさでは、私が愛しい我が子へと抱く愛の『十分の一』も表現することができません。年に一度しか無い、最愛の貴方への贈り物へ、愛を妥協したものを贈るなどできません。ならば、どうすればいいのか? 私のこの溢れんばかりの我が子への愛を、どうすれば伝えることができるのかと、母は頭を悩ませました。優柔不断な母で申し訳ありません。ですが、母は愛しい貴方を甘やかしたくて仕方がないのです。できることなら、いますぐ愛しい貴方を私の腕に抱き、『他の誰の目も届かぬ場所で延々に愛でたい』と、そう思っています。我が子がなにかをする必要はありません。すべてを母に任せてくれればいいのです。親鳥が雛に餌を与えるように食事を与えましょう。我が子が望むものを全て用意しましょう。我が子が疎むものをすべて消しましょう。貴方の全身を、細胞の一片に至るまで、すべて私の愛で覆いつくしたいと……そう思っています。しかし、私も学習しています。我が子は逞しい子です。すべてを母任せというのは望まない、親思いの優しい子です。なので、本当に残念ではありますが、我が子をとろけるほどに甘やかすのは、我が子がそれを望むまでやめにしておくことにします。もちろん、愛しい我が子が望むなら、母は即座に『私と貴方しかいない世界を創ります』。いつでも、遠慮なく言ってくださいね。あぁ、申し訳ありません。話がそれてしまいましたね。我が子の誕生日の贈り物についてです。さんざん悩んだ結果、私はこう結論付けました。愛とは量や大きさではなく質であると……そう、そうです! 量や大きさで愛しい我が子への愛を表現するのは、神である私の力をもってしても難しい。ならば、極限まで研ぎ澄ました純然たる愛そのものを、贈るべきだと、そう考えました。そう、そうなのです! 愛しい我が子への最高の贈り物は、『母の愛』をおいて他にはありません!!」
……だ、誰か助けてぇぇぇぇ!? 完全に目が逝っちゃってるんだけど!? 怖いなんてレベルじゃねぇよ!? 喋りも過去最長だし、冷や汗が止まらないんだけど!?
というか、発言の端々にやばいのが散りばめられているというか……やっぱこの方、怖すぎるんですけどぉぉぉぉぉ!?
というか、最終的な結論が『愛そのものを贈る』ってどういうこと? 俺の本能がいまだ経験したことないレベルで警鐘鳴らしてるんだけど……。
俺の頭が混乱の極みに達する中、エデンさんは流れるような動きで俺に近づき……。
「さぁ、愛しい我が子よ……母の愛を、受け取ってください」
「んんっ!?」
一切の躊躇なく『キス』をしてきた――え? 柔らかくて甘い――じゃなくて!? 待って、なにしてんのこの人!? って、力強っ!? 全然引きはがせない!
し、舌!? 舌入ってきた!? とうか、なんだこの異常な気持ちよさ……い、意識が薄れ……。
「ふんっ!」
「ッ!?」
不自然とすら言えるレベルに気持ちいいキスに、俺の意識がもうろうとしかけた瞬間。エデンさんの姿が消え、俺の目の前には拳を振りぬいたクロが現れた。
た、助かった……。
「……いきなり、なにをするのですか? 我が子への贈り物を邪魔するとは、返答次第では許しませんよ」
「こっちの台詞だからね!? というか、なにしてんのお前!!」
「うん? 我が子への誕生日の贈り物をしていただけですよ。口付けとは、愛の表現のひとつ。私の愛を表現するにはふさわしい。私の体は、細胞のひとつに至るまで、我が子のために『完璧に調整し作り変えました』。すべては、私の口付けで我が子に最高の快楽を得てもらうために……」
だから不自然なレベルで気持ちよかったのか!? というか、サラッと体を作り変えたとか……マジで、この人の愛は怖すぎる。これが、ヤンデレってやつなんだろうか……ぶっ飛びすぎな気もするが……。
そんなことを考えていると、クロの隣に青筋を浮かべたアリスが出現する。
「……クロさん、タッグ組みましょう。最近大人し目だったんで油断してましたが……やっぱりコイツ、さっさと消しとくべきです」
「うん、流石のボクも、今日という今日は切れそうだよ」
「……愛に障害は付きものということですか。致し方ありません。予定ではあと『40時間ほど口づけを続ける』はずでした。このまま終わっては、私の愛を我が子へ伝えきれない……かかってきなさい!」
こうして、俺の誕生日パーティーの最後は、天地を揺るがす大決戦にて幕を下ろすことになった。
拝啓、母さん、父さん――なんだろう。ある程度は覚悟していたはずだが、その予想の遥か斜め上を行く様は、まさに狂気である。この方をヤンデレという枠に当てはめては、ヤンデレに失礼かもしれないが、やぱり――エデンさんが一番恐ろしい。
※しかし、これでも、少しは成長しているのか……多少の自重はしている。




