歌わずに終わりってわけにはいかないのかな?
まさかの優勝コンビとのカラオケバトル。俺が状況についていけずに唖然としているうちにも、手際よく準備は進んでいた。
アリス楽団がなにやら数を増やし、豪華バージョン……オーケストラみたいな布陣になってるし、やばいぐらい俺に注目集まりまくりだし……これ、歌わなきゃダメかな? 駄目なやつだよね。
正直、音楽は好きでよく聞いていたが、カラオケは小学生の時に両親に連れてってもらったきりだ。下手、ではないと思うんだけど……アリスとフェイトさんコンビに勝てるとはまったく思えない。
『さて、それでは特別試合の開始の前に……審査員たちを紹介しましょう!』
あぁ、いつの間にか準備終わったんだ。駄目だな、やっぱり辞退する方法は思い浮かばない。腹をくくるしかないか。
しかし、それにしても……審査員たち? たしかに俺が参戦する以上、別の方が判定をするべきだろうけど、たちってことは複数人なのかな?
『審査員は、各界の代表三人ずつ、計九人で行います。カイトさんの歌がいいと思ったら、赤の旗を! 私とフェイトさんコンビの歌がいいと思ったら、青の旗を上げてください!』
アリスの言葉を聞いて、視線を動かすと……いつのまにやら、やたら巨大な長テーブルが用意されており、そこに審査員となる九人が座っていた。
人界からはもちろん三国の王たち、神界からはシロさん、クロノアさん、ライフさんの三人、魔界からはクロ、アイシスさん、リリウッドさんが代表として出てきているみたいだった。
『皆さん、公平な審査をよろしく――って、ちょっとぉぉぉ! アイシスさん!? なに赤の旗上げてるんすか! まだ、判定どころか始まってすらいねぇっすよ!?』
「……カイトが……勝つ」
『いやいや、ある程度のカイトさん贔屓は想定内ですが、そこまで堂々とやっちゃだめでしょうが!? ほら、旗下ろしてください……』
「……これ……いらない」
『おぃぃぃ! なに平然とした顔で私たちコンビの旗投げ捨ててるんすか!?』
「……私が……あの旗を上げることは……絶対ない……だから……いらない」
『……全然悪びれねぇっすよこの人……もう、それでいいです』
まさかの開始前から一票のハンデである。アイシスさんらしいといえばらしい。あと、目が合うと微笑んで小さく手を振ってくれるのがくっそ可愛い。
だが、アリスたちの受難はそこで終わらなかった。
アイシスさんとアリスのやり取りがひと段落したタイミングで、シロさんが抑揚のない声で告げた。
「……時空神、生命神」
「「は、はい!」」
「わかっているとは思いますが……『二度続けて私の期待を裏切る』、などという行為を容認するほど、私は寛容ではありませんよ?」
「「はっ! シャローヴァナル様の御心のままに!!」」
シロさんの言葉にビシッと背筋を伸ばしたクロノアさんとライフさんは、そのまま赤の旗を高く上げた。
『おいこらそこぉ!? なにしてんすか! 公平にって言ったばかりでしょうが!!』
「「……」」
『……微動だにしねぇっすよ、あの最高神ども』
『シャルたん! アレは許してあげて! 無理だから、アレは無理だから! 大目に見てあげて!!』
アリスの鋭いツッコミにも、クロノアさんとライフさんはピクリとも動かず旗を上げ続ける。必死だ。思わずフェイトさんがフォローしてしまうぐらい、ふたりとも必死だ。
『いやいや、フェイトさん……おかしいですよこれ、なんで開始前から『9点中4点』相手に入ってるんですけど、ハンデ半端ねぇっすよ』
『か、カイちゃんは素人だから! このぐらいハンデがあった方がいいって!!』
『む、むぅ、たしかに……まぁ、いいでしょう。4点ぐらいハンデとしてちょうどいいです』
まさかの歌う前からリーチ状態である。というか、フェイトさんがあそこまで必死にフォローするのは本当に珍しい。やはり、シロさんが関わってるからなんだろうなぁ……。
と、ともあれ、大きなハンデをもらったおかげで、惨敗という結末は無くなったので、大恥はかかずに済みそうではある。
いや、歌が下手だったら大恥かくけど……だ、大丈夫な、はずだ。
『で、では、気を取り直して、先攻はカイトさんです!』
「え? お、俺が先?」
『はい。先攻は暫定チャンピオンからです……さっ、歌う曲を申告してください』
そう言いながらアリスが手渡してきたマイクを受け取り、俺は壇上で少し考えこむ。
これはどうなんだ? まぁ、アリスたちの上手い歌のあとよりは気が楽かもしれないが……。
いや、それよりなにを歌おうか? 地球の歌ならある程度は知ってるし、アリスは問題なく演奏できるだろうけど……できればここは、この世界の歌で勝負したいところだ。
となると、俺が知ってるこの世界の歌といえば……。
『……小さな物語で』
『おっ、メジャーな曲を選んできましたね……って、ちょとぉぉぉ!? クロさぁぁぁん!! なに、しれっと私たちの旗を遠ざけてるんすか!? 貴女はマトモな審査員だと思ってたのに!? 嬉しかったんすか? カイトさんが自分の歌を選んでくれて、嬉しかったんすか!?』
「……い、いや、違うよ。ちょっと位置調整しただけだから……」
『滅茶苦茶遠くに置いてるじゃねぇっすか!?』
「き、気のせいじゃないかな?」
アリスの言葉を聞いて、視線を動かすと……たしかにクロは青い旗を移動させていた。普通なら手の届かないレベルの距離に……。
『……クロさん』
「うん?」
『正直に言ってください。歌の内容次第で、私たちの旗、上げる気、ありますか?』
「……ない……かな?」
頬をかいて苦笑しながら告げたクロの言葉に、アリスがガックリとうなだれた。まさかの5票目である。
『……ねぇ、シャルたん。もう過半数いったんだけど……戦う前から負け確なんだけど……』
『ま、まだまだ! 残り4票を私たちが獲得すれば、実質私たちの勝利です! 頑張りましょう、フェイトさん!』
『……ガンバロー』
『やる気ゼロ!? 私の味方はいねぇんすか!?』
や、やっぱり、アリスはすごいな。この状況でもめげないとは……。
拝啓、母さん、父さん――まさかの展開が続いている。始まる前からすでに過半数を獲得し、勝負が確定しているこの状況。なんというか、アリスが哀れである。まぁ、それはそれとして、これ、俺が――歌わずに終わりってわけにはいかないのかな?
シリアス先輩「こ れ は 酷 い」
???「審査員の人選、ミスりました……」




