あまりにもチートすぎる
クロノアさんとライフさんの歌が終わる……その、なんて言えばいいんだろうか? 控えめに言って『地獄』だった。
クロノアさんもライフさんも声自体は凄くきれいだ。クロノアさんは凛とした声、ライフさんは優し気で柔らかい声……だが、その素材のよさはまったくこれっぽちも生かされてはいなかった。
表現するなら不協和音と不協和音が謎の化学反応を起こし、『さらにおぞましいナニカ』に変貌したような……生まれて初めての経験だよ『歌聞いて吐きそうになった』のは……出来れば一生経験したくなかった。
わからない、なんでこんな悲惨なことになったのか……なんで、こんな惨劇の如き歌声を披露しておきながら、クロノアさんとライフさんは『やり切った感あふれる表情』なのか……。
もしかして、だけど……おふたりって自分の歌が酷いって気づいてない? たしかに最高神という立場のふたりに、正面切って下手だといえるやつは……。
『……ひっでぇ歌ですね。ブタの鳴き声のほうがまだ芸術的ですよ』
「「……え?」」
居たわ……平然と言ってのけるやつが……。そして、マジで驚いてるクロノアさんとライフさんが怖い。
あぁ、もしかしたら、ふたりとも歌には自信があったのかもしれない。となると、今回の件はシロさんは無関係かな?
『おや? ここで、神界のトップ、創造神シャローヴァナル様よりメッセージが届きましたので、読み上げます。『我が名において、時空神及び生命神が、明日以降他者に歌を披露することを禁じます』……だそうです』
「「シャローヴァナル様ッ!?」」
創造神の名で禁止令が発令された!? 明日以降となっているのは、万が一ふたりが勝ち進んだ場合のことを考えてるのかな? いや、さすがにこのふたりよりひどい歌を歌う人はいないと思うけど……。
『さて、綺麗にオチも付いたところで、次にいきましょう。ほら、フェイトさん、耳栓外してください』
『……凄いよね。なにがどうなったら、カラオケ大会で集団食中毒みたいな光景が広がるんだろうね』
『……酷い事件でしたね。では気を取り直して、青は……今大会唯一の親子ペア! アルベルト公爵家メイド、ルナマリアさんと、元最上位冒険者で『鮮血姫』と呼ばれていた、ノアさんのペアです!』
おっと、次はルナさんとノアさんのペアか……ってあれ? なんか、ルナさんの目のハイライトが消えているような……地獄は終わったはずなのに、これから更なる地獄に挑むような顔してる気がする。
なんだろう? もしかして、このペアにもなにかあるのか?
『早速歌っていただきましょう。曲名は『恋する☆らぶり~☆ヴァンパイア』です!』
「ッ!?」
なんか、いま頭の痛くなるような曲名が聞こえた気がする。てか、恋するとラブリーで微妙にかぶってないか?
先ほどとは違う衝撃を受けつつ、歌いだす壇上のふたりに目を向ける……これは酷い。
いや、歌自体は上手い。先ほどのコンビとは雲泥の差と言っていいレベルだ。だけど、その、なんか曲が……日曜日とかにやってる子供向けアニメのオープニングみたいと言うか……なんか『きゃぴきゃぴ』した感じの歌だ。
ノアさんの方は、子供のように小柄な体なのでまだ違和感はない。しかし、ルナさんの方は……なんというか、見ていていたたまれない気持ちになってくる。
いまにも泣き出しそうな、弩級の羞恥心の中で必死に声を絞り出すルナさんの姿は、涙さえ誘う。
うん。なるほど、だからあんな酷い顔で登場したのか。これ、絶対選曲はノアさんだろうな……そして、ルナさんが断り切れずに歌う羽目になったと、そういう感じだろう。
酷い、戦いである。片や、不協和音という言葉が生温いほどの音痴コンビ。片や、見てはいけないものを見せられているかのようなコンビ……ある意味、泥仕合といえるのかもしれない。
そして歌が終わり、判定の時になる。俺は両手にそれぞれ持った旗を見たあと、チラリと壇上にいるルナさんに視線を向ける。
ルナさんは俺の視線に気付くと、半泣きの顔を全力で横に振った。「お願いだから勝ち進ませないでください」と、そんな意思がこれでもかというほど伝わってくる。
『……判定は、青! ルナマリアさん、ノアさんコンビの勝ちです!! ちなみに、敗因に関しては聞くまでもないので、今回は判定理由を尋ねません』
……ごめんなさい、ルナさん。これは、さすがにルナさんたちを負けにするわけにはいかない。俺一人が被害を受けるのならともかく、あの惨劇のような歌声を再び会場の人たちに聞かせられない。
絶望感あふれる表情で崩れ落ちるルナさんに、心の中で謝りつつ、俺は意識を切り替えて次の対戦を待つことにした。
できれば、次はこんな悲しい戦いじゃなくて、ハイレベルな戦いがいいなぁ……。
『それでは三戦目! 赤は……来ました! 大本命! その声を聞いたことがある人すら少なく、もちろん歌など初公開! 創造神、シャローヴァナル様! そしてコンビを務めるのは、滅多に歌いませんが、時折披露する歌声で絶大な人気をほこる、我らが冥王! クロムエイナさんです!』
『これは……満を持してって感じだね。冥王は100年前に大流行した『小さな物語』とかでも有名だし、シャローヴァナル様の歌はもちろん完璧に決まってるから、優勝候補筆頭だね』
『ちなみに作詞作曲は私です!』
『それは……知らなかった。シャルたん、いくつ名前あるの?』
『1000から先は数えてませんね』
小さな物語? どこがで聞いたような……あぁ、思いだした。イルネスさんが歌ってた曲だ。アレって、クロの歌だったのか……。
あとアリス……またお前か。多方面に名を残しすぎというか、絶対それも金稼ぎでやっただろ。特許が存在するってことは、著作権とかあっても不思議じゃないし……。
しかし、ほぼ全能のシロさんに、歌手としても有名なクロ……これは本当に優勝候補なのかもしれない。
シロさんとクロは威厳すら感じる静かな動きで準備を行い、歌いはじめ――うまっ!?
え? いや、これ上手すぎる。もう音楽というか、高尚な芸術とでも表現するべきか、とにかく凄まじい。特にシロさんだ。まるで心に直接声が響いてきているような、圧倒的とすらいえる歌声。別にバラードというわけでもないのに、涙が出てきた。
これはちょっと、表現する言葉が見つからない。ただ歌っているだけなのに、あまりの存在感に片時も目を離すことができない。
気が付けば、あっという間に歌は終了し、会場には静寂が訪れる。そして、少し間を空けて割れるような歓声と拍手が響き渡った。
『これは……とんでもないですね。まさに神の歌声、格の違いを見せつけられた気分です』
『流石、シャローヴァナル様。これ、もうシャローヴァナル様の優勝でいいんじゃないかな?』
あのアリスですら、シロさんの歌声には驚きが隠せないみたいだ。文字通り格が違う……これ、対戦するコンビはかなりプレッシャーなんじゃ……。
『……っと、すみません。これは、少し可哀そうにもなりますが、青のコンビにも歌っていただきましょう。町の優しいお医者さん、シスターとしての顔もあり讃美歌なども歌った経験があります。フィーアさん! そしてコンビは、その甲冑で歌えるのか? 魔力の鎧だから声は邪魔しないのか……ノインさんのコンビです!』
「……ノイン、これ駄目だよ。勝てないって」
「……一応、判定基準は歌唱力ではないので、可能性はゼロではないですよ」
シロさんとクロのコンビに立ち向かうのは、フィーア先生とノインさんのコンビ……だけど、あの歌のあとでは、やはり萎縮してしまっている感じだ。
判定基準は俺が気に入った方なので、たしかに歌唱力だけというわけではない。しかし、生半可な歌ではあのインパクトを超えることはできない気がする。
そんなことを考えていると、アリス楽団の持っている楽器が変化していた。琴や三味線? もしかして、日本の歌なのか?
これは、ちょっと、面白いかもしれない。日本民謡みたいな感じなら、曲調も独特だし俺にとってはそこそこ馴染みもある。
そして、当たり前のようにアリスが楽器を奏で、曲が始まると……なぜかフィーア先生が慌てたような表情を浮かべた。
「え? なにこれ? なにこの曲!? ちょっと、ノイン! メジャーな曲選んでって言ったじゃん! 見たことない楽器から聞いたことない曲が流れてきてるんだけど!?」
「……ゆ、有名な歌だと思ったんですが……」
「それ、ノインのいた世界で有名だっただけなんじゃないの!? あぁ、もうっ、選曲任せるんじゃなかった!!」
……駄目だこれ、歌が上手い下手以前に、ノインさんしか歌えてない。たしかに、この曲は……どこだったか覚えてないけど、俺も夏祭りとかで聞いたような覚えがある。
それなりに有名な曲ではあるんだろうけど、あくまで日本での話だ。異世界生まれ異世界育ちのフィーア先生には、まったくわからない曲だ。
そして結局そのままノインさんだけが歌う形で終了。俺は静かに赤の旗を上げた。
『……選曲は悪くなかったと思いますが、パートナーが知らない曲ではだめですね』
『カイちゃんの世界の歌かな? そういう意味じゃ、本当に選択はよかったんだろうけど……ちなみにシャルたんは、アレ歌えるの?』
『余裕で歌えますが?』
『……シャルたんって凄いよね~』
日本民謡も歌えると告げるアリスに、フェイトさんは少し呆れた表情を浮かべたが、突っ込むのも面倒だったみたいで、アッサリと会話を終わらせていた。
『……さぁ、気を取り直して次にいきましょう。赤は……私もこの人の歌は聞いたことがないので、実力は未知数。どちらかというとイメージカラーは青ですが、今回は赤で登場! 死王、アイシスさんです! そして、歌を自然との対話と位置づけている話は有名ですね。歌と言えば精霊族、そのトップが下手なはずもありません! 界王、リリウッドさんです!』
『う~ん、死王は未知数だけど……界王は歌、滅茶苦茶上手いよね』
『ええ、精霊族は勇者祭でも毎年美しい歌を披露してくれていますね。そのトップももちろん、それにふさわしい実力を持っています。これは期待できそうですね』
続けて登場したのは、アイシスさんとリリウッドさんの仲良しコンビ。アイシスさんは壇上に上がるとき、チラリとこちらを見てはにかむような笑顔で小さく手を振ってくれた。可愛い。
拝啓、母さん、父さん――カラオケ大会はさまざまな波乱と共に進行していく。クロノアさんとライフさんの歌も衝撃的だったが、やはり一番驚いたのはシロさんだ。あの方は本当に――あまりにもチートすぎる。
プレゼントキャンペーンの当選発表が遅れて申し訳ありません。四巻の作業が終了したら行いますので、もう少しばかりお待ちください。




