歌がへたくそとかじゃないよね?
いつの間にやら始まったコンビ対抗カラオケバトル。俺はその審査員としてステージの手前に用意された椅子に座り、赤と青の旗を持って待っていた。
さて、最初は誰と誰が歌うんだろうか?
『さぁ、それでは第一回戦を始めましょう! まず、赤は……一番手は俺以外にない! 燃える闘魂ゴリ……戦王メギドさん! そして瞳の奥に静かに秘める情熱、熱き中年魔族オズマさんです!』
アリスの紹介と共に、壇上にはやる気満々のメギドさんと苦笑を浮かべているオズマさんが上がった。う~ん、オズマさんはともかくとして、メギドさんは歌はどうなんだろうか? 声は大きいし、声量はあると思うけど……。
『では、早速歌っていただきましょう!』
というか、メギドさんって人化した状態での参加じゃないのか……あのマイク滅茶苦茶でかい。そして、曲は何を歌うんだろう? イメージ的にはロックだけど……。
そんなことを考えつつ、横目でアリス楽団が演奏を始めるのを見る。って、あれ? 思ったよりゆっくりした曲調……これって、もしかして『バラード』か?
俺が予想と違った曲調に少し驚いていると、早速メギドさんが大きなマイクに向かって歌い……風貌からは想像もつかないような美声!? 歌うまっ!?
どっしりとした安定感のある低音が響く……う~ん、これは想像以上に凄い。オズマさんも優しげな声がバラードと合ってるし、これは意外にも実力派コンビだ。
そしてメギドさんとオズマさんが歌い終わると、会場には拍手が響き渡った。
『……う~ん、戦王は歌も上手いんだね。これはいきなり優勝候補かな? って、シャルたん、どうしたの?』
『ぶっ、ふふ……ゴリラがバラードとか……似合わねぇにもほどがあるでしょ……これはアレですね。バラードゴリラという新種ですね。あはは、面白すぎておなか痛いです』
「シャルティア、てめぇ! あとで覚えてろよ!!」
アリスの煽りは置いておいて、フェイトさんの言う通り、これは優勝候補と言っていいのかもしれない。
『さてさて、思わぬコメディでしたが、続いて青! 国王なんてやめて吟遊詩人になりたい! ハイドラ王国現国王、ラグナさん! コンビは、エルフ族の生んだ奇跡! 歌う大賢者! エルフ族最長老、フォルスさんです!』
『おぉ、伝説の英雄コンビだね。って、あれ? フォルフォル、なんか小さくなってない?』
『手元の資料によりますと、魔法薬の実験に失敗して縮んだそうです』
『へぇ、まぁ、そういうこともあるんだろうね』
縮んだことがアッサリと、『あれ? 髪切った?』レベルで受け入れられるこの状況……う、うん。まぁ、いいか……。
ラグナさんとフォルスさんは、壇上に上がりメギドさん、オズマさんと向かい合う。
「おぅ、ラグナじゃねぇか! 相手にとって不足はねぇな……全力でかかってこい!」
「では、お言葉に甘えて胸をお借りするとしますかのぅ」
メギドさんはハイドラ王国と懇意だって聞いた覚えがある。ラグナさんとメギドさんはよく知った間柄なのだろう。
そして、メギドさんとオズマさんが壇上から降り、入れ替わるようにふたりがステージの中央に立つ。
「……ところでラグナ?」
「うん? なんじゃ?」
「私はほら、体が縮んでしまっているわけだが、当然の如く声質も変わってしまっていてね。少し迷惑をかけるかもしれないよ。いや、なに、私もかつては吟遊詩人を夢見たことが……都合三分ほどあった気がするし、歌唱力はそれなりだと自負しているが、なにぶんここ100年ほどは鼻歌しか歌った覚えがないのでね。ブランクは大きいと思っておいてくれ。ああ、もちろん手は抜かな……」
「やかましいわ! さっさと、準備せんか!!」
壇上でコントのようなやり取りをしたあと、ラグナさんとフォルスさんはマイクを持って歌い始める。なんとその歌は、奇しくもメギドさんチームと同じバラードだった。
そしてこれがまた上手い。声量という点ではメギドさんの方が上だったが、ハモりかたとでもいうのか、声の相性はラグナさんたちが上だ。
ラグナさんとフォルスさんの声がガッチリかみ合い、聞こえてくる歌のレベルをグンと引き上げているようにさえ感じる。
もちろんふたりが歌い終えたあとも大きな拍手が巻き起こった。
『おぉ、これはなかなかいい勝負なんじゃないですか……というかぶっちゃけ、レベル高いです。もっとお遊戯会みたいなの想像してたんすけど……』
『……どっちも、よくあんな長い曲をダレずに歌えるもんだね。凄いよ』
『いやいや、フェイトさん……褒めるとこおかしいです。あと曲はごくごく一般的な長さですからね。というか、貴女あとで私とコンビ組んで出るんですから、真面目にやってくださいよ?』
『……ワンフレーズだけ、本気出す』
『本気短っ!?』
こっちもこっちで、コントが展開している。いや、まぁ、それはいいとして……う~ん、これは難しい。どっちも上手かったし、それぞれいいところが違ってたので迷う。
『……さて、ではカイトさん。よかったと思う方の旗を上げてください!』
「……青!」
『おっと! カイトさんがあげたのは青の旗……ということは、ラグナさんとフォルスさんのペアの勝ちです!』
俺が勝者に選んだのは、ラグナさんとフォルスさんのペア。すると、直後に目の前にアリスが現れ、俺にマイクを向けてきた。
『ちなみに、理由なんかお聞きしてもいいですか? やっぱ、敗因はゴリラっすか? バラードゴリラっすか?』
「……シャルティア、てめぇ、あとで絶対殺す」
そこでも軽くメギドさんを煽るあたり流石である。しかし、メギドさんはいらだった様子で拳を握るだけで、喧嘩には発展しない……たぶん、クロがいるからだろう。
『……えっと、どちらも本当に素晴らしかったので、かなり迷いました。ただ、メギドさんのチームの歌は安定感があってすごくよかったんです。ただ、メギドさんの声が大きいのか、少しだけオズマさんの歌が聞き取りづらかった印象でした』
『ふむふむ、ラグナさん、フォルスさんペアはその辺りがよかったわけですね』
『ああ……いや、はい。互いにうまく音程や音量を合わせてる感じで、凄くバランスがよかったです』
『なるほど、ありがとうございました!』
やや緊張しつつも勝敗を決めた理由を告げると、アリスはお礼を言って姿を消した。上手く伝えられたか心配ではあったが、メギドさんとラグナさんが握手していたので、どうやら納得はしてもらえているみたいだ。
しかし、本当に一戦目からすごくレベルが高い。これは二戦目も期待できそうな気がする。
『さて、それではサクサクと二戦目に進んでいきたいと思います。では、赤は……神界の苦労人、大体の貧乏くじはこの方のもとへ……この方に関しても皆さん名前を知っているのは調査済みなので、名前で紹介します。時空神、クロノアさん!』
「……説明に悪意を感じるが……」
『そしてペアは、神界の眠り姫、ぶっちゃけ起きてるところは私もほとんど見たことがないです。生命神、ライフさんです!』
「……よろしくお願いします」
次はクロノアさんとライフさんのペアか……またすごいペアだ。クロノアさんとか、こういうのに出るイメージはないが……たぶんまたシロさんに出ろとか言われたんだろうな。
流れるように壇上に上がりマイクを持つところを見る限り、結構歌いなれてる感じがする。これはまた期待できそう……。
『……シャルたん、『耳栓』ちょうだい』
『はい、どうぞ……音をまったく通さないやつです』
『ありがとう……』
……うん? え? ちょっとまって、なんかいま嫌な言葉が聞こえた気がする。え? いやいや、だって、クロノアさんもライフさんも、すごくできるキャリアウーマンって感じの人たちだよ。
そんなまさか……あれ? ほかにも何人か耳塞いでる人がいるぞ……え? うそ、マジで?
拝啓、母さん、父さん――流石高スペックな方々の集まり、歌も非常にハイレベルだ……と思っていたんだけど、なんだか会場の空気が不穏な気がする。まさか、だよね? まさか、クロノアさんとライフさん――歌がへたくそとかじゃないよね?
シリアス先輩「……で、実際どうなの? このペアの歌唱力は?」
???「……窓ガラス割れるぐらいには、下手な感じですかね」
シリアス先輩「……それもう兵器じゃない?」




