閑話・快人?~揺れる三世界~
魔界に広がる広大な平原。その平原に生息する魔物の中でも特に巨大なエンペラーブルの群れ。一匹一匹が十メートルを超える体躯をほこり、それが列をなして迫ってくる。
その群れにはドラゴンとて容易には手が出せず、エンペラーブルたちはまさにこの平原の頂点に君臨していた……もっとも、あくまで魔物としてはという話である。
「10、20……これだけあれば足りるでしょう」
『首を切り落とし、血抜きを終えた』エンペラーブルを積み上げ、その数を数えているのは冥王の家族の一員であるツヴァイ。
普段なら領地の経営で忙しくしている彼女も、今回の緊急事態に対し仕事をすべて後回しにして参加していた。
「ノイン、フィーア……すぐにアインのところへ運んでください。私は、次の食材であるタイラントフィッシュを獲りに行きます」
「了解しました」
「うん! じゃあ、アインお姉ちゃんのところに運んだら、次は古代林の沼だね」
「ええ、頼みます」
指示に従って大量のエンペラーブルを担いで去っていくノインとフィーアを見送ったあと、ツヴァイは超速で次の目的地に向かっていった。
時を同じくして、魔界の中央付近に存在する魔界でも最大規模の森林には、アイシスとリリウッドの姿があった。
「……リリウッド……お願い」
『ええ、野菜はラズリアが用意するという話でしたので、我々は果実を……我が眷属たちよ、少し苦労をかけます』
アイシスの言葉に頷いて、リリウッドが森に手をかざすと、数多ある木々に即座に大量の果実が実る。そして、その果実は即座に木から離れ、重力に従って落下する……途中で凍りついた。
「……カイトは……リプルの実が……好き」
『なるほど、ではそちらも用意しましょう』
「……うん……カイトに……喜んで……ほしい」
大量の果実を鮮度を保ったまま確保したアイシスとリリウッドは、森を回りながらその作業を繰り返し、次々と果実を収穫していった。
さらに場所は変わって、冥王クロムエイナの居城では、厨房を一手に取り仕切るアインと、幻王であるシャルティアの姿があった。
「……クロさんは、もう出たんすか?」
「ええ、プレゼントの用意と、場所の確保ですね。流石に時間が足りないので、神界の協力が必要ですからね」
「じゃ、食材もどんどん届いてますし、私たちは私たちの仕事をしますか……ケーキに料理と相当の数になりますが、大丈夫ですか?」
「冗談を……私と貴女が組むのです。間に合わないはずがないでしょう」
「それもそうですね」
魔界……いや、世界でも一二を争う料理の腕前を持つふたりが並び立ち、食材調達担当が運んできた山のような食材に向かう。
それぞれの手は音を置き去りにするほどの速度で、なおかつ針の穴を通すような正確さで動き、圧倒的とすら言える量の食材を調理していく。
「……そういえば、シャルティア。なぜ、貴女は分体なのですか?」
「……本体はカイトさんといちゃついてます。あと、サプライズ感は欲しいので、準備が整うまでカイトさんを雑貨店に留める役も兼ねてますね」
「なるほど」
会話をしながらも恐ろしい速度で料理を完成させていき、ソレを会場準備担当たちが順次運んでいく。
慌ただしいのは魔界だけではない。神界でもまた忙しく動いている者たちがいた。
「……なぜだ。なぜ、我らが『建築』担当なんだ……」
「そんなのカイちゃんの誕生日を最高にするのために決まってるでしょ! 早く作らないと『人界に運ぶ手間』もあるんだから、間に合わなくなっちゃうからね!」
「その通りです。喋る暇があるなら手を動かしなさい時空神。ひとつでも不備があれば、シャローヴァナル様の顔に泥を塗ることになりますよ」
「うぐぐ、分かっておる!」
最高神であるクロノア、フェイト、ライフは……シャローヴァナルからの指示により『会場となる城』を建造していた。
正直シャローヴァナルが創造してしまえば一瞬ではあるのだが、シャローヴァナルは他の用事があると指示だけを出してどこかへ行ってしまった。
結果として超高速での作業が可能なクロノア、確率を操り作業を大幅に短縮できるフェイト、無尽蔵に労働力を生成できるライフが建築を行っていた。
そして、シャローヴァナルはというと……神域にて、地球の神であるエデンと向かい合っていた。
「……我々の利害は、現在完璧に一致していると思いますが?」
「肯定」
「では、あの件は問題ありませんね」
「再度、肯定。我が子、最優先、制約、盟約、限定的、解除、承認」
ふたつの世界のトップの利害が完璧に一致したことで、両者は今回完全に無条件で手を組んだ。ある意味もっとも手を組んではいけない存在が、手を組んでしまったともいえるが……残念ながらこの両者の暴走を止められるクロムエイナは、別の場所で忙しくしておりここには居ない。
こうして、ここにまたひとつ、世界の常識が覆ることが決定した。
快人の誕生日パーティーの予定地となっているシンフォニア王国。その王城もまた修羅場と言って差し支えない状況だった。
「父上! 話をかぎつけた貴族たちが、参加の希望を……」
「駄目だ! ミヤマくんの性格上、喜ばれない。ミヤマくんと直接話をしたことがある者以外は、全員断っておけ!」
執務室に駆け込んできたオーキッドの言葉に、国王であるライズは即座に判断を決めて返答する。アルクレシア帝国とハイドラ王国からの来賓ももてなさなければならず、彼の仕事は異常なほど増えていた。
ライズにとっては正念場でもあるが、同時に僥倖とすらいえる幸運な事態でもあった。
快人の誕生日パーティー……会場は神界が用意するという話だが、場所はシンフォニア王国で行われるという話だ。
やらなければならないことは多いが、それでも最終的にはとてつもない利益を国にもたらすだろう。
また同時に、彼が愛する妹リリアの負担を軽くするためにも、ライズは未だかつてないほど全力でことに当たっていた。
そんな風に三世界全てを巻き込んで、前代未聞のレベルの誕生日パーティーが開催されようとしているなどとは全く知らず、当の快人はのんびりとアリスの雑貨屋でお茶を飲んでいた。
「あっ、カイトさん。誕生日パーティーの準備はなんとか間に合いそうなんで、楽しみにしててくださいね。あっ、安心してください。参加者はカイトさんの顔見知りに限定してますんで」
「そうか? なんか、悪いな気を遣わせちゃって……アリスの配下の人たちにも、ありがとうって伝えておいてくれるか?」
「了解ですよ」
なお、快人がイメージしているのは、身内だけで行うこじんまりとしたパーティーである。まさか、自分のためだけに、会場となる城を新設しているなど夢にも思っていなかった……。
シリアス先輩「……やれやれ、私もさすがに誕生日にまで悪態をつくほど鬼じゃない。まぁ、あんなのても一応作品の主人公だし……誕生日プレゼントとして、私のサイン入り色紙でも……」
???「ゴミをゴミ箱にシューー! 超エキサイティング!」
シリアス先輩「なんでっ!? 人気投票の一位のサインだよ! 超貴重だよ!?」




