衝撃的な出来事だった
ベビーカステラ料理を食べたあとも、フィーア先生とノインさんと行ったモンスターレースや、アリスと行った体感型アトラクションなど……六日間で回ったアトラクションなどを回っていった。
もちろん全てを回れたわけではないが、神族の方たちのサポートもあってかなりスムーズに回ることはできたと思う。
本人曰くはしゃいでいるシロさんは中々強烈ではあるが、なかなかどうして新鮮な感じで……正直、楽しかった。
今日はシロさんの色々な面を見れた気がするというか……普段の無表情さから気付きにくいが、クロに対抗したりムキになったり……意外と子供っぽいところもある。
「……快人さん」
「はい?」
「行きたい場所があるのですが、構いませんか?」
「へ? え、ええ、もちろん」
不意にシロさんが告げてきた言葉に、妙な違和感を感じた。ここまで回ってきた場所も、ほとんどはシロさんの希望だったが、こうして確認をとられたのは初めてだ。
それだけシロさんにとっては重要な場所ということだろうか?
「では、行きましょう」
シロさんがそう告げると、直後に景色が切り替わった。夕焼けに染まっていたはずの空も青空に変わっている。
「あれ? ここって……神域ですよね?」
「ええ」
シロさんに連れてこられたのは見覚えのある神域……それも、シロさんと初めて会った時に訪れた空中庭園だった。
「快人さん、貴方に尋ねたいことがあります」
「尋ねたいこと、ですか?」
「……たとえばの話です。貴方を知る人……家族でも友人でも恋人でも構いません。その相手が、貴方に関する『全ての記憶を失った』とします」
「……は、はぁ」
「忘れたのではなく失った。もう二度と思い出すことは無いとすれば……その相手は、貴方がいままで共に過ごしてきた相手とは別人と言えると思いますか?」
なぜ、そんなことを聞いてくるのかは分からない。だが、シロさんのまとう雰囲気は真剣そのもの……なにか重要な問いかけなのだろうか?
「難しい質問ですけど……そうですね。別人、と言ってもいいんじゃないでしょうか? 要するに、俺と出会う前のその人に変わったと、そんな風に思います」
「なるほど……では、その存在を、その存在たらしめているのは記憶……心でしょうか? それとも、器でしょうか?」
「……俺は、心だと思います」
ここまで聞いてもシロさんの質問の意図は分からない。シロさんはいったい……なんの答えを求めているのだろうか?
そんなことを考えていると、シロさんは視線を俺の方に向け、真っ直ぐに俺の目を見つめながら言葉を続けた。
「では、もし、『記憶を完全に消し去る』行為は、それは……その相手を殺害するのと同意でしょうか?」
「……それも難しい質問ですが、そうですね。たしかにそれは、その相手を殺す行為なのかもしれません」
「……そう、ですか……」
俺の答えを聞き、シロさんは顔を微かに俯かせる。そして、そのまま少し沈黙したあとで、俺から視線を外して小さな声で呟いた。
「……私は本当は、どうしたいのでしょう? 私には、私自身が分かりません」
「……シロさん?」
「つまらない話をしました。すみません……『忘れてください』」
「え? ッ!?」
まるで感情を押し殺したかのような声でシロさんが告げると、俺の視界が白一色に染まった。
六王祭の会場を歩いていた俺の足がふいに止まる。
「……あれ?」
「どうしました?」
俺がポツリと呟いた言葉に、隣を歩いていたシロさんが首をかしげる。
「あ、いや、少しボーとしてたみたいで……いま、なにしてましたっけ?」
「最終日のパーティーの時間も近いので、そろそろ解散にしようかと相談していたところです」
「……そういえば、そうでしたね」
そうだった。六王祭最終日には中央塔でパーティーが行われる。俺は同じく最終日のパーティーに参加するリリアさんと合流して、一緒に会場に向かう約束をしているので早めに解散しようかと話していたところだった。
そう、そのはずだ……けど、なんだ? この妙な違和感は?
「どうしました?」
「いえ……シロさん、今日はどうでした?」
「楽しかったですよ」
「俺も同じです。ありがとうございました」
違和感は感じるが、特に疑問に思うこともないので、気のせいだと考えてシロさんに今日のお礼を告げる。
シロさんは俺の言葉を聞いて、口元に薄く微笑みを浮かべた。
「快人さん、今日はありがとうございました。私はここで失礼します」
「あ、はい。俺の方こそ、本当にありがとうございます」
「では、これはお礼です」
お礼という言葉に疑問を抱くよりも早く、あまりにも自然で流れるような動きでシロさんの顔が俺に近づき……唇が重なった。
「……は?」
「では、また」
「………………え?」
あまりに衝撃的な出来事に、シロさんが去ったあとも、俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
拝啓、母さん、父さん――こうして、シロさんとのデートが終わったわけだが……正直な話、この六王祭の中で一番――衝撃的な出来事だった。
快人と別れたあと、シャローヴァナルは一度神域に戻ってきてた。そして空間を軽く撫で彼女だけしか立ち入れない空間に入る。
そこには膨大な術式が刻まれた白い球体が存在していた。その球体にゆっくりと触れながら、シャローヴァナルは誰もいない空間で言葉を零す。
「……そうですか、私は……貴方を殺そうとしているのですね」
絞り出すようなその声には、少しだけ……ほんの僅かに迷いも込められているように感じられる。
「それでも、私は……貴方を諦められません。快人さん……貴方が『この世界で過ごした一年の記憶を失えば』……『全てをやり直して、私が貴方を救えば』……私は、貴方の特別になれますか?」
小さなその声に答える者は誰もいなかった。
次回『終末の神が望んだもの』




