閑話・六王祭~とある魔族の受難その2~
六王祭最終日ということで非常に賑わう会場の一角で、高位魔族エリーゼは小さな店を構え思案していた。
彼女が出店している占いの店は、六日間を通して中々の売り上げを記録しており、そのおかげもあって今日の最終日にも店を出す許可を得ることができた。
(トラブルは……滅茶苦茶ありましたね。というか、もう神経がすり減ってます。それもこれも、全部あの人間さんのせいじゃないですか!? あの人間さんはどうなってるですか!? 死王様、界王様、人間族の貴族に名前は知りませんけど間違いなく伯爵級の高位魔族……そして昨日は冥王様って……化け物過ぎます)
そう、彼女の店が六日間を通して非常に人気だった理由。それは、快人が何度も恋人や同行者にせがまれて立ち寄っていたから。
おかげで噂が噂を呼びかなり稼ぐことはできたが、一般的な感性をもつエリーゼは疲れ果ててしまっていた。
(……結局、あの人間さんに関しての噂は全部本当だったってことですね。う~ん、でもまぁ、おかげで目標以上に稼げました。これで、私も『憧れの人界』に店を持つことができるかもしれません!)
彼女は魔界に小さな占いの店を持っているが、いずれ人界に進出したいと思っていた。というのも、魔界というのは基本的に大都市が少ない。種族が多種多様なこともあって、小規模から中規模の街などが大半であり、実際にエリーゼが店を構えているのも小さな町だった。
だからこそ、都市としての機能に優れた人界の王都は、魔界に住む小規模店の店主にとっては憧れの場所。そこの小さな土地を買うための資金が溜まったエリーゼは、顔をほころばせながら思案を続ける。
(さて、問題はどの国の土地を買うかですね……王都の規模という意味では、アルクレシア帝国が一番大きいですし、あの国は個人商店の補助に力を入れているのでお得な面も多いです。でも、う~ん……私寒いの苦手ですし、ちょっと考えてしまいますね)
アルクレシア帝国は人界の北部に位置するため、冬場はかなり冷え込み、雪が降ることも多い。その気候を生かした特産品などもある。
(ハイドラ王国は、平民の活気が凄いですし、立身出世の機会も多い……でも、あの国はかなり革新的で、流行の移り変わりが早いですから、流行についていけるか不安ですね)
ハイドラ王国は国風として政治も含め最先端のものが多く、流行りものというのが非常に早く切り替わる。特に衣のハイドラと呼ばれているだけあって、服の流行はそれこそ年単位で切り替わる。
そんなハイドラ王国で成功するには、流行に敏感である方がいいが……エリーゼは流行というものには疎かった。
(となると、やっぱりシンフォニア王国が最有力ですね。一年を通して安定した気候ですし、食べ物も美味しい。観光地も沢山ありますし、いい国です。ちょっと、自然が多すぎて飛竜便での移動が多いので交通費が高くつきますが……)
憧れの王都での生活を想像しながら、エリーゼは楽しそうに笑顔を浮かべ……その笑顔は直後に凍り付いた。
(……また来ましたね、人間さん。貴方、ほとんど毎日来てるですよ。もう完全に常連さんです。はぁ、今回はいったいどなたを連れて……連れ……)
見覚えのある快人の姿を見つけ、また誰かとんでもない相手を連れてきたのかと考えつつ視線を動かしたエリーゼの顔から、血の気がなくなった。
(……あ……あばばば、そ、そそ、創造神様!? ちょ、ちょっと、人間さん!? なんて方連れてきてるんですか!? やめてください! こっち来ないで!? その方は思いっきりダメな方ですから……私みたいな木っ端魔族が接していい方じゃないですから!?)
シャローヴァナルと共に向かってくる快人に、心の中で必死に叫ぶが……それも空しく、快人とシャローヴァナルはエリーゼの店の前にたどり着く。
「……えっと、相性占いをお願いします」
「……ひゃい」
申し訳なさそうに告げる快人に対し、エリーゼは半泣きになりながら頷いた。
(はわわわわ、オーラが……神様オーラが!? 直視するだけで体が粉々になりそうです……こ、これが、創造神様……こ、こんな近くで見たのは、初めてですよ。というか、これ、アレですよね。もしかしなくても、下手な結果出したら死にますよね?)
そんなことを考えつつエリーゼは占いに使うカードをシャッフルしながら視線を動かす。
かなり離れた建物の屋根の上で、腕を組んで静かにこちらを見ている時空神クロノア。空中に浮かぶクッションに乗り、だらけたような姿ながら鋭い目で見ている運命神フェイト。型物の影から威圧感を感じる微笑みを浮かべて覗いている生命神ライフ。
(……あっ、これ、完全に死ぬです。下手な結果が出たら、即座にひき肉になるやつです。ひき肉食べるのは好きですけど、自分がなるのは嫌です……)
この世界において頂点ともいえる存在を前にし、エリーゼはガタガタと震えながらも絶望してはいなかった。それは皮肉な話ではあるが、ここにいる快人の存在ゆえだった。
(だ、大丈夫です。この人間さんの運は頭がおかしくなるレベルです。いままでずっとハートを4枚引いてるんですから、今回もそれを引いてくれれば丸く収まるです)
エリーゼの行う相性占いは、あくまで大衆向けのものであり、比較的いい結果が出やすいようになっている。特に男女どちらかがハートを4枚連続で引いた場合は、最高の相性という設定になっているので、快人かシャローヴァナルのどちらかがハートを4連続で引いてくればいい。
通常であれば7種類、計28枚のカードの中から同じものを4枚連続で引く確率は高くはない。しかし、快人は六王祭二日目からいままですべてハートを4枚引いている。
だからこそ、エリーゼは希望を失っていなかった。
「で、でで、では、創造神様……ど、どど、どうぞ4枚引いてください」
「……」
エリーゼの言葉を聞き、シャローヴァナルが流れるような美しい動作でカードを4枚引く……そして、それはすべてハートだった。
(さ、さすが創造神様! ハート4連続なら、人間さんがなにを引いても最高の結果です! よかった……私の命は救われました。さぁ、あとは人間さんにも引いてもらって……)
命の危機が去ったことに安堵しつつ、エリーゼは快人にカードを引くように促す。そして快人が引いたカードは……『ハート4枚』だった。
(はれぇぇぇ!? な、なんでハートがまた出てくるんですか? 4枚しか入れてないですよ……え? もしかして私、予備のカードを間違えて混ぜちゃいました?)
4枚しかないはずのハートのカードが8枚並ぶ光景に唖然とするエリーゼだが、シャローヴァナルの視線に気付いて背筋を伸ばす。
なんにせよ、彼女の占いではハートを4連続で引けば最高の結果なのだ。
「さ、最高の相性です!」
「そうですか……ひとつ尋ねます」
「ひゃいっ!?」
「この結果と『太陽が4枚、ハートが4枚』では、どちらが上ですか?」
分かりやすいほど恐縮するエリーゼに、シャローヴァナルは抑揚のない声で尋ねる。
(そ、創造神様の声なんて初めて聴きました!? な、なんて美しい……じゃなくて、えっと、太陽4枚とハート4枚……ハート4連続は最高の相性、太陽4連続はそれに次ぐ素晴らしい相性……一応ハート4枚で最高の相性ってしてますけど、そういう意味では理論上一番上ですかね?)
ちなみに太陽4枚、ハート4枚とは、前日にクロムエイナと快人が相性占いを行った際の結果であるが、テンパりまくっているエリーゼはそのことには気づかなかった。
(う、う~ん……そもそも、同じ種類のカードは4枚しか入ってないので、ハート8枚とかでないです。イレギュラーですけど……最高の相性が二つなので……)
エリーゼは少し思案したあとで、やや不安げに口を開いた。
「……えっと、ハート8枚の方が……上、ですかね?」
「……」
恐る恐る告げるエリーゼに対し、シャローヴァナルはなにも言わない。
(ど、どうなんでしょう? この答えで当たりなんでしょうか? 外れなんでしょうか? ぜ、全然表情が分からないです……)
刑の宣告を待つ囚人のように大量の汗を流しながら沈黙するエリーゼに対し、シャローヴァナルはしばらく沈黙したあとで口を開いた。
「……時空神」
「はっ! ここに」
「素晴らしい店です。私は、この店が『シンフォニア王国の首都にあってもいいと』、そう思います」
「御心のままに」
淡々と告げるシャローヴァナルの言葉を聞き、クロノアは深く頭を下げて姿を消した。
六王祭が終了したあと……エリーゼのもとにシンフォニア国王からの使いが訪れ、『ぜひ王都で店を開いてほしい』と持ち掛けるのは少し先の話……。
エリーゼがシンフォニア王国の首都に店を構え、快人が割と近くに住んでいることを知って絶望するのは、それよりさらに少し先の話……。
そして……なんだかんだで快人の人柄が気に入り、快人の来店が少しだけ楽しみになるのは……まだ、しばらく先の話だ。
~簡単なモブ紹介~
エリーゼ(523歳)
魔力の大きさから高位魔族に認定されているが、戦いはからっきし。魔法具製作と占いが得意。
人界の首都に憧れるごくごく普通の魔族。
セーディッチ魔法具商会の孫請けのさらに下ぐらいの商店と交流があるため、セーディッチ魔法具商会にも細いパイプがある。
割と幸薄い子だったが、快人との出会いで細かったパイプが極太になるわ、六王や最高神からも一定の評価を得るわ、創造神の厚意で商業神の本祝福を受けることになったりと、この先も苦労が待ち受けている子。
身長は低めだが胸部装甲は中々のものである。
???「シリアス先輩・あとがきのアイドル件ヒロイン」
シリアス先輩「おいっ!? 勝手にモブ紹介に混ぜるな!! 私はメインキャラだ!!」
???「……本編に出たことないくせに」
シリアス先輩「がはっ……」
 




