『零れ落ちた未来』
それは友好条約から1020年……102回目の勇者祭の年に起こった。
すでに100度以上繰り返されてきた異世界からの召喚。各国が持ち回りで行っており、今年はアルクレシア帝国の担当となる年……初めてのイレギュラーが発生してしまった。
通常であればひとりのみのはずの勇者召喚から現れたふたりの異世界人。ひとりは、間違いなく今回の勇者役だが、もうひとりはあらゆる意味でイレギュラーだった。
召喚魔法陣は友好条約締結以降、初代勇者が招かれた際に近い年齢の者が召喚されるように調整されており、訪れる異世界人は十代後半であるはずだった。
しかし、現れたもうひとりの年齢は『23歳』……本来なら、あり得ないはずの存在。名は『宮間快人』……友好条約以降、初めての明確なイレギュラー……。
この宮間快人の存在に、今回の召喚を担当したアルクレシア帝国の侯爵は頭を抱えた。過去に前例のない事態であり、どう対処していいか分からなかった。
イレギュラーとはいえ、初代勇者と同郷である異世界人を無下に扱うわけにはいかない。だが、明確に異質な存在に対して、どう接していいかわからない。
結果として、快人はその侯爵家において、腫れ物を扱うように慎重に保護されることになった。
気を遣うといえば聞こえはいいかもしれない。決して快人は不当な扱いを受けていたわけではない。むしろ低調過ぎるほど丁重にもてなされていた。
だからこそ、だろうか? 突如見ず知らずの世界に飛ばされた彼にとって、その腫れ物を扱うような対応は、酷く心に突き刺さった。
不当な扱いを受けているわけではない。しかし、歓迎されているわけでもない。己がイレギュラーだといやがおうにも自覚させられるその環境は、彼の心にある孤独をどんどん大きくさせていった。
なにより皮肉だったのは、彼には本人ですら気づいてはいないが感応魔法という魔法の才能があったこと……。
分かってしまった……己が歓迎されていないことが……。
分かってしまった……己が疎ましがられていることが……。
分かってしまった……ここに自分の居場所がないことが……。
結果として快人は屋敷の部屋に閉じこもり、ほとんど出歩くことはなくなった。彼を預かる侯爵としても、トラブルが起きずに滞在期間である1年を乗り切れれば良かったので、それを見て見ぬふりをした。
そして、快人はそのままつらい孤独を抱えて1年間をただ耐えて過ごす……ことには、ならなかった。
そう、侯爵家に半引きこもり状態であった快人を見つけ、興味を抱いた存在がいた。それは、この世界の神である創造神シャローヴァナル。
彼女はイレギュラーである快人に興味を持ち、彼を神域に招いて……もとい強制的に拉致して一緒にお茶を飲んだ。
そして、気まぐれからだろうか、シャローヴァナルは快人に提案した。『力が欲しいなら差し上げます』と……。
その提案に対し、心が弱っていた快人は震える手を伸ばし、すがるような眼をシャローヴァナルに向けながら……それでも、その提案を『断った』。
理由などは本人にも分からなかった。ただ、なんとなく、それを受け入れてしまうと己の欲しいものは一生手に入らないような気がした。
しかし、その答えがシャローヴァナルにもたらした変化は劇的だった。快人の心の在り方を気に入ったシャローヴァナルは、快人に対して提案した。『神界に滞在しないか?』と……。
突然ともいえる内容ではあったが、快人は……その提案を受け入れた。
初めはシャローヴァナルの無表情に抑揚のない声に戸惑っていた快人だが、良くも悪くもシャローヴァナルがドが付く天然だった。
その無遠慮に心に踏み込んでくる物言いが、腫れ物扱いされていた彼にとっては、酷く心地よかった。
そして、神界に滞在するようになってから、快人にも少しずつ変化が訪れるようになる。シャローヴァナルが招いた相手ということで、神族は快人に対して一定の礼をもって接したが、それは決して過剰なものではなかった。
特に三人の最高神は召喚に巻き込まれた彼を気にかけ、気さくに接してくれた。
そしてなにより、どこか間が抜けてはいるものの、真っ直ぐに好意を示してくれるシャローヴァナルと過ごす日々の中で、殻に閉じこもったままだった快人の心は救われていった。
そうして変化していく快人を、シャローヴァナルはますます気に入り、快人とふたりきりの時には、ときおり笑顔を浮かべるようになっていく。
いつしか、快人はシャローヴァナルにとっての『特別』になり、シャローヴァナルもまた快人にとっての『特別』となっていた。
すっかり吹っ切れ、本来の心の強さを取り戻した快人は、シャローヴァナルの紹介を通じて知り合った六王や人界の王たちとも接し、多くの相手に変化をもたらすようになる。
快人に好意を抱くものも増え、この世界で過ごす日々が彼にとって多くの幸せに満ち溢れたものになっても、快人の心の一番奥深くには、常にシャローヴァナルの存在があった。
そして……想いを通じ合わせ、この世界に残ることを決めた快人の隣には、無表情だったころが嘘のように柔らかい微笑みを浮かべるシャローヴァナルの姿があった。
……それは、訪れていたはずの未来……誰かが望んだ未来の姿。
本来ならば、そうなっているはずだった。そうなるように動いていたはずだった。
だが、運命は『第三者の介入によって針を進めた』。
ずれた歯車は訪れるはずだった未来を、本来とは大きくかけ離れたものに変えた。
ひとつ……宮間快人は『唯一のイレギュラー』ではなく、巻き込まれた三人のうちの一人だったこと。自分と同じ境遇の者が存在すること、それは彼の心に大きな安心をもたらす結果となる。
ひとつ……召喚を行ったリリア・アルベルトが、貴族らしい貴族ではなく、心優しい女性だったこと。彼女は決して快人を腫れ物のようには扱わず、自ら率先して友人のように語り掛け、真摯に向かい合った。それが、彼の感じる孤独を大きく和らげる結果となる。
ひとつ……宮間快人を救ったのは、シャローヴァナルではなくクロムエイナだったこと。どうしようもなかった。なぜなら、シャローヴァナルが快人の存在に気づいた時、すでに彼は救われていたのだから……。
六王祭の会場である都市にそびえる中央塔。その頂上に立ち、シャローヴァナルは中央塔に向かって歩く快人の姿を見つめていた。
幾度となくそれを願った……どうしようもないほどそれを求めた……叶えるために動き続けてきた……快人の――に……なりたかった。
だけど、もうすべてが遅い。シャローヴァナルが望んだ未来は……彼女の手を零れ落ちた。
「……快人さん。どうして、貴方は……20年後に……現れてくれなかったんですか?」
誰にも聞こえない声でそう呟き、シャローヴァナルは姿を消した。
彼女が見た未来と、なにもかもが違うわけではない。事実、この現在においても快人はシャローヴァナルから興味を勝ち取った。
しかし、決定的に違うものも存在する。彼女にとって、どうしても諦めきれないものが……。
誰も、気づかない。いや、気づきようがない。なぜなら、彼女が『その言葉』を口にするのは、快人に対してのみだから……。
快人も、気づけない。いや、知らない。シャローヴァナルが、それを……『クロだけズルい』というニュアンスの言葉を使うようになったのは、快人がこの世界に現れてからだということを……。
そう――宮間快人は、シャローヴァナルの――になった。
だが――シャローヴァナルは、宮間快人の――には……なれなかった。
シリアス先輩「こ、これは、IFルートでそのシリアス風ルートを書く流れでは!!」
???「いや、仮にそっちのルートで書いたとしても、シリアスなのは序盤だけっすからね」
シリアス先輩「……そうだよね……うん……シッテル」
 




