『集いし十の悪魔』
六日目になっても初日と変わらない、いや、それ以上の賑わいをみせる六王祭の会場。それば日が落ちても衰えず、人族、魔族、神族、多くの者たちが行き交う道を、一際異彩を放つ者たちが歩いていた。
「……それにしても、今回の招集はなんなのかしら?」
抜群のプロポーションを持つ長い金髪の女性が、呟くように口を開く。胸元を大胆に開いた扇情的なドレス、輝いているかのような美しい髪。足取りも優雅そのもので、スリットから除く白磁のごとき足は、いやがおうにも男たちの視線を集める。
軽く流し目をするだけで、男性はおろか女性ですら頬を赤くするほどに強烈な色気を放つ女性の言葉に、隣を歩いていた褐色肌の少女がピクリと眉を動かす。
「そのようなことを気にする必要などない。『シャルティア様』の指示はすべてに優先される」
「はぁ、相変わらず大層な忠誠心だこと……けど、全員が貴女やパンドラ様みたいに、シャルティア様への忠誠心に溢れているとは、思わないでほしいわね。ねぇ、モロク?」
「……なにが言いたい? リリム」
モロクと呼ばれた褐色肌の少女は、リリムの言葉にどこか苛立ったような表情を浮かべながら聞き返す。するとリリムは、薄い微笑みを浮かべながら口を開く。
「そのままの意味よ。幹部が全員シャルティア様に心酔しているわけじゃないわ。少なくとも私には、貴女のような忠誠心なんてない」
「……」
「ふふふ、そんなに睨まないでちょうだい。だからって、別にシャルティア様に逆らおうなんて考えているわけじゃないわ。現にこうしてちゃんと指示には従っているでしょ?」
からかうような笑みを浮かべるリリム……彼女とモロクは、どちらも伯爵級高位魔族であり、幻王ノーフェイスを長とする幻王兵団の幹部……通称『十魔』と呼ばれる存在の一員だ。
デーモン種のまとめ役でもあり、『贄求める大魔』という二つ名を持つモロク。最強の淫魔であり『嘲笑う悪夢』とも呼ばれているリリム。
彼女たちは現在、シャルティアからの招集を受けて六王祭の会場へと足を運んでいた。
「……私がシャルティア様に仕えているのは、美味しい思いができるからよ。まぁ、利害の一致ってところかしら? ビジネスライクな関係なのよ」
「……なにが言いたいかは分からんが、シャルティア様を裏切るようなら……殺すぞ」
「あら? 怖い怖い……心配しなくても、そんな愚かなことはしないわ。というか、そんなこと恐ろしくてとてもできないわよ」
「……」
「シャルティア様は私の考えなんてお見通しよ? そのうえで、私の好きなようにやらせてくれている。なにも不満なんてないわ……私の力を正当に評価してくれて、それに見合った仕事を与えてくれる。絶対の忠誠を誓わない自由も容認してくれるし……私が欲しい時に、過剰でも不足でもないご褒美をくれる」
歩く足は止めないまま、リリムはまるで歌うような口調で告げる。
「私は貴女みたいに、シャルティア様を至高の王だとか思ってるわけじゃないけど……最高の上司だとは思っているわ。そして、その力と冷徹さを心底恐れてもいる。だから指示には従うし、怖いから決して裏切ったりはしない……ほら、結果だけなら貴女と一緒よ。従うし、裏切らない」
「……」
「だから、そんなに睨まないでよ。たんなる世間話じゃない……退屈なのよ。けど、まぁ、そういう考えの者もいるってことよ……あくまで私の予想だけど、カタストロとフェニクスとティアマトは私と同じタイプね。アスタロトやグラトニーは、貴女みたいな感じかしらね? ファントムとパンデモニウムは、よく分からないわ」
「……そういえば、パンデモニウムは最近見かけないが、なにをしているんだ?」
ほかの十魔たちの名前を挙げながら話すリリムの言葉に、沈黙していたモロクがようやく口を開いた。
「う~ん、私も詳しくは知らないんだけど……『アルベルト公爵家』でメイドをしてるらしいわよ」
「……なにをしてるんだアイツは?」
「さぁ? あの子の考えは私にもよく分からないわよ。ほら、例の異世界人の子がいるでしょ?」
「……ミヤマカイト様か?」
「そうそう、その子の『ベッドメイキングや部屋の掃除』をしてるらしいわよ。毎日真面目に……」
「繰り返しになるが……なにをしているんだアイツは?」
「さぁ?」
他愛のない会話をしながらふたりが歩いていると、その行き先に忽然と可愛らしい服に身を包み、ぬいぐるみを抱いた少女が現れた。
「……迎え」
「あら? グラトニーじゃない……助かるけど、どうせ迎えに来るならもっと早く来てほしかったわ~」
「……頼まれたのは会場に着いた十魔の迎えだけ、それ以外は知らない」
リリムやモロクと同じく十魔のひとり『亜空の捕食者』グラトニーは小さな声でボソボソと呟いたあと、ふたりの前で指を縦に動かす。
すると景色に線が走り、扉のように開いた。
「入って……あと、リリム。シャルティア様を裏切ったら、モロクじゃなくて私が食い尽くす」
「……あ~はいはい。狂信組は、本当に怖いわねぇ~」
静かに威圧するグラトニーに対し、リリムは憶する様子もなく苦笑して空間の裂け目に入り、モロクも無言でそれに続く。
ふたりが入ると開いていた空間は閉じて消え、同時にグラトニーの姿もその場から消え去った。
リリムとモロクが案内されたのは、円卓状のテーブルと十の椅子だけが存在する簡素な部屋。そこにはすでにパンドラを除いたすべての十魔が揃っていた。
半透明で顔も無い、ただローブが宙に浮いているかのような存在……『災厄の亡霊』ファントム。
燕尾服に身を包み、厚手の手袋をつけたまま紅茶を飲んでいる薄緑髪の女性……『永久の災害』カタストロ。
主より下賜された『牛の着ぐるみ』を馬鹿正直に着て座っているのは……『虚像の申告者』アスタロト。
緑色の炎に包まれ、律儀に椅子に座っている美しい鳥……『不滅の焔』フェニクス。
明らかに椅子とサイズの合っていない、二本の角を持ち4メートル越える巨大なラミア……『嘆く絶望』ティアマト。
右目と口元以外をすべて包帯でぐるぐる巻きにして、その上からドレスを着て、なにやら針と糸を持って裁縫を行っている少女……『滅びを呼ぶ病魔』パンデモニウム。
ここにパンドラ、グラトニー、リリム、モロクの四人を加えれば、幻王兵団幹部……十魔の勢ぞろいとなる。
「あらら、皆早いわね~パンドラ様とシャルティア様は、まだみたいだけど……」
軽い口調で呟きながらリリムは優雅な動きで空いている席に座り、同様にグラトニーも席に座る。モロクだけは、空席の関係上リリムの隣の席になることに微かに顔を歪めてから、無言で席に座る。
そして、揃った九体の伯爵級高位魔族たちは、静かに主の到着を待つ……とは、ならなかった。
「ねぇねぇ、皆。さっき、少しモロクと話したんだけど、皆はどっちのタイプ? モロクみたいにシャルティア様に忠誠を誓ってる感じ? それとも、私と同じようなビジネスライクな関係?」
「……」
退屈が嫌いなリリムは、心底鬱陶しそうなモロクの視線も気にせず、明るい口調で告げる。
そして、振られた話題が主……幻王兵団のトップであるシャルティアのことだったせいか、パンデモニウムとファントムと除き、室内の十魔が反応した。
「ファントムは……聞いたところで喋らない。グラトニーは、まぁ、一応聞いてみるけど……モロクと同じよね?」
「シャルティア様は、私を拾ってくれた。私の力は全部、シャルティア様のために使う」
「……でしょうね。カタストロは?」
「ふむ、自分はどちらかと言えば……リリム殿と同じですね。偉大な方だとは思っていますが、仕えているのは自分にも利点があるからです」
リリムの質問に答えたカタストロは、いつの間にかボロボロになっていた手袋を見せながら苦笑する。
「材料代も、馬鹿にならないのでね」
「……もう、ひとつ駄目にしたの? 早過ぎじゃない?」
「いやはや、困ったものです。腐敗に強い素材を選んでいるのですがねぇ……」
カタストロは生まれながらに触れたものを腐敗させるという力を持っている。その力は非常に強力で、腐敗に強い素材で作った特注の手袋でも、数時間程度で駄目になってしまう。
故にカタストロの日々の出費はかなりのもので、シャルティアに仕えているのは給与が優れているからという面もあるみたいだった。
「……次はアスタロトだけど、まぁ、貴女も聞くまでもないわね」
『無論、シャルティア様に絶対の忠誠を誓っている。我が力を見出し、育ててくれた偉大なる主だ』
「……どうでもいいけど、見た目馬鹿みたいよ、貴女……」
アスタロトはモロクやグラトニーと同じようにシャルティアに絶対の忠誠を誓っている。それは、もう、普段からシャルティアに貰った着ぐるみを好んできている時点で、わかりきったことではあったが……。
「じゃあ、フェニクスは?」
『……難しいところですね。私がシャルティア様に仕えている理由は……恐怖、ですかね?』
「へぇ、不死身の貴方でも、やっぱりシャルティア様は恐ろしいの?」
『不死身など……あの方相手ではなんの役にも立ちませんよ。封印でもされれば、それでお終いです。そういう意味で言えば……畏敬の念ですかね?』
フェニクスがシャルティアに仕えている理由は畏敬……それはある意味では、一種の忠誠心と言えるのかもしれない。
リリムは一度頷いたあと、左隣の空間を圧迫しているティアマトの方へ視線を向ける。するとティアマトもその意図を察したのか、口を開く。
「私は、そうですね。リリムたちと同じでしょうね。世の中には悲劇が多すぎます。そして、それは決してなくなることはありません……ですが、シャルティア様なら、その悲劇を最小限にできる。故に、従っています」
「ふ~ん……相変わらずね」
「あぁ! 惜しむらくは、我が身の非力さ……この世の悲しみを一掃出来ぬ歯がゆさ! あぁ、悲劇は消えない。なんて悲しいことでしょう!!」
「やめなさい! こんな所で超音波なんて放つんじゃないわよ!」
「それもまた、悲しみの摂理でしょうね」
「違う! 絶対、違う!」
感受性豊かで叫ぶと広域に衝撃を伴う超音波を発生させるティアマトを、リリムが蹴飛ばして黙らせる。なおも嘆いているあたり、筋金入りともいえるが……。
「……あとは、パンデモニウムだけだけど……話、聞いてる?」
「聞いてるよぉ。参加する気は~ないけどぉ」
「……というか、さっきからなにをしてるの貴女?」
「これから~少し~冷え込むからぁ、ひざ掛けを作ってるぅ」
喋れないファントムは除き、パンデモニウムはまったく会話に参加せず、リリムの言葉にも顔を上げずに裁縫を続けていた。
もちろんそのひざ掛けは快人のために作っているもので、彼女にとっては他のなによりも優先させるべきことだった。
「……えっと、ちなみにパンデモニウム? マフラーとか、編めたりする?」
「編めるけどぉ?」
「……その、今度、えっと、少し教えてくれないかしら?」
「いいよぉ」
なぜか先ほどまでの明るい様子とは変わって、ややバツが悪そうに頼み込んでくるリリムに対し、パンデモニウムは構わないと返答してから作業を続ける。
そんなリリムの様子に、モロクが首をかしげながら口を開いた。
「……どういう風の吹き回しだ? 貴様が裁縫など、似合わんにもほどがあろう」
「うるさいわね、なんでもいいでしょ……」
『そういえば、リリム。貴殿は、最近派手な男遊びを控えているらしいな』
「……アスタロト……余計なこと言わないでくれる?」
なにか知られたくないことがあるのか、若干苛立った様子で返答するリリムに、他の十魔の視線が集まる……ファントムとパンデモニウム以外。
「貴様が男遊びを控える? にわかには信じられんな……」
「も、もう、いいでしょ? この話は、ここで終わり……」
『くくく、別に大した理由ではないさ。最近……とはいっても数年前だが、ようやく関係を修復した『愛娘』にまた嫌われたくないのさ』
「アスタロト!!」
焦った様子で話を逸らそうとするリリムに対し、無慈悲にもアスタロトが追撃を加える。どうやら、先ほど『馬鹿みたい』と言われたのに、若干腹を立てているようだ。
「あぁ、そういえば貴様にはひとりだけ娘が居るんだったな。なんでも『貴女はこの世で最もおぞましい存在です』と言われて、毛嫌いされているとか……」
「ぐっ、昔の話よ……」
『あの時の落ち込みようは笑えたな……なんだかんだで、娘が可愛くて仕方ないのだろうよ。最近は化粧やドレスのことで頼られて、ずいぶん嬉しそうにしていたからなぁ』
「……アスタロト、貴女絶対あとで殺すわ」
そう、男遊びが本能とも言え、いままで星の数ほどの男を誑かしてきたリリムだが……過去にひとりだけ、子供を出産している。
しかし、子を持つのが初めてのリリムは、娘にどう接していいかわからず……結果として娘には毛嫌いされていた。
だが、数年前、様々な要因と、『とある六王』のおかげで精神的に成長した娘と、ようやく関係を修復することができてから、リリムは娘に思いっきり入れ込んでいた。
とにかく接し方が不器用なので、上手くいかないことも多いが……最近では『お母様』と呼んでもらえるようになる程度には、良好な関係になっていた。
そんな目に入れても痛くないほど可愛い愛娘に、また嫌われたくないリリムは、ここ数年は男遊びを控えている。
とはいえ、サキュバスである彼女にとって男を誑かすのは本能なので、ゼロにはなっていないが……。
珍しく恥ずかしそうに顔を染め、アスタロトをにらみつけるリリムを見て、モロクはふっと微かな笑みを浮かべる。
「なるほど、マフラーは愛娘へのプレゼントというわけか……面白いな。その娘とやらに、我も会ってみたいものだ」
「絶対に許さないわよ! 十魔なんて『変人狂人の集まり』なんかと接したら『クリスちゃん』に完全に悪影響でしょ! 私だって、十魔ってことは隠してるんだから……幸い、あの子を産んだのは偽名使ってた時だから、バレては無いけど……いい? クリスちゃんは天使なの! 絶対に、貴女たちみたいな頭のイカれた集団と会わせるもんですか……」
「貴様が言うな、貴様が……まぁ、それはともかく、天使? いや、噂ぐらいしか知らぬが、割と狡猾なことで有名ではなかったか?」
「うん? そのぐらいの方が可愛いでしょ? 女の子なんだから、悪だくみのひとつやふたつしなくちゃね」
「そ、そうか……」
あっけらかんと告げるリリムに対し、モロクはやや戸惑ったように頷いて話を止めた。なんとなく、これ以上聞けば、話が止まらなくなりそうな気がしたから……。
すると、ちょうどそのタイミングを見計らったかのように、部屋の奥にある扉が開き……彼女たちの主が姿を現した。
「いや~皆さん仲良さそうで、結構ですね。まぁ、楽しい雑談はここまでにして……会議、始めましょうか」
パンドラを伴って現れたシャルティアに対し、十魔たちは全員椅子から立ち上がり頭を下げた。従う理由は様々なれど、シャルティアが彼女たちにとっての王であることに変わりはない。
そして、ゆっくりと……シャルティアの口から、十魔招集の真意が語られる。
シリアス先輩「お? 今回、閑話って入ってないね」
???「カイトさんが語り手じゃない本編扱いですね。まぁ、それはともかく『勇者召喚に巻き込まれたけど、異世界は平和でした』が電子書籍化するらしいですよ」
シリアス先輩「へぇ、そうな……ゑ?」




