表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
561/2406

閑話・パンデモニウム~無償の愛~



 『滅びを呼ぶ病魔』と呼ばれる伯爵級高位魔族・パンデモニウム……彼女は、強大な力を持つが故に個性の強い者が多い伯爵級高位魔族の中では、珍しいとすら言える常識的な思考を持つ存在だった。

 上級神の本祝福すら容易に貫通する病魔の力を使い、多くの命を死へと誘ったこともある。恐れから凶悪な印象を受ける二つ名で呼ばれる機会も多い。

 しかし、パンデモニウムは別に快楽殺人者というわけではない。必要でなければ他者の命を奪おうとも思わない。助けを求められれば、己の職務に差し障らない程度に手助けもする。苦しんでいる者がいれば、手の回る範囲で施しも行う。

 そんな、強大な力をもつ伯爵級魔族としては、非常に穏やかな性格をしていた。


 ただ、そんな彼女にも大きく欠けているものがあった。彼女は……幸福というものを感じたことがなかった。

 パンデモニウムには「こうしたい」という目的は無く、「こうなりたい」という夢も無かった。


 彼女が幻王兵団に属し、幹部となっているのは……ただシャルティアにスカウトされたからであり、それ以上の理由はない。

 シャルティアに対し強い忠誠心のようなものも持ってはいない。命令に従順に従うのも、夢や目的を持たない彼女にとって、誰かの指示通りに行動するというのが楽な生き方だったから……。


 だが、パンデモニウムは……生まれてから一度も、夢や目的を持ってないことを嘆いたことはない。幸福というものが必要だと思ったこともない。

 「幸せというのはどういう感情なんだろうか?」程度の疑問は抱いたこともあるが、別に知らなくても問題はないと、あまりにもアッサリ結論付けていた。


 パンデモニウムという存在は、あまりにも空っぽで……誰かを助けるのも、誰かに手を差し伸べるのも、それが彼女の思い描く基準としての『常識的な行動』だから……。

 そう、言ってみれば、パンデモニウムが極めて常識的な思考を持った存在なのは……彼女が『常識という基準に基づいて動く人形』だから……それに不都合を感じたこともない彼女は、ただ淡々と、代わり映えのない日々だけを過ごしていた。


 そんな彼女に転機が訪れたのは、ちょうど100度目の勇者祭の年。彼女が仕える……もとい潜入しているアルベルト公爵家の当主、リリアが勇者召喚を行った天の月30日目のことだった。


 彼女が『その存在』を目にしたのは、リリアの呼びかけにより大勢の使用人が集められた時だった。

 そして、その時、彼女は生まれて初めて大きく心を揺さぶられた。正直に言ってしまえは、あの時リリアが話していた言葉は、彼女の耳にはまったく届いていなかった。

 その時のパンデモニウムの心は、瞳は、宮間快人に釘付けになっていた。


――世の中に、こんなにも美しい存在がいるのか……。


 それはある意味で、まったくの偶然だったのだろう。快人が特別目の眩むような美貌を持っていたわけではない。ただ、その顔立ちが、仕草が、まとう雰囲気が、魔力が……あまりにもパンデモニウムという存在の好みに一致していた。

 そう、特別な理由などない。パンデモニウムはこの日、宮間快人という存在を目にして……生まれて初めて『一目惚れ』というものを経験した。


 彼女が快人の専属となることを強く希望した理由も、本当にただそれだけ……しかし、それは……宮間快人に恋をし、彼を愛したという事実は、パンデモニウムの心に驚くほどの変化をもたらした。


 そして、彼女の心に湧き上がってきたのは……強い『憤り』だった。

 この屋敷の使用人たちはいったいなにを考えているんだと……なぜ、己の愛しい人が肩身の狭い思いをしなければならないのかと……。

 快人は巻き込まれてこの場にいる。同情こそされど、腫れ物を扱うような対応などをされて、苦しんでいいわけがない。


 それからの彼女の行動は、非常に迅速だった。潜入任務を多く経験しており、なおかつ屋敷内の使用人から評価も厚い彼女にとって……その『思考を誘導』することなど容易い。

 とはいえ、彼女が行うのはあくまで手助け。快人良さを直接伝えたりはしない。それは快人が自ら勝ち取ってこそ、快人の為になるからだ。

彼女が行ったのは使用人たちの快人に対する偏見を会話を用いて、ひとつずつ消していき、快人自身をしっかりと見るようにすること。


 それでも偏見が消えない者に関しては、快人と遭遇しないように勤務配置や、勤務時間を調整した。同時に、彼女は快人に対して差し入れを行ったりもした。

 そうした彼女の努力もあって、ひと月も経つ頃には、屋敷内に快人を悪く思う者はほとんど居なくなり、快人にとって過ごしやすい環境へと変貌していった。


それに比例するかのように、快人が笑顔を浮かべる機会も増えていき……そして、彼女は……パンデモニウムは『幸せ』という感情を理解した。


 愛には様々な形がある。一目惚れから始まり、快人を愛したことで……パンデモニウム自身すら知らなかった心の本質が、表へと出てきた。

 パンデモニウムの持つ愛は……『見返りを一切求めない献身』。


 切っ掛けは一目惚れだったとはいえ、彼女は快人を心から愛している。しかし、その愛は『報われなくてもかまわない』と彼女は思っている。

 快人の笑顔がなにより嬉しく、快人が幸せであってくれることこそが、彼女にとっての幸せ……。


 だからこそ、パンデモニウムは快人に「こうするべきだ」などとは言わない。快人が己で選び、幸せになる。それが最も尊いものであり、自分が勝手に快人の進む道を指し示してはならないと考えているから……。

 己の役割は、快人が迷ったとき、悩んだとき……それを肯定し、支え、必要ならば背中を押して、快人が決断するのを手助けする。

 そして、快人が進む道を決めたなら、その道を歩きやすいように舗装していく……それが、彼女が初めて得た目的であり、夢だった。






 屋敷の廊下を歩く途中、ふとパンデモニウム……イルネスは、窓から屋敷の庭を眺める。そこでは快人が、ペットたちと幸せそうに遊んでいた。

 それを見て、イルネスは心から幸せそうな笑顔を浮かべた。愛しい人が笑顔でいてくれる、温かな幸せの中にいる……これほど、嬉しいことはないだろうと……。


「……くひひ」


 愛に様々な形があるように、幸せにもまた様々な形が存在する。少なくとも、彼女にとっては、今のこの一瞬が……なにものにも代えがたい幸福だ。


 無償の愛をその身に宿す彼女は、これから先も快人の味方であり続ける。快人にとって幸せな未来こそが、彼女にとって目指すべき場所だから……。

 もし、快人が……快人にとっての幸せとして彼女を望むなら、彼女は喜んでそれに応えるだろう。だが、そうでなくても構わない。


 望むのはただ、快人にとって幸せな未来……愛が報われなくてもかまわない。快人が望むなら、快人の隣で……望まないのなら、快人の後ろで……彼女は永遠に快人に尽くし続ける。

 いや、報われるか、報われないか……そんなことを考える意味すら、無いのかもしれない。


 パンデモニウムは……イルネスは……快人を心から愛している。だが、その愛に見返りは求めない。


 なぜなら……『快人が幸せでいてくれる時点で、彼女の愛はすでに報われている』のだから……。





シリアス先輩「……コイツやばくない? ちょっと、ヒロイン力だいぶ高いんだけど……なんで今まで出てこなかったのか不思議なぐらい……見返りを求めない純粋な愛とか……やめて、そういう感じの甘いのやめて……快人一言もセリフないのに、甘いとかキツイから……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何回か最初から読み直してるけど、やっぱイルネス閑話だけ心臓に安定したデカい衝撃を与えてくる。読んでるだけで幸せな気持ちになってくるわ。
[一言] 誰よりも先見の明があったって事か。
[一言] イルネスたん…:;(( ⸝⸝⸝˙-˙⸝⸝⸝ ));:
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ