献身的な歌詞だった
偶然会ったイルネスさんと一緒に出店の並ぶエリアへたどり着いた俺は、一番初めに串焼きを二本購入し、一本をイルネスさんに渡した。
「はい、イルネスさん」
「くひひ、ありがとうございますぅ」
女性に対し初っ端から串焼きというのも、少し躊躇する部分はあったが……こればかりは仕方ない。なにせ、イルネスさんは俺が「なにを食べますか?」と聞いても「カイト様の食べたいものでいいですよぉ」としか答えてくれない。
嘘をついてリンゴ飴とかを選択しようかとも考えたが……たぶん、イルネスさんは簡単にそれを見破ってくる。なので、結果として普通に食べたかったレッドホーンブルの串焼きというものを買うことにした。
レッドホーンブルというのは、俺の世界で言うところの牛肉で、いままでにも何度か食べたことがあるので安心だ。いや、本当に……なんの肉か書いてある安心感が素晴らしい。
そんなことを考えているうちに、イルネスさんは串焼きに片手をそえ、自分の口元を隠すようにして一口食べる。
「……とてもぉ、美味しいですねぇ」
「……」
う~ん、口の中を見せない上品な食べ方。それを自然とやってのけるイルネスさんは、まさに淑女という言葉がよく似合う。
意識して見れば、姿勢だとか、仕草だとか、節々に上品さを感じるが、イルネスさんがそれを意識してやっているようには見えず、ごく自然体で行っていた。
それこそ、服装がメイド服でなければ貴族のご令嬢に見えるほど、動きの一つ一つまで洗練されている気がした。
するとちょうどそのタイミングで、こちらを見たイルネスさんと目が合った……え? 合ってるよね? 俺の体を通り抜けて後ろの景色を見てるようにも見えるんだけど……う、うん、たぶん合ってる。
「どうしましたぁ?」
「あ、い、いえ、イルネスさんは食べ方ひとつ見ても上品で、凄いなぁと……」
「くひひ、そんなことはありませんよぉ。食べる仕草なんてのはぁ、単なる慣れですからねぇ」
「そうですか?」
「それに~食べ方が上品であればいいというわけでもありませんよぉ。食事はぁ、美味しく食べるのが一番ですからねぇ」
「なるほど」
付け加えた言葉は、これから串焼きを食べる俺に対するフォローでもあるのだろう。そういうことを、自然と言える人は、本当にすごいと思う。
イルネスさんの言葉に促され、俺も特に意識することなく串焼きを食べることができた。
俺が串焼きを食べ終えると、イルネスさんは流れるような動作で俺の手から串を取り、自分の串と一緒に近くにあったごみ箱に捨てる。
そして、俺の方に振り向いて、柔らかい声で告げた。
「……それで~カイト様はぁ、なにを『不安に感じて』いるんですかぁ?」
「……え?」
「あちらに広場があるみたいなので~そちらで話しましょうかぁ? 聞くぐらいならぁ。できると思いますよぉ」
「……あの、もしかして……最初から全部気づいてました?」
「さぁ~? どうでしょうねぇ? くひひひ」
やっぱり、この人には敵わない。
たしかに、イルネスさんの言う通り、俺には少し不安なことがあった。というよりは、多少気が重く感じていることがあった。
イルネスさんを誘ったのは、お礼という目的が強かったが……もしかしたら、そういう気分を紛らわせたいという気持ちもあったのかもしれない。
そんな俺の気持ちをアッサリと見抜いたイルネスさんは、人気の少ない広場へ移動し、俺にベンチに座るようにと促してきた。
それに従ってベンチに座ると、イルネスさんも少しだけ距離を開けてベンチに座り、なにも言わずに顔だけこちらに向けてきた。
「……えっと、実は俺、明日はシロさ……創造神様と一緒にお祭りを見て回ることになっているんです」
「それは~栄誉なことですねぇ」
「はい。その、別にシロさんと一緒に回ることが嫌なわけじゃないんです。むしろ、シロさんと一緒だとなんだかんだで楽しいですし……むしろ楽しみではあります」
「では~なにが不安なんでしょうかぁ?」
「いや、その、やっぱりものすごい注目を浴びることになるんだろうなぁって……」
そう、シロさんと一緒に回るのは楽しみに思っているが……シロさんはクロたちと比べても、遥かに人の目を集める存在と言える。
なにせ開催式で登場しただけで、周囲が一斉に跪くようなとんでもない存在だ。その上、神族総出による超厳戒態勢……小市民の俺には、その注目は中々きついものがある。
「なるほど~私もぉ、目立つのはあまり好きではありませんし~気持ちはぁ、わかりますよぉ」
「ええ、それで……そんな気分で一緒に回るのはシロさんにも失礼ですし、なんとか気分転換したかったのかもしれません」
「……では~明日創造神様と回るのはぁ、止めますかぁ?」
「……いえ、さっきも言った通り、シロさんと一緒に回るのはとても楽しみです」
「なら~それでいいと思いますよぉ。きっと~創造神様もぉ、喜んでくれますよ」
「そう、ですね」
イルネスさんは、こういう方だ。決して「こうするべき」なんてことは言わない。こちらに同意して、肯定してくれて……答えを出せば、そっと後押ししてくれる。
俺自身不安に感じているといっても、それほど大きなものではなく、注目が凄いんだろうなぁ~程度のものだ。イルネスさんは、そんな俺の微妙な気持ちを理解しているからこそ、こうして口にさせて気分を切り替えさせてくれた。
実際口にしてみれば、ひどく簡単なことだと思う。俺はただ、周りのことなんて気にせず、シロさんと過ごす時間を楽しめばいいだけなんだから……。
やっぱり、イルネスさんは……凄いな。イルネスさんと話すと、自然と前向きになれる気がする……優しく肯定してくれる声が、背中をそっと押してくれる言葉が、とても心地よい。
スッと心のモヤモヤが晴れていくような感覚を味わっていると、優し気な声と手拍子が聞こえてきた。
「……たとえば、世界が、ひとつの物語ならば、一体、どれほどたくさんのページがあるのでしょう?」
「……イルネスさん?」
声に導かれるように視線を向けると、イルネスさんは空に顔を向け、小さな手拍子と共に歌を歌っていた。
「そのページに描かれる、貴方は、もしかしたら、とても小さく、見えにくいものかもしれません」
「……」
「だけど決して、それは不要でなくて、次のページに続く大切なピース」
「……」
「どうか、歩き続けて、貴方の進む先にこそ、未来はあるから」
初めて聞く歌だが、優しい歌詞のような気がする。それにしても、イルネスさん……歌、滅茶苦茶上手い。語り掛けるように優しく、柔らかく紡がれていく音は、思わず聞き入ってしまった。
「たとえば、世界が、ひとつの物語ならば、こうして出会えた奇跡、私は感謝したい」
歌詞は二番に入ったみたいで、一番最初と同じリズムで出だしが歌われていく。
「貴方が手を伸ばせば、周りも貴方へと手を伸ばす、そうして、輪が広がり、ページは彩られていく」
「……」
「貴方は決して、ひとりではなく、多くの味方がすぐそばにいる」
「……」
「どうか、忘れないで、貴方の幸せ願う、物語のファンがいることを」
その歌詞と共にイルネスさんはこちらを向いて、一瞬ではあるが……その目の焦点が俺に合った気がした。
「きっと、歩く道は平坦じゃない、強い風も吹く、だけど、きっと、そのたびに貴方は成長していく」
「……」
「いつか、貴方が年をとって、物語を読み返したとき、笑顔になれる、そんなページに、私が描かれなくてもかまわない」
「……」
「世界が、ひとつの物語だとしても、私は、貴方の紡ぐ小さな、とても小さな物語の読者でありたい」
「……」
「だから、どうか、忘れないで、私はいつまでも、幸せ願う、貴方のファンだということを」
どうやら、そこが歌詞の終わりらしく、イルネスさんは普段とは違う……小さく、優し気な微笑みを一度浮かべてから、俺から視線を外して空を見上げた。
「……綺麗な歌ですね。なんて歌なんですか?」
「……『小さな物語』という~100年ほど前にぃ、流行った歌ですよぉ。カイト様に送るにはぁ、一番ふさわしい歌だと思いましたぁ」
「へ? えっと……」
「私は~いつまでもぉ、貴方の味方ですよぉ。だから~これから先もぉ、いくらでも頼ってくれればいいですよぉ。貴方が幸せになってくれることがぁ、私にとって一番嬉しいことなんですからねぇ。って~そういう感じですかねぇ?」
そう言って首を傾げたイルネスさんは、淡い月明かりに照らされて、とても美しく、幻想的に見えた。
「くひひ……では~まだ時間もありますしぃ、もう少し~出店を見て回りましょうかぁ?」
「あっ、は、はい! そうですね、行きましょう!」
立ち上がりいつもの笑い方をするイルネスさんに続いて、俺も立ち上がる。いつまでも貴方の味方だと、そんな言葉を聞いたせいか、変に顔が熱い気がした。
拝啓、母さん、父さん――肯定してくれて、応援してくれて、背中を押してくれて……心から、俺の幸せを願ってくれる。イルネスさんが贈ってくれた歌は、そんなどうしようもなく優しく――献身的な歌詞だった。
己の想いは報われなくてもかまわない。ただ、愛する貴方の幸せを願い続ける――イルネスもとい、パンデモニウムはそういう女性です。
シリアス先輩「……あれ? ポッと出のくせに、えらくヒロインみたいなことを……やめろ、やめて、ヒロイン力高いやつは止めて……どうせ、あれでしょ? この後、パンデモニウム視点の閑話とか入るんでしょ!?」




