逃さないようにしよう
リリアさんたちとは少し雑談したあとで別れ、俺とクロは再び六王祭の会場を歩いていた。
現在はクロがどうしても俺を連れていきたい場所……この日のために用意したものがあるらしく、そこへ向かっていた。
とはいえ一直線に向かうのではなく、道中で買い食いをしたり露店をのぞいたりしつつ、緩やかなペースで移動していった。
そして、空が赤らみはじめたあたりで、ようやく目的の場所へと到着する。
「……なにこれ? ドーム?」
「ふふふ、入ってからのお楽しみだよ! ここは他の参加者は立ち入り禁止だからね。ふたりっきりだよ!」
たどり着いた場所にあったのは、10mほどの大きさの半円状の建物だった。大きさは違うけど野球のドームみたいにも見える。
あまりこの世界では目にしない形状の建物に首をかしげる俺の手を引っ張り、クロは躊躇なく建物の中へ入っていく。
中は薄暗く、足元が見える程度に明かりがつけられている。イメージ的には映画館が近い。
「さぁ、到着だよ!」
「えっと、結局ここって?」
「ふふふ、ここは最新技術の映像記録魔法具を使って、カイトくんの世界にある施設を再現した場所……そう、『プラネタリア』だよ!」
「……プラネタリウムな。というか、クロ、実はワザと間違えてない?」
可愛いドヤ顔で間違った名称を告げるクロは置いておいて……なるほど、ここはプラネタリウムなのか。そういえば、この世界でビデオカメラみたいな魔法具は見たこと無かったし、映像を投影できるというのはすごい新技術かもしれない。
これも、昨日のアリスが言ってたみたいにコスト面で実現が難しかった技術なんだろう。
「……って、あれ? プラネタリウムなのはわかったけど……たしかクロって、プラネットメモリーだったっけ? 星空を作れる魔法が使えるんじゃなかったっけ?」
星を見たいのであれば、以前1000年前の夜空を見せてもらったときの魔法を使えばいいのでは? と、そう思って尋ねると、クロは苦笑を浮かべながら口を開く。
「う~ん、たしかにできるけど……因果律への干渉とかは、あんまりホイホイやるべきじゃないしね」
「……なるほど」
「まぁ、ともかく、ここで一緒に星を見ようよ……ほら、あそこに椅子だって用意してるんだよ!」
明るい笑顔でクロが指さした方向には、薄暗くて見えにくいが確かに椅子らしきものが置いてあった……ひとつだけ。
「……なぁ、クロ?」
「うん?」
「俺の気のせいじゃなければ、椅子がひとつしかないみたいなんだけど……」
「うん、そうだよ? カイトくんが椅子に座って『ボクがカイトくんの膝に座る』から、ひとつだよ」
「……そ、そうなんだ……」
あれ? なんだろう、あまりにも当然のように言われたので納得してしまったが……それはちょっと、いろいろまずいやつなんじゃないだろうか?
だってほら、いまのクロっていつものコート着てないし、す、スパッツだし……。
「そして、これ!」
「……毛布?」
「うん! ひとつの毛布に、ふたりで包まるんだよ!」
「……な、なんで?」
ちょっと、落ち着いて情報を整理しよう。これから俺は椅子に座って、クロを膝に乗せた状態で星を見る。そして、俺とクロはひとつの毛布に包まる。ということは、配置的に俺がクロを後ろから抱きしめるような形になるわけで……めちゃくちゃ恥ずかしそうなやつなんだけど!?
「ふふふ、よく聞いてくれたね! そう、これをやろうと思ったのには『海よりも高くて、山よりも低い』理由があるんだよ!」
「いやいや、逆、逆だから……それだと、全然大したことない理由に聞こえ……」
「アイシスから借りた恋愛小説に、そういうシチュエーションがあって、ボクもカイトくんとやりたかったからだね!」
「本当に大したことない理由だった!?」
完全に思い付きじゃねぇか!? そしてソレのためだけに、専用プラネタリウム作っちゃうとか……。
「というわけで、ささ、カイトくん! 座って、座って!」
「……う、うん」
突っ込みたいことは多々あるが、残念ながらクロの笑顔には勝てない。俺は促されるままに椅子に座った。
それを確認したクロは、無邪気な笑顔を浮かべて、俺の腿の上に腰を下ろす。
や、柔らかい……いやいや、これ駄目だよ。これは本気でヤバイって!? だって、想像以上にスパッツって薄くて、クロの体温がやたら鮮明に伝わってくる。
重さは全然感じないのに、柔らかさと温もりは体の芯まで響いてくるみたいだ。
「はい、カイトくん。毛布」
「う、うん……こう……かな?」
「うん! えへへ、カイトくん……あったかい」
くっそ可愛い……あぁ、待って!? 足パタパタさせないで! 振動は、振動はやばいから!?
体が熱い、毛布に包まっているからじゃなくて……抱きしめて密着したクロの温もりで、全身が沸騰しそうだ。
「……あっ、ほら、始まったよ」
「あ、あぁ……」
なんか、ものすごくいい匂いがする。お、可笑しいな……星空の下にふたりっきりってシチュエーションも関係しているのか、いつもより緊張してる気がする。
周囲は驚くほどの静寂に包まれており、呼吸の音さえ鮮明に聞こえてくる気がする。
「……綺麗だね」
「そう……だな」
「……ねぇ、カイトくん?」
「うん?」
「……幸せだね」
「……あぁ」
静寂の中に、俺とクロの声だけが響く。不思議な感覚だった。頭が沸騰しそうなほど緊張してるはずなのに、クロを抱きしめる手の力はむしろ強くなっている。
この愛しい温もりを離したくないと、本能が訴えているみたいに……。
「……ねぇ、カイトくん?」
「うん?」
「そっち向いていい?」
「……い、いいよ」
クロの言葉に頷いて、少しだけ手の力を弱めると……クロは毛布の中でもぞもぞと動いて、体を反転させた。
俺の腰を跨ぐような態勢で、クロは俺の背中に手を回してそっと抱き着いてきた。隙間なんてないんじゃないかと思うほどピッタリと密着した体……それでも俺は、より強くクロの体を抱きしめていた。
「……んっ……カイトくん……好き」
互いの体温が混ざり合いひとつになっているような深い一体感の中……クロは俺の耳に口を寄せながら、熱っぽい声で告げる。
ゾクゾクと震えるような感覚を味わいながら、少し視線を下に向けると……夜空に浮かぶ星空よりも遥かに美しい、金色の瞳と目が合った。
「……クロ……好きだ」
それ以上の言葉なんて必要なく、クロもなにも言葉は返してこなかった。ただ、新しくひとつ……互いの唇もまた、抱きしめ合う体に負けないほど強く、深く……重なり合った。
拝啓、母さん、父さん――まぁ、あれだ。きっと後で冷静になって悶絶することになるんだろうけど、いまはそんなことを考えるのはもったいない。そう、いまはただ、この温もり一欠けらも――逃さないようにしよう。
シリアス先輩「……燃えた……燃え尽きたよ……真っ白にな……」
???「し、シリアス先輩!? ……まぁ、それはそれとして、メインヒロインだからって優遇し過ぎじゃねぇっすか!? これも完全に対面……げふんげふん。というか、ここまでいって、一線超えないとか、カイトさんの理性はどうなってるんすか!?」




