恋人の特権だと思う
しばらく経って、ルナマリアさんはようやく復活し、俺とクロに頭を下げてきた。
「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしました」
「う、うん。大丈夫?」
その手の残念さに関しては、割と頻繁に見てます……という言葉をなんとか堪える。クロも若干戸惑いながらルナさんを心配していた。
まぁ、ともかく、駄メイドのことは置いておいて、陽菜ちゃんに話しかける。
「……陽菜ちゃん、なんか迷ってたみたいだけど、欲しい魔法具があったの?」
「え? あ、はい。見てください、快人先輩! これ、凄くないですか!」
そう言いながら陽菜ちゃんが指したのは、ひとつの露店に置かれている……靴型の魔法具だった。
えっと、なになに……疲労軽減、風魔法の補助機能……あぁ、なるほど、走ることに特化した魔法具か。走るのが大好きな陽菜ちゃんらしいチョイスだ。
「……へぇ、走るのに便利そうだね」
「そうなんです! これがあれば、いまの倍ぐらいは走れるかもしれないんですよ! そうなると、かなりほしい一品なんですが……値段が……」
値段は……ふむ、金貨5枚か? そこまででもないな……いや、待て、落ち着け俺。感覚がマヒしてる……靴一足に500万円はすごく高い。陽菜ちゃんの感覚のほうが正常だ。
それもこれも、最近はアリスがオーダーメイドで服とか作ってくれて、それが割高だからだ。よくよく考えれば、俺がいま着てる服も三着で1000万という超高級品である。
そんなことを考えていると、クロがこともなげに口を開いた。
「うん? ヒナちゃん、前にボクがあげたお小遣い使えばいいんじゃない?」
「え? あっ、そういえばまだ中見てませんでした。すみません」
「『金貨100枚』入ってるから、十分買えると思うよ」
「うぇっ!?」
クロが告げた言葉に、陽菜ちゃんは驚きのあまり妙な声を出す。ついでに、同じく中身を確認していなかったらしい葵ちゃんも呆然とした表情を浮かべていた。
というか、お小遣いにポンと1億円……う、う~ん。俺の金銭感覚がマヒしてるのは、周りが金持ち過ぎるからかもしれない。
「く、クロム様!? そ、そんな大金……も、もらっちゃっていいんですか?」
「あはは、そんなに気にしなくていいよ。『大した金額でもないし』……」
「……お金持ちです。お金持ちにのみ許されたセリフです」
実際、世界一のお金持ちだからね……。
「……そういえば、クロ。いまさらだけど、クロがお金持ちなのって……やっぱりセーディッチ魔法具商会の売り上げが凄いから?」
「う~ん、もちろんソレもあるけど……ボクは現存する魔法具の『8割近くの特許』持ってるし、魔水晶の採掘権も全体の70%くらいは持ってるよ。あと、結構いろいろ投資してるから、そっちの稼ぎもあるね」
「そ、そうなんだ……というか、これもいまさらだけど……この世界にも特許があるんだな」
「うん。というか、シャルティアがそういう制度を作って、浸透させたんだ。ボクも持ってる特許の管理とかは、収入の二割をあげる代わりにシャルティアに管理してもらってるよ」
「へぇ……」
なるほど、アリスは本当に手広くやってるな……それと、前々から疑問だった配下の給料をどこから確保してるのかとかも、一部理解できた……そういうところから収入を得ていたのか、アイツ。
いや、しかし、クロもクロで凄まじい。まず、魔法具というこの世界を象徴する技術のほとんどの特許を持ってて、その魔法具に必須ともいえる魔水晶の採掘権も確保してるとは……さすがというか、なんというか。
「まぁ、特許って言っても全部のお金を取ってるわけじゃないよ。魔水晶の加工方法とか、術式の書き込みに使うものとかの特許は、フリーにしてるからね」
う~ん、なんというか、もう凄いとしか感想が出てこない。いろいろしっかりと考えてるんだなぁ……。
改めて実感したクロの凄さに圧倒されていると、陽菜ちゃんはクロにもらったお小遣いで魔法具を購入することに決めたみたいで、店主の女性に金貨を手渡していた。
それを見たクロは、商品の受け渡しが終わったあとで、店主の女性に声をかける。
「……ちょっとだけ、聞いてもいいかな?」
「冥王様!? は、はい!」
「この魔法具の術式って、君が書き込んだの?」
「は、はい。その通りです」
「そっか……綺麗な術式だね。しっかり纏まってるし、簡略化も上手いよ」
「こ、ここ、光栄です!」
クロに話しかけられた女性は、わかりやすいほど緊張した様子で何度も頭を下げる。
「……ちなみに、いまどこかの商会とかと契約してたりする?」
「い、いえ、まだどことも……」
「そっか……」
クロは女性の言葉に頷いたあと、どこからともなく紙とペンを取り出して、サラサラとなにかを書き込み、それを封筒に入れてから女性に差し出した。
「もし、興味があったらでいいんだけど、この紹介状をもってセーディッチ魔法具商会を訪ねてくれたら嬉しいな」
「ッ!? め、冥王様……そ、それって……」
「うん、できればうちで雇いたいなぁ~と思ってね。もちろん強制はしないよ」
「あ、ありがとうございます!」
どうやら店主の女性をスカウトしているみたいだ。女性はクロに深く頭を下げたあと、震える手で紹介状を受け取った。
世界最大の魔法具商会からのスカウト……相当嬉しいのか、女性の顔には喜色が強く出ている。
詳しい条件などは訪れた時にと告げ、ふたたび深く頭を下げる女性に手を振ってから、クロは露店から離れて俺の方に近づいてきた。
「ごめん、ちょっと待たせちゃったね」
「いや……凄い技術を持ってる人だったの?」
いつまでも店の前に居るわけにもいかないので、リリアさんたちと共に露店から離れて歩きながら言葉を交わす。
俺には術式の良し悪しは、まだイマイチよく分からないが、クロは店主の女性に光るものを見たのだろう。
「う~ん、技術って意味では、まだそこまでじゃないかな。ただ、術式の簡略化が凄く上手だったね。コンパクトに術式を纏められるセンスってのは、すごく大事なんだよ。術式がコンパクトなら、使う魔水晶が小さくて済むから、商品のコストを抑えられる。だから、そういうセンスを持った子は商品開発に向いてるんだよ」
「なるほど……」
経営者の顔とでもいうのだろうか、いまのクロの表情はとても頼りがいがある。才能があると思えば即座にスカウトするところとかも、さすがは世界最大商会のトップだと思える決断力だ。
っと、そんなことを考えているとクロは俺の手をぎゅっと握ってきて、真面目な表情をへにゃっと崩して笑顔に変わる。
「カイトくん、魔法具エリアのあとはどこにいこっか?」
「う~ん、そうだなぁ……」
拝啓、母さん、父さん――経営者や王としての表情を浮かべるクロもかっこいいと思うが、やっぱり俺はこうやって楽しそうに笑っている顔が一番好きだ。それを一番近くで見られるのは、なにより素晴らしい――恋人の特権だと思う。
シリアス先輩「……こ、この感じ……やばい!? 私の経験と直感が告げている……次話は、さ、砂糖がくる!?」
 




