どこから湧いて出てくるんだ?
出店のベビーカステラの比率にやや気圧されつつも、クロに手を引かれてそちらへ向かう。
「順番にいろいろ食べてみようよ」
「う、うん」
……いろいろっていろいろな食べ物をってことだよね? まさかとは思うけど、ベビーカステラを順に食べていこうってわけじゃないよね? たまたま最初に向かった出店がベビーカステラなだけだよね?
そこはかとない不安を感じつつも、クロと一緒にベビーカステラの屋台にたどり着く。
大中小と三種類のサイズがある中、クロは躊躇せず大を選択、店主から紙袋を受け取る。
「はい、カイトくんも」
「ああ、ありがとう」
クロが差し出してきた紙袋から、ベビーカステラをひとつ取り出して口に運ぶ。
「うん、美味しい。やっぱりお祭りの雰囲気と合うな」
「ね~。こういうところで食べるとより一層美味しく感じるね」
俺の感想に対しクロは、『店主から新しい紙袋を受け取りつつ』笑顔を浮かべて同意する……あれ? さっき持ってた紙袋どこいった?
「もう一個食べる?」
「あ、う、うん」
再び差し出された紙袋からベビーカステラを口に運ぶ。なんかいま、おかしなものを見た気がするが……気のせいかな?
「……うん。やっぱり材料が違うと微妙に味も変わるね~」
「……」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま、クロは『店主から新しい紙袋を受け取る』……い、いや、だから、さっき受け取ってた紙袋は?
奇妙な光景に唖然としつつ、三度紙袋を差し出してくるクロ。俺はベビーカステラをひとつ取り……今度は口に運ばないままクロを凝視する。
するとクロは、俺がベビーカステラを取り終わった紙袋を……『畳んで店主に返し、新しい紙袋を受け取り、それを再び畳んでいた』。
……手品か!? たくさん入ってたはずの中身はどこ行ったんだ!? ま、まさか……食べてるのか? 俺が知覚すらできないほどの速度で……。
「……あ、あの、クロ?」
「うん?」
「……そのベビーカステラ、何個目?」
「……えっと『10袋目』かな?」
個数ではなく袋数である。言葉の意味は分かっても、頭が理解を拒否している。
「……そ、そうなんだ」
「うん! あっ、持ち帰りようにあと『50袋』くらい頂戴……うん、ありがとう。おつりはとっておいて」
……大量の紙袋を黒い渦に収納し、クロが店主に金貨を渡している光景を、俺はただ茫然と見つめていた。
俺はちょっと、クロのベビーカステラに対する情熱を舐めていたのかもしれない。なにせまだ一件目……この先、このペースで食べ続けたら、いったい一日でどれだけのベビーカステラを……。
「さっ、カイトくん! 次は『どのベビーカステラ』を食べようか?」
「……」
「いっぱいあって迷っちゃうよね~」
……お判りいただけただろうか? 選択肢がAorBではなくベビーカステラorベビーカステラなのである。ちょっと俺には、ベビーカステラのあとにベビーカステラを食べるというのが前衛的過ぎて付いていけない。
だが、もちろん、このベビーカステラの化身と呼んでも過言ではないクロが待ってくれるわけもなく、俺の手を引きながら次のベビーカステラの屋台へ向かっていった。
そのままいくつかの出店……もちろんすべてベビーカステラの露店を巡っていると、ふいにクロの足が止まる。
「……カイトくん! あれ、あれ見て!」
「うん? ……『アイスクリーム入りベビーカステラ』……」
「すごいよ! 絶対美味しいよアレ、行こう!」
「お、おぉ……」
そこまで、なんでもかんでもベビーカステラにする必要ないんじゃないかな? いや、まぁ、メープルのベビーカステラに飽き飽きしてたし、アイスクリーム入りというのは悪くない。
どうやらクロもかなり興味を持っているみたいで、キラキラと目を輝かせながら俺の手を引っ張る……ものすごく可愛い。
子供っぽいクロの様子に苦笑しつつ、屋台に向かって歩き……。
「いらっしゃいま――みぎゃっ!?」
そして、現れた『ペンギンの着ぐるみを着た馬鹿』をノータイムで殴りつけた。本当にこの馬鹿はなにやってんだ! 皆勤賞じゃねぇか!? 六王祭始まってから、毎日会場でコイツ見てるよ。
「あれ? シャルティアのお店だったんだね」
「え、ええ……というか、クロさん? ノーリアクションっすか? 私いま出会い頭にぶん殴られてるんですけど……酷いDV案件ですよこれ……」
「え? だって、シャルティア……『カイトくんに構ってもらえるのが嬉しくて、わざと当たってる』でしょ?」
「……」
あっけらかんと告げたクロの言葉に、アリスは着ぐるみのまま視線をそらすように横を向いた。いや、まぁ、俺もアリスがその気になれば俺程度の攻撃は軽くかわせることも、殴ったところで実際はノーダメージ……端的に言えばじゃれてきてるだけというのは分かっているが、改めて言葉にされるとなんか気恥ずかしい。
「ま、まぁ、ともかく食べてください。ひとつ目はサービスです!」
どうやらアリスも恥ずかしかったのか、少しわざとらしく会話を切り替えて俺とクロにアイスクリーム入りベビーカステラを差し出してきた。
アイスが入っているので冷たいかと思っていたが、受け取ったベビーカステラはホカホカと温かい。そしてそれを食べてみると、中のアイスクリームは冷たく、温かいのと冷たいのを同時に味わえる一品に仕上がっていた。
パンケーキにアイスクリームを乗せているみたいな味わいで、少し甘めのベビーカステラのあと味を、アイスクリームがいい感じにまとめてくれている。
う~ん、さすがアリスというべきか、すごくおいしい。
「す、すごい……生地は温かいままなのに、中のアイスは冷たい……シャルティア! こ、これ、どうやったの!?」
「ふふふ……ずばり、状態保存の魔法です!」
「な、なんだって!?」
「そのベビーカステラは、中のアイスクリームにだけ状態保存の魔法を施しています。そして、それが解除される条件はベビーカステラの生地以外に触れたときと設定してあります」
「そ、そうか! そうすれば、噛んで歯が当たった瞬間に解除されて……」
なるほど、たしかにそれは面白い発想だ。全体ではなく、中に入れるアイスにだけ状態保存……いろいろ応用できそうな気がする。
「そうです! この方法を使えば、その気になれば液体だってベビーカステラの中に入れられるんですよ!」
「なっ!? す、すごい! それならボクが諦めてた『紅茶入り』とか『ミソシル入り』とかのベビーカステラが作れるんだね!!」
おい、馬鹿、やめろ……そのベビーカステラの精霊に新たな技術を継承するんじゃない。誰が被害を受けると思ってるんだ!?
そう思っていると、テンションの上がるクロとは対照的に、アリスは微妙そうな声で告げた。
「ええ、その通り……ですが、クロさん」
「うん?」
「そのふたつは止めときません? 絶対美味しくないですから……」
「……ボクはね。ベビーカステラのあらゆる可能性を追求する……探究者でありたいんだ」
「その考えは即刻棄ててください。世界には不要です」
……あれ? おかしいな。なんか、アリスのほうがまともな常識人に見える。
というか、絶対美味しくないと断言されても、一度はやってみようともうクロの執念が恐ろしい。もっと具体的に言えば、それを食べさせられるであろう未来が……恐ろしい。
拝啓、母さん、父さん――普段はどちらかというと、アリスのほうが馬鹿っぽいが……ことベビーカステラに関しては、クロのほうが異常である。というか、何度となく思ったが、そのベビーカステラに対する情熱は――どこから湧いて出てくるんだ?
めーおー「奇跡のベビーカステラカーニバルの……開幕だ!」
シリアス先輩「……精神的にじゃなくて、物理的に甘い? ちょっとリアクションに困る」




