さらなるベビーカステラ地獄が幕を上げると……
六王祭六日目。俺は現在中央塔の前にある中央広場でクロと待ち合わせをしていた。同じ中央塔で寝泊まりしているのだから待ち合わせなんて必要ないんだけど……クロとしては断固として例のお約束をやりたいらしい。
そして俺が中央広場にたどり着いてから、二分ほど経つと小さな足跡と共にクロの声が後方から聞こえてきた。
「ごめん、カイトくん。待った?」
「いや、いま来たとこ……ろ……」
本当にいま来たばかりだったこともあって、軽い感じで答えつつ振り返り……俺は言葉を失った。
今日のクロが浴衣で来るというのは事前情報として知っていた。元々絶世の美少女といっていいほど可愛いクロなのだから、さぞ浴衣も似合うだろうとは思っていた。
たぶんこんな感じになるんだろうな~と想像していたイメージは、クロの登場によりいい意味で裏切られたといっていい。
黒色をベースに銀や金の糸で花の模様が施された浴衣は、さすが製作者がアリスというだけあって一目見ただけで素晴らしいと感じた。
なぜか『振袖』といっていい形状で、夏祭りで着る浴衣というよりは、新年の初詣できる晴れ着のようなデザインだが、薄めの生地で製作されているのか、動きにくそうといった感じではない。
帯は明るいピンクのリボン状で、黒色がベースの浴衣にいい感じのアクセントになっている。わざと大きなデザインにしているのか、後ろで結んだリボン部分がちらりと見えているのも素晴らしい。ここまで軽く見ただけで、疑う余地なく超可愛いのだが……それよりはるかに衝撃的な部分が『二か所』あった。
まず一つ目、下が……『ミニスカート+スパッツ』のスタイルなのである。なるほど、そう来たか……ミニスカートの浴衣は若干邪道な気がしないでもないが、活発なクロが着るのであればこちらの方がいい気がする。
あと個人的にはスカートの裾にフリフリが付いてるのもポイントが高い。ミニスカートからチラリと覗くスパッツも、なんというか非常に扇情的だ。
しかし、この組み合わせであるのなら、ぜひともロングソックスで絶対領域を作り出してほしかったが……まぁ、たぶんクロが恥ずかしがってスパッツになったのだろう。
そして二つ目は……クロの髪型だった。『ポニーテール』なのである。大事なことなのでもう一度言うが、ポニーテールだ。
クロの髪の長さ的にショートポニーテールだが、これがまたビックリするぐらい可愛らしい。クロはモミアゲ部分も長めなヘアスタイルなので、そこを残した感じでポニーにしているのが素晴らしい。
控えめに言って天使である。控えめに言わなければ美の化身である。
「……カイトくん?」
「いや……その、クロの格好にちょっと驚いて……」
「あっ、えっと……どう、かな?」
「めちゃくちゃ可愛いし、すごく似合ってる」
「ホント!? えへへ、嬉しいな」
くそっ……ちょっとやばいぐらいに可愛い。世界中にクロの信奉者がいるというのにも納得できる。
「そ、それじゃ、行こうか?」
「うん!」
いつもとは違うクロの格好にドキドキしながら告げると、クロは嬉しそうに頷いて自然な動きで俺の手を握る。どうしよう? 横から見ても超可愛い。
俺との身長差があるから、ちょっと見上げるような感じで話しかけてくる仕草とか、あまりにも愛らしすぎる。
な、なんか、妙に恥ずかしくなってきた……気持ちを切り替えよう。とりあえず祭りを回れば、少しはこのドキドキも落ち着いてくるだろう。
クロが企画した祭りは、オーソドックスな夏祭りのイメージだとアリスが言っていた通り、少し足を進めると様々な出店が見えてきた。
地球の夏祭りを参考にしているのか、出店のデザインも馴染みがある。俺にとっては懐かしい光景だけど、この世界の人たちにとっても別世界のお祭りを味わえていいのかもしれない。
「出店がいっぱいあるな……せっかくだし、なにか買って食べようか?」
「うんうん! ボク、食べ歩き好きだよ」
「本出しちゃうくらいだしな……」
「えっへん!」
……可愛い。
またもクロの愛らしい仕草に視線が釘付けになりそうだったが、それではいっこうに祭りに参加できないので、軽く頭を振って気持ちを切り替える。
そして立ち並ぶ出店に視線を向けた。
なるほど、たしかに普通の祭りっぽい感じだ。出店も定番のものが多かったりするのかな? えっと、どれどれ……焼きそば、ベビーカステラ、串焼き、ベビーカステラ、たこ焼き、ベビーカステラ、わたあめ、ベビーカステラ、リプル飴、ベビーカステラ、ベビーカステラ、イカ焼き、ベビーカステラ……うん?
「うわ~どれから食べようか迷っちゃうね!」
「いや、待って……ちょっとだけ、考えさせて……」
「う、うん」
ベビーカステラの割合!? 適当に13店舗ほど眺めてそのうちの7店舗がベビーカステラってどういうこと!?
というか、一部ベビーカステラの屋台とベビーカステラの屋台が並んでいるところさえあったぞ!? もうこれ、ベビーカステラ祭りじゃん!? こんな親の仇のようにベビーカステラを並べて、どこに需要が……。
「あっ、あのベビーカステラおいしそう! あっちもいいなぁ……向こうも形が面白い! う~ん、どこから食べようか迷っちゃうね」
「……」
あったわ、需要……世界最大の大富豪が食べまくる気満々である。なるほど、実にいい狙いだと感心するが……ひとつ不安なことがある。
……もしかして、俺はこれから延々と今日一日ベビーカステラを食べ続けることになるのではないかと、そんなそこはかとない不安が……ないよね? ないはずだよね? ないと……いいなぁ……。
拝啓、母さん、父さん――こうして、どこがオーソドックスな祭りだと突っ込みたくなる六王祭六日目が始まった。しかし、この時俺は、まだ気づいていなかった。いや、知らなかった。まだここから――さらなるベビーカステラ地獄が幕を上げると……。
六王祭六日目「オーソドックスな祭り」⇒「狂気のベビーカステラ祭」開幕!
 




