『シャローヴァナルという現象』
六王祭五日目、快人とアリスのデートも終わり、ふたりは中央塔へと戻ってきた。待っていたクロムエイナやアイシスを交えて食事を食べ、快人は一日の疲れを癒すために温泉へと向かう。
明日の六日目はクロムエイナが快人とデートを行うため、事前に相談して決めたルール通りクロムエイナと快人はふたりきりで入浴する。
浴場に向かう二人を見送ったあと、アリスはアインに少し出てくると伝えその場をあとにする。
中央塔から外に出たアリスは、圧倒的とすら言える速度で移動をはじめ瞬く間に目的の場所へ到着した。
その場所は六王祭が行われている島から約1000㎞離れた海の上。そこには静かに海を眺めるエデンの姿があった。
「来ましたか」
「……念話が飛んできたときには驚きましたけどね」
「答え合わせをしたいのではないかと思いましてね。それとも、まさか、数日経っても調べものが終わっていないのですか? その場合は、貴女の評価を引き下げなければなりませんね」
「いちいち煽ってきますね……とっくに終わってますよ」
嘲笑するような表情を浮かべるエデンに対し、アリスはやや不機嫌そうな表情で言葉を返す。アリスにとってエデンはあまり好印象の相手というわけではないが、今回の件に対しては最も有益な情報を握る存在だと理解しており、苛立ちは心の中に抑え込んだ。
「……召喚魔方陣の術式、残留魔力の分析、使われた素材、その他いくつかの要因から考えて、勇者召喚の魔法陣が作られたのは『約一万九千年前』……その時代には、人界はもちろん魔界にも、異世界から生物を召喚できる術式は存在しません。となると、当時の存在でアレを作り出せたのはふたり」
「続けなさい」
「クロさんが作ったか、シャローヴァナル様が作ったかのどちらかでしょうね。ただ、その時点でクロさんは人界に関わりは持っていませんでした。時期的に考えて、私がクロさんの動きに気づけていないとは考え辛い。となると……あの召喚魔方陣を作り出したのは、シャローヴァナル様ですね?」
「……いいでしょう。そこまでは正解です」
勇者召喚の魔法陣が初めに使われたのは初代勇者を呼んだ時だが、その魔法陣自体はもっとはるか昔から存在していた。ほかならぬシャローヴァナルの手によって……。
そう告げたアリスの言葉を、エデンは微かな笑みと共に肯定する。
「……ふたつほど、聞きたいことがあります」
「でしょうね。いえ、むしろ思ったより少ないと言っておくべきですかね? いいでしょう。答えられる範囲で答えてあげましょう」
「ただ、質問の前にひとつ……貴女が答えられないのは、カイトさんとシャローヴァナル様の勝負に関わるものだけ……その認識に間違いはないですね」
「ええ」
「……では、尋ねます。シャローヴァナル様とは、いったい何者ですか? あなたは以前、シャローヴァナル様の本質を物語の終わりだと例えた。その意味が、私にはよく分からないんですよ」
「……なるほど……ええ、そうですね。いずれ挑むのであれば、知っておく必要があるのかもしれませんね」
真剣な表情で尋ねるアリスの言葉に、エデンは一度頷いたあと……夜空に浮かぶ月に視線を移し、ゆっくりと語り始めた。
「……まず先に、認識を正しておくことにしましょう。私とシャローヴァナルの力が互角だと認識しているのなら、その考えは即刻棄てなさい」
「……どういうことですか?」
「……かつてのシャローヴァナルと比べれば、私など『羽虫以下の弱者』……いえ、そもそも、アレに敵う存在などいません」
「は? ま、待ってください! 貴女は紛れもなく世界創造の神……その力は全能に近……」
「全知全能など、シャローヴァナルの前ではなんの意味もありません」
「なっ……」
ひとつの世界の頂点であるエデンが、あっさりとシャローヴァナルには敵わないと告げたことに、アリスは驚愕の表情を隠せなかった。
「世界に突如現れ、その物語の幕をひく。そうですね、こう言うのがふさわしいでしょう……それが、シャローヴァナルという『現象』です」
「……現象?」
「簡単に説明しましょう」
そう言うとエデンは、手元に一冊の本を出現させ、無造作に開いてアリスに見せた。そのページには宇宙のようなものが描かれている。
「例えば、このページに描かれた存在を……無限の多次元宇宙に無限の同一存在を持ち、全知全能のさらに上位の能力を有する存在と仮定します。一息で複数の銀河を消し、無造作に手を振るだけで世界を消し去る。そんな存在を……貴女なら、どう倒しますか?」
「……無限の全能存在ですか……正直、ちょっと思いつかないですね。一体ぐらいなら権能を引っぺがして倒せるかもしれませんが、すぐに補填されるだけ……無限である以上、同時に倒すのも不可能ですね。というか、そもそも倒せる存在なんすか?」
「少なくとも、私では勝てませんね。では、シャローヴァナルならどうするか……とても単純ですよ。こうするのです」
そう告げるとエデンは、開いていた本のページを『閉じた』。
「……それが、シャローヴァナルの力です。『物語を終わらせる』……全知全能の存在を、全知全能の存在のまま終わらせる。無限の多次元宇宙に存在する全知全能を超えた存在を、無限の多次元宇宙に存在する全知全能を超えた存在として終わらせる」
「……」
「ひとつの世界を、一冊の本だと表現するのなら、シャローヴァナルはそれを閉じることのできる存在……いえ、そういう現象です。終わらない物語はない。それが悲劇であれ、喜劇であれ、あるいは停滞であれ……どんな物語にも終わりは存在する。故に、誰も、何者も……シャローヴァナルには敵わない。どれだけ引き延ばしても、いずれは終わる」
「……それが……だから……物語の終わり……」
「例えば、全能の存在が『シャローヴァナルの能力に無効化する』という能力を持っていたとします。ならば、どうなるか……その存在は『シャローヴァナルの能力を無効化する能力を持った存在のまま終わりを迎える』」
まるで歌うように軽やかに、天を仰ぐように高らかに、エデンは語り続ける。シャローヴァナルという、物語を終わらせるシステムの話を……。
「では、出会い頭にシャローヴァナルに能力を使わせる隙も与えず、シャローヴァナルを完全に消滅させた存在がいたとしたらどうなるでしょう?」
「……『シャローヴァナル様を完全に消滅させた存在として、終わりを迎える』ですか?」
「ええ、その通りです。矛盾しているようですが、必ずそうなります。シャローヴァナルが現れた時点でエピローグなのです。どれだけ引き延ばしたとしても、いつかは終わる。アレは終わりという現象そのものです。本を閉じれば、その物語は一度終わりを迎える。幕を下ろせば舞台は終わる……再び始めることもできますが、それを決めるのは読者でしょう。我々を物語の登場人物とするなら、彼女は読者……例えるなら、そういう存在なのですよ」
「……」
「どれだけの力を持っていようが、全知全能であろうが、それを超えた存在であろうが……彼女にはなんの意味もない。なんの価値もない」
「……そんな……いや、でも、そうだとするなら……なんで、シャローヴァナル様は『この世界』を……」
エデンから聞いたあまりの内容に、まだ理解が追い付いていないアリスが呟くように口を開く。するとエデンは手に持っていた本を消し、アリスのほうに視線を動かしてから再度話し始める。
「……私が世界を創り出し、ようやく世界が安定し始めた頃……シャローヴァナルは私の前に現れました。私は酷く動揺しました。それもそうでしょう? だって、当時の世界はまだ赤子といっていい状態。いずれ終わりが来るにしても、まだ、あまりにも早すぎると……」
「……それで、貴女はどうしたんですか?」
「恥もなにもかも棄て、地に顔を擦り付けて乞いましたよ。『私のことは終わらせてもかまわない。だけど、せめて幼い世界と我が子たちは見逃してほしい』と……通じるかどうか、いえ、そもそもシャローヴァナルという存在に意思があるのかすら分かりませんでしたが、必死に言葉を紡ぎ続けました。絶対に抗えないと分かっていたから……」
「けど、貴女はいまもこうして存在している」
「……ええ、私には『ふたつの幸運』がありました。ひとつ目は、数多の世界を終わらせていくうち、シャローヴァナルという現象に『心のようなもの』が芽生え始めていたということ……」
真剣で迷いのない言葉。エデンが嘘を言っていないことは、アリスにも簡単に理解できた。この強大な力を持つ神でさえ、命乞いをするしかない相手……シャローヴァナルという存在の真の力に、ただただ戦慄しながら話の続きを待っていた。
「……だから、でしょうね。シャローヴァナルは私を終わらせる前にこう尋ねてきました。『ソレは、世界を創るのは面白いのですか?』とね。それは本当に小さな疑問だったのでしょう。私が返答を間違えていれば、シャローヴァナルは、なんの感情もなく私と私の世界を終わらせていた」
「……でも、貴女は間違えなかった」
「ええ、それが私のふたつめの幸運でした。問われた私は咄嗟に『興味があるのなら、貴女もやってみてはいかがですか?』と返しました。すると彼女は『興味……なるほど、これが興味を抱くというものですか』と呟いて頷きました。結果として、私の世界が終わることは免れました……そして、先達者としてアレコレ相談に乗る内に、彼女とはある程度友好的な関係を形成することができました」
「なるほど、そして、シャローヴァナル様はこの世界を創り出したと……そういうわけですね」
「その通りです。しかし、長い付き合いである私でも、未だ彼女がなにを考えているのかは分かりません。理解もできません。なにせ彼女は世界を創ったあと、その究極ともいえる能力を『あっさりと捨てた』のですからね」
「……は? ちょっ、ど、どういうことですか!? 力を捨てた?」
最強という言葉すら生温い、あまりにもけた外れの能力……物語を終わらせる力を、シャローヴァナルは手放しているという。
唖然とするアリスに対し、エデンは気にした様子もなく話を続ける。
「世界を創り出した際に、彼女はその力と共に『魂を半分に分け』、自らが創り出した世界に落とした。結果として、いまのシャローヴァナルは『全能に近い程度』にまで弱体化しています」
「……それって、まさか……」
「貴女も彼女の正体を予想はしていたみたいですね。ええ、その通りです」
「……いま、その物語を終わらせる力は……クロさんが……」
そう、現在のシャローヴァナルにかつての力はない。彼女は己の最強の力を、あっさりと自分の半身に渡してしまったから……。
「……もっとも、あの力はあくまでシャローヴァナルのもの……あの神の半身では、完全に使いこなすことはできないでしょう。おそらく『初めに設定した特定の存在のみを終わらせる』くらいでしょうね」
「……」
「さて、ここからは私の推測が多く混じります。なぜ、シャローヴァナルはそんなことをしたのか、彼女が求めたのはなんだったのか……ここからは『現在に繋がる話』を語ることにしましょう。
すべての始まりはシャローヴァナルであり、彼女の愛する人の物語も……シャローヴァナルに向けて収束していっている。
夜の闇に包まれた海上で、アリスはいま……この世界の最も深い部分に触れようとしていた。
???「ついにメインヒロイン(自称)のアリスちゃんが、物語の深奥に手を掛けました! これは、期待が高まってきましたね!!」
シリアス先輩「……むしろポジション的に、ヒーロー……主人公じゃない?」
???「……次余計なこと言ったら、口を縫い合わせますよ」
シリアス先輩「す、すみません」




