怖がられてるみたい
アイシスさんと出会った事で予定より少し遅く屋敷に帰ってくると、何故か屋敷の中は非常に慌ただしかった。
そして使用人の一人に案内されてリリアさんの執務室へ移動すると、リリアさんとルナマリアさんの二人が居て、俺の顔を見てなぜかホッとした表情を浮かべる。
「おかえりなさい、カイトさん。クロムエイナ様と一緒なので万が一は無いとは思っていましたが……ご無事でよかったです」
「……えと、何かあったんですか?」
安堵する様なリリアさんの言葉に首を傾げながら問い返し、丁度そのタイミングで思い至る。
ああ、もしかしてワイバーンが王都に現れた一件の事か、クロがあっという間に片付けてしまったので印象が薄かったが、よくよく考えれば一大事だ。
その上予定より俺の帰りが遅かった事で、心配性のリリアさんは俺の安否を気にしていたんだろう。
心配をかけてしまった事を申し訳なく感じながら促されて席に座り、謝罪の言葉を口にしようとした所で、予想とは違う言葉が返ってきた。
「カイトさん、先程アオイさんとヒナさんにもお話をしたのですが、しばらく……少なくとも明日は、外出を控えて下さい」
「……え?」
あれ? ワイバーンの件じゃないの? 何か別の事件? いや、もしかしたら他にもワイバーンが居る事を警戒しているのかもしれない。
「……今日、王都周辺で死王様の姿が確認されたそうです」
「……死王?」
どうやら本当にワイバーンの件ではない様だ。
死王って言うと、確か機嫌を損ねれば殺されるって言う六王の中でも、戦王と並んで気性の荒い存在だった筈だ。
成程、その気難しい死王が近くにいるとなっては、警戒するのも無理は……
「死王様は常に『死の魔力』を纏っていて、非常に危険な存在です。気の弱い者であれば、目にしただけで気を失ってしまうとか……なので、詳しい情報が分かるまでは外出を控えて下さい」
「……」
あれ、可笑しいな……今俺の頭の中に、アイシスさんの顔が思い浮かんだぞ。
死の魔力って物騒な響きのものがどんなのかまでは分からないが、目にしただけで気を失いそうになる……うん。ちょっと前に似た様な事態に遭遇した気がする。
「……ミヤマ様? どうかされましたか?」
「……あ、いや……」
ははは、いやいや、まさかそんなん訳も無いだろう。
だって六王だよ? 魔界の頂点で、普通なら勇者祭以外で先ずお目にかかる事は無いって言われてる存在だよ? なのにそんなにポンポン遭遇する訳がないって……
うん。きっと気のせい、きっと俺の勘違いだ。でも、念の為にちょっと確認してみよう。
「あの、リリアさん。その死王って……まさかアイシス・レムナントって名前じゃないですよね?」
「……カイトさん。何故、死王様のお名前を知っているのですか? 情報隠蔽の魔法で直接お姿を見ていないと聞き取れない筈なのに……」
「……」
そっか、やっぱりアイシスさんが死王か……でも、確かに物凄い威圧感ではあったけど、気性が荒いって感じでは無かった気がする。
いや確かに別の意味で中々強烈な個性を持った方ではあったが、機嫌を損ねただけで相手を殺す様な方とは思えなかったんだけどなぁ……
「……お嬢様、気のせいでしょうか? 私、物凄く嫌な予感がします」
「……奇遇ですね、ルナ。私もです……」
「あ、いや、えっと……」
「カイトさん。そのお名前は一体どこで聞いたんですか? クロムエイナ様からですよね? クロムエイナ様なら情報隠蔽の魔法の影響など受けないでしょうから、クロムエイナ様からお聞きになったんですよね!! お願いですから、そうだと言って下さい!?」
「……すみません。さっき、知り合いました」
必死の形相で縋る様な目を向けてくるリリアさんに、もう既に死王と会った事を伝える。
すると直後、まるで支えを失った人形の様に、リリアさんの顔が机に叩きつけられた。
「お嬢様! お嬢様、しっかりして下さい!!」
「……」
慌ててルナマリアさんが駆け寄るが、リリアさんはピクリとも動かずに顔を伏せ、しばらく経ってからおもむろに立ち上がりゆっくりと俺の方へ歩いてくる。
「あの、リリアさ――ぐえっ……」
非常に不穏な空気を感じつつ、何とか弁明の言葉を発しようとしたが、それより速くリリアさんに胸倉を掴まれる。
「どおぉいう事ですか!!」
「ちょ、リリアさ……くるし……」
「何で! 貴方はっ! 目を離す度に! とんでもない方とばかり知り合ってくるんですかあぁぁぁ!!」
そのままリリアさんは涙目で俺の体を前後にゆすり始め、そのとんでもない力に俺の首がガクガクと前後する。
苦しい上に、体が浮いてる!?
「わざとですか!! わざとでしょう!? 何でこんな短期間に六王様と次々知り合ってるんですか!! しかも今度は死王様って……一番怖い方じゃないですかあぁぁぁぁ!!」
「いや、お嬢様……流石に意図して六王様と出会う等出来ませんよ」
「……」
リリアさんはもはや半泣きどころか、完全に泣いてる。原因である俺が言うのもなんだろうが、相当心労が溜まっているんだろうなぁ……
本当に申し訳ないとは思うけど……出来れば早目に開放していただきたい。このままでは弁明するより先に、母さんと父さんの元に旅立ってしまいそうだ。
後ルナマリアさんも、冷静に突っ込み入れてないで止めて下さい。
あ、ヤバい……また……意識が……
「……ともあれ、死王様と遭遇して、無事に戻ってこれて良かったです」
「いえ、お嬢様……ミヤマ様は、つい先ほど無事では無くなりました……主にお嬢様のせいで」
「……え、えと……カイトさん。本当にごめんなさい、大丈夫ですか?」
「……はい。なんとか……」
しばらく俺を空中で揺さぶり続け、ようやくリリアさんは冷静に戻ってくれたのか、謝罪を繰り返しながら俺を介抱してくれた。
なんかこの世界に来てから、頻繁に気絶してる気がする……主にリリアさんの手によって……
「しかし、冥王様に続き死王様とまで知り合うとは、ミヤマ様には本当に驚かされてばかりです。まぁ、死王様が相手では、流石に友好な関係になったと言う訳ではないのでしょうが……」
「そうですね。死王様は本当に気難しい方と聞きますし、無事に帰ってこれただけで何よりです」
「……あ、えっと、その事なんですか……」
どうやら本当にアイシスさんは恐れられているらしく、リリアさん達もまさか俺が友達になった等とは考えていない様だった。
やっぱり初めに感じたあの只ならぬ雰囲気、死の魔力ってやつが原因なんだろうか? 実際に話してみれば、むしろ優しい感じの人だったんだけど……
後これ、言わなきゃ駄目かな? 駄目だよね……アイシスさんにいつでも遊びに来ていいって言っちゃったし……
「……今度……遊びに来るそうです」
「「……え?」」
恐る恐る俺が告げた瞬間、二人は完全に時が止まった様に硬直する。
そして少しして、青ざめた……というか、もはや色を失っている様な顔色でリリアさんが尋ねてくる。
「……遊びに来る? 死王様が? 私達を殺しに来るとかそういう事ではなくて、ですか?」
「あ、はい。えっと、友達になりまして、遊びに来ても良いかと尋ねられたので、いつでも来て下さいと答えました」
「……友達になった? 死王様と? あ、あはは、冗談ですよね? だって、死王様ですよ……六王様の中で最も恐ろしいと言われる方ですよ? 遭遇しただけで心が折れる者も多い様な方ですよ……」
「いや、本当に友達になりました。あ、後、何か変わった花を貰いました」
茫然と壊れた様な笑みを浮かべながら尋ねてくるリリアさんに対し、俺は若干怯えながら説明をして、アイシスさんに貰った青い花を取りだす。
「ブルークリスタルフラワーですね。とてつもなく強力な状態保存魔法がかかっている様です。お嬢様、これは本当に……」
「……やめて、聞きたくない」
「あの、リリアさん?」
青い花――ブルークリスタルフラワーを見て、ルナマリアさんが茫然と呟き、リリアさんはそれを聞いて顔を両手で覆う。
悲壮感と哀愁の漂う姿に、ルナマリアさんも動揺しながら、そっとリリアさんの背中を撫で始める。
「お嬢様……気を強く持ってください」
「……どうなってるんですか、カイトさんの交友関係……もう私なんかよりよっぽど凄いじゃないですか……というかもはや、アルベルト公爵家なんて一声で叩き潰せるレベルじゃないですか……」
「お嬢様、気持ちは痛いほど分かります。ええ、本当にミヤマ様が異常過ぎるだけなんです。それはもうも化け物と言っていい程で、お嬢様は何も悪くありません」
「……ルナぁ……」
どうも本当に俺が知り合った方々はとんでもない方ばかりらしく、誠に遺憾ながら化け物認定まで受けてしまった。
しかし泣きじゃくる子供の様な状態になってるリリアさんを前にしては、文句など出てくる筈も無く、ただただ申し訳ないばかりだ。
そのまましばらくルナマリアさんはリリアさんを慰め、頃合いを見計らってスッと立ち上がって頭を下げる。
「……ところで、お嬢様。私は明日から少しお暇を頂きたいのですが……」
「……ちょっと待ちなさい。何一人だけ逃げようとしてるんですか!?」
「は、離して下さいお嬢様! 死王様に会うなんて冗談じゃありません! 私には実家に待つ母が居るんです!」
「絶対離しません!! 私一人だけ死王様の前に差し出す気ですか! 無理ですからね! クロムエイナ様の時でさえいっぱいいっぱいだったのに、死王様なんてどうやってお迎えしたらいいのか……」
「……お嬢様にお仕えした日々の事は、決して忘れません」
「何で死ぬ前提で話を進めてるんですか!?」
先程までの感動的な慰めは何だったのか、取っ組み合いの喧嘩を始めた二人を見て、俺は改めて事態の大きさを認識した。
拝啓、母さん、父さん――アイシスさんが今度遊びに来るそうなんだけど、どうやらアイシスさんはリリアさんにも、ルナマリアさんにも、相当――怖がられてるみたい。