バイクを発進させた
目を開くとそこは、夜の街だった。
天を突くような摩天楼、そして星の光をかき消す強い明りに囲まれ、俺が経っていたのは広い道路の上だった。六車線ぐらいはあり、周りの景色などからそれなりに高い位置にこの道路が存在していることも分かった。
パッと思い浮かんだのは首都高……そう、ここはまるで俺が居た地球のような景色だった。
もちろん違いもある。そびえ立つ建物は円形のものがほとんどであり、ビルと言うよりは塔と呼べるほど大きい。さらに道路を照らす光も街灯のような形ではなく、光るチューブのような形状で道の先まで伸びている。
言ってみれば、まさに、近未来の首都高とでも呼ぶべき光景……す、すごい。まるでファンタジーの世界から、SFの世界に移動したみたいだ。
そう、本当にここが仮想空間だとは思えなかった。少し肌寒い風も感じるし、道路に立っているという感触もしっかり感じるし、体も思い通りに動かせる。
「どうですか、カイトさん? 凄いでしょう!」
「あ、あぁ、これは本当にすごい。いま、自分が精神分体だなんて、言われないとわからないよ」
いつの間にか隣に現れていたアリスに対し、俺は胸に湧き上がる感動を隠すことなく口にする。
「でしょう、自信作ですからね。一応モデルはカイトさんの世界ですが、そのままでは面白くないので多少手は加えています」
「本気で感動してるよ。こんなリアルな仮想世界で思うがままに遊べるなんて……」
「う、う~ん……」
「うん? どうした?」
俺が興奮気味に告げると、何故かアリスは少しバツの悪そうな表情に変わる。それを疑問に思って尋ねると、アリスは頬を軽くかきながら口を開いた。
「……いや、まぁ、後々は自由自在に遊びまわれるようにするつもりなんですけど……ぶっちゃけ、まだそこまでは完成してないんすよ」
「そうなの?」
「ええ、いまのところ完成してるのは『レースゲーム』ぐらいですからね」
「……あぁ、それで場所が高速道路なのか」
なるほど、それでも十分に凄いと思うし、俺としては楽しみで仕方がない。これだけリアルな世界でレーシングゲームをするのも、本当に面白そうだ。
「……いや、まぁ実は、この仮想世界で遊ぶって構想自体はずいぶん前から、クロさんと相談してたんですが……なかなか実現できなかったんですよね」
「それは、やっぱりすごい技術が必要だから?」
「もちろん仮想世界を構築する術式は大掛かりで複雑です。けど、それ以上に……仮想世界を維持するために、高純度の魔水晶がとんでもない数が必要でして……クロさんがいくらお金持ちとはいえ、魔水晶は魔法具に欠かせない、世界中で必要とされているものですからね。むやみに独占するわけにもいきませんでしたし、べらぼうな数が必要だったので、構想だけで止まってました」
「……あれ? でも、いまはこうして未完成とはいえアトラクションとして出せてるんだよね」
「……いや、ほら、今回『スポンサーがシャローヴァナル様』なので……希少素材を使い放題だったんですよね」
「あ、あぁ……なるほど」
「というわけで仮想世界を構築して維持できるだけの魔水晶は集まったわけなんですが、企画段階で止まってたので……まだ術式が完成してないんですよ。まぁ、それでも最低限は完成したので、レースゲームだけ実装してアトラクションにしたわけなんすよ」
クロとアリスが集めるのに手間取っていたものをポンッと用意するとは……やっぱり、シロさんが一番チートな気がする。
「まぁ、それでも十分凄いよ。レースゲームができるのも楽しみだし……というか、さっきから早く遊んでみたくてうずうずしてる」
「あはは、じゃあ、さっそく始めましょうか……まずはメニュー画面を起動してみますよ」
「えっと、どうすればいいのかな?」
「右でも左でもいいので、手で空中に反時計回りで円を三回描いてみてください」
「了解……お、おぉ!?」
アリスに言われた通り手を動かしてみると、空中に半透明のディスプレイ……メニュー画面が現れた。な、なんという未来感……テンションがまた上がってきた。
「項目の大半は未実装ですが……一番上のゲームって項目を指で押してみてください。そしてレースゲームを選択すると、マシンが表示されます」
「……何度目になるか分からないけど、マジで凄い。うわっ、結構いっぱいあるんだな……」
「若干マシンごとに特徴はありますが、性能が大きく違うわけではないです。初心者のカイトさんには、これがオススメですね。全体的にバランスが良くて、動かしやすいですよ」
そういってアリスが指差したのは、流線形のカッコいいフォルムをした黒いバイクだった。う、う~ん、カッコいいし早そうだけど……。
「……でも、アリス。俺、バイクの運転したことないぞ……」
「ああ、大丈夫です。補助術式が常時起動しているので、基本的にこけたり落ちたりはしません。車で言えばアクセル踏めば走って、ブレーキ踏めば止まる……みたいなシンプル構造ですよ。さらに、あくまでゲームなので、事故ったりしても痛みはないですし、マシンも壊れません。子供でも遊べるように設計してますからね」
「なるほど、それなら安心だな」
「ええ、でも、事故……壁にぶつかったりすると、スピードがガクっと落ちますので、そこは注意です」
本当によく考えられているというか、それなら俺でも十分に楽しめそうだ。とりあえず、アリスのお勧めであるバイクを選んでみることにする。
画面に表示されているバイクを選択して決定ボタンを押すと、俺の真横にバイクが出現した。
「おぉ、こうして見るとやっぱりカッコいいな……」
「そのバイクは、クロさんがデザインした『BC―96』というマシンです!」
「……ふむ」
BC……ベビーカステラ。96……クロ。いや、まさかな……。
「じゃ、さっそく始めてみましょうか! 二台だけだと味気ないので、NPCも4体ぐらい出しますね~」
そう言いながらアリスがメニュー画面を操作すると、俺たちの横に新たに四台のマシンが現れる。なんと、NPC……ノンプレイヤーキャラまで居るのか、本当に夢のようなゲームだ。
マシンも全部カッコ……い……い?
「……なぁ、アリス」
「なんですか?」
「その……あの、小型化されたメギドさんみたいなマシンは?」
「あぁ、アレは『レッドゴリラマークⅡ』ですね。大して速くないマシンです」
「……あっ、そう……メギドさんと喧嘩しないようにな」
レッドゴリラって……いや、まぁ、いいか……。
喧嘩の種のようなものを見つけた気がしたが、ここはスルーしてゲームをプレイすることにする。アリスの横にもいつの間にか、小型バギーのようなマシンが用意されており、準備はOKみたいだ。
バイクにまたがってみると……たしかにすごく安定していて、バランスをとったりしなくてもふらついたりはしない。問題無く運転できそうだ。
「じゃあ、カウントを表示させますよ~」
「あぁ!」
アリスが明るい声で告げると共に、空中に赤のランプが出現……数秒のカウントのあと、それが青に変わり、レースがスタートした。
拝啓、母さん、父さん――クロとアリスが作ったVRは、まだ未完成な部分もあるが、本当にすごくて感動している。レースゲームをすることになり、俺はテンションが非常に高いのを感じながら――バイクを発進させた。
???「よし、カウントいくぞ!」
シリアス先輩『ちょっと待って、こちらゴール地点だけど……いま一般バイクが一台上がっていった。変なところですれ違うとアレだし、上がりきるまで待つ?』
???「ッ!? そのバイク、車種は分かりますか?」
シリアス先輩『……たしかBシリーズのバイクだったな……たぶんカステラだ。96の……BC―96だ』
???「っ……色は!?」
シリアス先輩『さっきからなんでそんなことを聞くんだ? 黒色だったよ……ブラックベビーカステラだ』
???「……ついにきましたか……待ってましたよ」
シリアス先輩『……ねぇ、この茶番まだ続けるの? いまの若い子は元ネタ知らないよ?』




