閑話・アイシス・レムナント①~死を纏う王~
広大な魔界の一角に二色の閃光が走り轟音が周囲に轟く。
大地から槍の様に木の根が幾千と天に昇ったかと思えば、天より吹き降ろす極寒の風がそれを凍てつかせる。
「……ッ!?」
『くっ……』
暴風の如く吹き荒れる魔力の奔流、震える大気の中心で二つの影が対峙する。
「……リリウッド……邪魔するな」
『……貴女を人界に行かせる訳には行きません。アイシス』
向い合う二つの存在は、いずれも魔界において知らぬものが居ない程の存在。
死王・アイシス・レムナントと界王・リリウッド・ユグドラシル……六王と呼ばれる二体の戦いは、正しく天災と呼べる程に凄まじいものであり、既に見渡す限りの周囲は荒野と成り果てている。
事の発端は30分ほど前……人界へと繋がるゲートに向かっていたアイシスの行動をリリウッドが阻止しようとし、結果戦いへと発展した。
「……リリウッドには……関係ない」
『関係はあります! 今魔界と人界は、ようやく友好条約を結ぶ事が出来たばかりでとても不安定なんです。ようやく築き上げた信頼にヒビを入れてしまう訳にはいきません』
「……それで……なんで……私を……止める」
『……言わせたいのですか? 私に……私とて出来るのならこのような事はしたくない。ですが、今の情勢で貴女の存在は危険すぎる』
「……なんで……」
『貴女の纏う死の魔力は、生物にとって恐怖の対象にしかならないと……』
「……違う」
『目を逸らすのは止めなさい! 貴女とて分かっている筈です……貴女は人族にとって『恐怖の対象』としか映らないんです』
「……ッ!?!?」
本当はそんな責める様な言葉を言いたくはなかったのだろう。リリウッドは苦虫を噛み潰す様な表情で、しかし冷酷に事実を伝え、それを聞いたアイシスは目を見開いて硬直する。
一瞬の静寂が訪れる……が、それはすぐに、膨れ上がったアイシスの魔力によって破られる。
「……違う……違う……違う!!」
『……』
泣き叫ぶ様な声、激情に呼応しアイシスの魔力が爆発的に高まっていき、空気を震わせながら上空に極大の魔法陣を形成する。
明らかに先程までとは違う、苛烈なまでの殺意が込められた極大魔法を目にしながらも、リリウッドは落ち着いた様子で同規模の魔法陣を地面に出現させる。
六王による極大魔法……それは周囲数十キロが灰燼と化す程のものであり、リリウッドは迎え撃つと言うよりは、魔界の大地を守る為に同規模の魔法で相殺を狙う。
だが、アイシスによる天から降り落ちる暴威が放たれるより前に、上空に展開していた青白い魔法陣に漆黒の魔法陣が重なって現れ、ガラスが砕ける様な音と共に魔法陣が消滅する。
「……ッ!?」
『これは……』
その光景に驚く両者の間に、黒い翼へと変わったコートをはためかせながらクロムエイナが現れる。
「間に合ったかな?」
『ええ、助かりましたクロムエイナ。流石に私単独では、周辺への被害を抑えるのにも限界がありましたので……』
クロムエイナの登場にリリウッドはホッと息を吐いてお礼の言葉を告げ、アイシスはそれとは対照的にギリっと歯を食いしばる。
「……クロムエイナも……邪魔……するの?」
「いや、邪魔とかそういうのじゃなくて……アイシス、気持ちは分かるんだけど……せめて、もう少し世界が安定するまで待ってくれないかな?」
「……」
クロムエイナの言葉を聞き、アイシスはまだそれでも納得してないと言いたげに唇を噛むが、先のリリウッド一体と対峙していた時の様に強引に通ろうとする事はしなかった。
リリウッドだけならまだしも、クロムエイナも加わったとなれば突破できる可能性はゼロに等しかったから。
アイシスはしばらく沈黙した後、拳を握りしめ、微かに体を震わせながら無言でその場から去っていく。
どこか泣いている様にさえ見えるその後姿を見ながら、クロムエイナは大きく溜息を吐く。
「……荒れてるね。アイシス」
『致し方ないとも言えますね。人界、神界と友好条約が結ばれて、彼女も分かってはいるのでしょうが、それでも……どうしても……人界なら、神界なら、自分を受け入れてくれるかもしれないと考えたんでしょうね』
「アイシス、寂しがり屋だからね。特に最近はボク達も色々忙しくて話相手になれなかったし……」
去っていったアイシスの事を考えながら、クロムエイナもリリウッドもどこか悲しげな表情を浮かべる。
友好条約が結ばれて2年、手を取り合い始めた三つの世界の平定の為、クロムエイナもリリウッドも最近は人界と魔界を行ったり来たりしていたが、アイシスは友好条約以降人界や神界を訪れてはいない。
正しくは訪れたくても止められていると言うべきだが……死の魔力を纏うアイシスは、人界、神界においても恐怖の対象であり、それこそ気の弱い者であれば出会っただけで気を失ってしまう程。
故にまだ世界が安定していないこの状況で、彼女に好き勝手に動き回られる訳にはいかなかった。
『クロムエイナ。何故、アイシスはあそこまで人界や神界に拘るのでしょう? 私達だけでは孤独を紛らわす相手として、不十分という事でしょうか?』
「たぶんだけど、ボク達じゃ『本当の意味』でアイシスの孤独を癒してあげる事は出来ないんだと思う。理由は凄く単純だよ。ボク達が大きな力を持ってるから」
『大きな力があるから、ですか?』
「うん。多分アイシスはこう考えてるんだと思う。ボク達がアイシスと普通に接してるのは、ボク達にアイシスに対抗できるだけの力があるから……逆に言えば、力がなければボク達はアイシスを受け入れてはいないって感じにね。あの子が求めてるのは、無条件に自分を受け入れてくれる存在……自分に抗える程の力がなくても、それでも怖がらず手を取ってくれる。そんな存在を求めてるから、力の弱い人族と関わろうとしてるんだと思う」
『……成程。しかし、それは不可能ではないでしょうか? 私には人族が彼女の死の魔力と向かい合えるとは到底思えません』
「……確かに難しいね。ヒカリちゃんでも無理だったしね」
アイシスが求めている存在。強い力を持たずとも自分を受け入れてくれる存在……それが現れる可能性は、殆ど皆無と言って良い。
彼女達が知る人族の中で、最も強い心を持っているであろう勇者ヒカリも、アイシスとまともに向い合う事は出来なかった。体を震わせながら必死に言葉を発するのが限界だった。
それだけでも十分強い心を持っていると言えるのだが、アイシスが求める存在には足りなかった。
今にも泣き出しそうだったアイシスの顔を思い出し、クロムエイナとリリウッドは悲しげに眼を伏せる。
死の大地、氷の居城。
自らの住処で、死王・アイシス・レムナントは涙を零していた。
「……ぅぁ……なんで……なんで……」
彼女は数多の死者の残した魔力が寄り集まり生まれた存在。言うならば、死という概念がそのまま実体を持った存在と言える。
故に彼女は生まれた瞬間から、その身に死の魔力を宿しており、それは彼女の意思とは無関係に周囲を威圧していた。
アイシスが相手に敵意を抱くか否か、向い合った相手が死を恐れるか否か、そんな事は一切関係なく……生物としての本能が彼女と言う存在を拒絶する。
故に彼女は孤独だった。
アイシスは魔界の大半の存在から恐怖の対象として認識されている。彼女は死霊であり、近い種族はワイトやリッチと言った者達だが……そのアンデット種でさえ、彼女を恐れていた。
彼女はその身に纏う脅威によって六王に名を連ねた存在であり、六王の中でも最も危険な存在と言われている。
しかし当の彼女自体は無差別に死を撒き散らすつもりなど欠片も無い。自らに刃を向けない相手であれば、出来るだけ友好的に接したいとさえ考えているが、身に纏う死の魔力がそれを許さない。
アイシスを恐れず向かい合える者は、彼女に匹敵する力を持つ存在だけ、逆に言えば力を持たない者は例外なく彼女を恐れ遠ざける。
その事実は彼女に強い孤独感を与え、アイシスはその燻る様な感情を抱えたまま何千年という時を過ごしてきた。
そのままであれば良かった。諦めたままでいられるのなら、ある意味で幸せだったかもしれない。
絶望とは……希望があるからこそ生まれてくる。
魔界、人界、神界、三つが手を取り合い、世界が広がった瞬間……アイシスは淡い希望を身に宿してしまった。
魔界では駄目だった……だけど人界なら、神界なら……死の魔力に抗える力が無くとも、自分を受け入れてくれる存在が居るのではないかと……
抱いた希望は、大きな絶望となって彼女に返ってきた。
誰も本当の意味で自分を受け入れてくれなどしない。誰も心から自分の手を取ってなどくれない。
溢れ出る感情は涙に変わり、死を纏う王は一人咆哮する。
彼女が何千年と求め続けた存在……それが現れるのは、更に千年近い時を越えてからだった……




