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没ネタ③「特に理由のない番外編」

ちょっと、次の話に苦戦して間に合わなかったので、没ネタにちょっと手を加えて掲載します。



 この世界において冒険者ギルドというのはとても重要な存在であり、社会的にも一定の地位を持つ存在と言える。

 単純な戦力という点では、国に属する騎士団の方が上。しかし、冒険者ギルドには騎士団には無いフットワークの軽さがある。

 それなりの人数で行動する騎士に対し、冒険者の多くはコンビないしトリオで活動しており、迅速な対応を求められる案件に重宝されていた。


 アルクレシア帝国首都に存在する冒険者ギルドの支部。酒場と一体化したようなこのギルドには、今日も多くの冒険者たちが集まり、情報交換を始めとした活動に勤しんでいた。

 そして、数多く存在するテーブルの内のひとつに、一組の男女の姿があった。


「……なぁ、ニコル」

「うん? なに?」


 ニコルと呼ばれた150cmほどで魔導師用のローブに身を包んだ少女は、食事をしていた手を止め赤毛の青年の方を向く。


「……その、もしさ……えっと、実は俺が『皇子』だって言ったら……どうする?」

「……『損害賠償を請求する』かな?」

「なんでっ!?」

「いやだって、レオが皇子なんて詐欺みたいなもんじゃん。賠償責任が発生してしかるべきだと思うよ」


 レオと呼ばれた剣士風の青年に対し、ニコルは軽快な口調で笑いながら答える。レオの言葉をまったく信じていないという感情が透けて見えるような笑顔だった。


「……うん、まぁ、そうだよな。ホント……そうだったら良かったのに……」

「……え? もしかしてだけど……これって、マジなやつ?」

「長年連れ添った相棒のよしみで、相談に乗ってくれない?」

「銅貨一枚」

「高い、買った」

「まいどあり~」


 ふたりは長くコンビで活動してきた冒険者であり、気心知れた間柄である。しかし、長い付き合いのニコルですらレオが皇族ということは知らなかったみたいだ。


「……で、皇子ってマジなの?」

「あぁ、レオンハルト・ディア・アルクレシア……それが俺の本名」

「……酔って変なこと言ってるって訳じゃなさそうだね。じゃあ、本当なんだろうけど……なんでいまさらそんなこと打ち明けたの? 相談事と関係ありってやつ?」

「……単刀直入に言うとさ、何年も会って無かった姉上……まぁ、現皇帝なんだけど……それが、急に俺に皇位を告げって言ってきたんだ」

「……は? ど、どういうこと?」


 レオが顔を青くしながら告げた言葉を聞き、ニコルはまったく理解が追いついていないのかキョトンとした顔に変わる。


「俺が聞きたいよ! だって俺、確かに皇子だけどさ、王位継承権なんて『十四位』だぞ? 下も下、だからこそ冒険者なんてやれてたんだから……」

「ま、まぁまぁ、落ち着いて……ていうか、クリス皇帝陛下退位するの? え? なんで? クリス皇帝陛下って国民人気あるよね? 北部の食糧問題も解決したし、雇用制度も改正したし……」

「あぁ、正直俺もなんで姉上が皇帝を退こうとしてるのかサッパリ分からない。なんで次の皇帝に俺を指名しているのかは、もっと分からない」

「……う~ん、断るのとはできないの?」


 まだ一般的には知らされていないクリスが皇帝を辞すという話を聞き、ニコルは驚愕しつつも最初の議題であるレオの即位について質問する。

 その言葉を聞いたレオは、何故か先程より顔を青く染めて震えながら呟いた。


「……無理。クリス姉上に逆らうとか……ど、どんな恐ろしい目に合うか……」

「え? そ、そんなに?」

「だって、クリス姉上って元々『王位継承権八位』だったんだぜ? 普通なら皇帝を継ぐなんて出来ない順位だ。何故か上の兄上とかが……示し合わせたように失脚したり、継承権を放棄したりして皇帝を継いだけどね」

「……なんか、めっちゃ怖い想像しちゃうんだけど……」

「いや、絶対姉上がなにかしたんだと思う。だって姉上、目的のために手段選ばない人だし……」

「こ、怖っ……貴族社会の闇を見た気分だよ。えっと、つまり、レオは怖い姉上に言われて仕方なく皇帝になるって感じなのかな?」

「……」


 ニコルの問いかけに、レオは考えるような表情を浮かべて沈黙する。そしてそれを見たニコルは、微かに微笑みを浮かべる。


「……それとは関係なく、やる気なんだね?」

「……正直、揺れてる。昔はそんな気なかったけどさ、冒険者としていろいろ活動していくうちに……この国の良さが分かったって言うのかな? 前よりアルクレシア帝国が好きになった。ここに生きる人達が好きになった……だから、この国に生きる人達のために出来ることがあるなら、頑張りたいとも思ってるんだ」

「ふむふむ、いいじゃん。レオらしいと思うよ……私は、レオならいい皇帝になると思う」

「……ニコル」


 穏やかな表情で告げる相棒の言葉を聞き、レオは決意を固めるように一度頷く。そして、真っ直ぐニコルの目を見詰めながら、次の言葉を発した。


「……それで、本題なんだけど……」

「本題?」

「うん、俺、皇帝になってみようとは思ってるんだけど……上手く出来るか分からない。貴族社会からも長く離れてたし、ほら、俺って馬鹿だからさ……」

「うん」

「だから……その、お前さえ良ければ……ついてきてほしい。手伝ってほしいんだ」

「いいよ~金貨一枚ね!」

「軽っ!? え? ちょ、お前、頼んだのは俺だけど……アッサリしすぎじゃない!?」


 ある意味プロポーズとすらとれるレオの言葉に、ニコルはまったく考える間もなく頷いた。ちゃっかりと金銭を要求してはいたが……。


「何年私がレオの相棒してると思ってるのさ? 馬鹿なレオのサポートが出来るのなんて私ぐらいでしょ? 私が居なかったら、レオなんてとっくに死んでるよ?」

「うぐっ、ひ、否定出来ん」

「あはは、まぁ、私もいまさらレオ以外の人と組む気もないし……まぁ、付き合ってあげるよ」

「……ニコル。ありがとう」

「話がまとまったようで良かったです。安心しました」

「「え?」」


 笑いながら見詰め会うふたり。その間に温かくくすぐったいような空気が漂い始めたタイミングで、軽い拍手の音と声が聞こえてきた。

 そしてふたりは同時に振り返り……レオの顔から血の気が失せた。


「く、くく、クリス姉上……な、なな、なんでここに……」

「いえ、たまたま視察に訪れたんですよ。そこで可愛い弟の姿を見つけて声をかけようと思ったのですが、話を遮っても悪いので待っていました」

「……嘘だ……絶対嘘だ……皇帝陛下が直々に視察なんてするわけ無いのに……」


 深い笑みを浮かべて告げるクリスを見て、レオとニコルはまるで自分たちの全てを見透かされているかのようなその笑顔に、思わず身震いをした。

 さらにいつの間に人払いをしたのか、多くの人が居たはずのギルド内に人影がまったく無くなっていた。


「それにしても、流石はレオンハルト……私が後継者にと見込んだだけはあります。もう『皇妃』を見つけたのですね。素晴らしいですよ」

「……い、いやいや!? 皇帝陛下? わ、私は皇妃になるつもりなんて……そ、側室とかで十分ですし……というか、私平民ですし、無理ですよね?」

「ああ、その点でしたらご安心ください。すでに『貴女の両親にも話は通して』います。貴女は戸籍上だけ『別の貴族の養子』という扱いで、貴族籍に入っていますよ……『昨日から』」

「……ソウナンデスネ」


 笑顔のままでこともなげに告げるクリスを見て、ニコルはガタガタと震えたあとでレオに小声で話しかける。


「レオ、レオ……この人、怖い、滅茶苦茶怖い……なんで私昨日から貴族の一員なの? なんで既に外が埋まってるの? やっぱ逃げていい?」

「……無理だから、一度クリス姉上に目をつけられてら、もう逃げられないから」

「うえぇぇぇ……」


 全てクリスの掌の上だったと知り、レオとニコルは青ざめた顔で項垂れる。これから先、この恐ろしいクリスから皇族としてのイロハを教わるかと思うと、それはそれは恐ろしかった。

 そんなふたりに対し、クリスは「詳しい話は後ほど」と告げて踵を返し、ギルドの外へ向かおうとする。そのタイミングでレオが椅子から立ち上がり口を開いた。


「ま、待ってくれクリス姉上……ひとつだけ、教えてほしい」

「……なんですか?」

「なんで、皇帝を辞めるんだ?」

「……」


 口を突いて出た疑問。レオは皇帝になるという未来には納得していたが、それでも皇帝としてのクリスを越えられるとは思っていなかった。

 確かに恐ろしい姉ではあるが、レオはクリスの有能さを知っている。そして誰よりも国を想うその心も、理解しているつもりだった。

 だからこそ、クリスが皇帝を辞める理由が分からなかった……もしかしたら大病でも患っているのではないかと、そんな心配もあって質問した。


 そんなレオの質問を聞いてクリスは少し沈黙したあと、ふっと……いままでレオが見たことがない、心から幸せそうな笑顔を浮かべた。


「……大切な人を待たせています。あの人は、ひとつの国に縛られるような方ではありません……傍に居るには、皇帝という地位は少々邪魔なんですよ」

「……へ?」

「なので、信頼できる後続に引き継ぐことにしました」

「え、えっと……それって、どういう……」

「さぁ、意味は自分で考えてください」


 そう言ってクリスは冒険者ギルドから出ていった。クリスはあえてラグナに言ったような『国より大切な人が出来た』という言葉は使わなかった。

 国を第一に考え優先し、国より優先したいものが出来た時は皇帝を退く。それは、あくまでクリスの王道であり、レオに押し付けるつもりはなかった。

 レオにはレオ自身の皇帝としてのあり方を、己だけの王道を見つけてほしいと……そう願いながら、クリスは口元に笑みを浮かべたままで城へと戻っていった。


 それから約三年後……アルクレシア帝国に置いて、新しい皇帝の戴冠式があった。その数日後に行われた新皇帝の結婚式。

 その結婚式には、薄い茶の髪の男性と寄り添う前皇帝の姿があったという……。





没理由・元々クリスの番外編の続きとして付け加えようとしていたエピソードだったのですが、長くなったのでカットしました。

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