よほど怖い人なのだろうか?
かなりの速度で走るベルの背には強めの風が吹いていて、本来なら涼しさを感じるはずである。しかし、いまは背中だけやたら暑い。
まるで体中の神経が背中に集中してしまってるんじゃないかと思うほど、やけにハッキリと……背中に抱きつくフィーア先生を感じている。
どうにも落ち着かないし、楽しそうに走るベルの上では逃げ場も無い。流石元魔王と言うべきか、俺を逃がさない非常に狡猾な戦略。そもそも、魔王にバックアタックされているという時点で、すでに非常に不利な気が……いや、落ち着け、なに考えてるんだ俺は?
動揺している俺に対し、フィーア先生はたたみかけるように追撃を放ってくる。俺のお腹にまわされていた手が徐々に上に昇ってきて、撫でるようにみぞおちあたりを動く。
それに合わせてフィーア先生自身も軽く上下に動き、背中に体を擦りつけるようにして押し当ててくる。
「……背中おっきいね。すごく、安心できる。やっぱり、ミヤマくんも男の子だね」
耳元でそういう男が喜ぶ台詞を言うの止めてほしいんですけど!? なんか、クラクラしてきた。この人の種族なんだっけ? 実はサキュバスとかなんじゃなかろうか……色っぽ過ぎる。
なんか、妖艶な大人の女性にからかわれる青年、みたいなシチュエーションになってきてるんだけど……ものすごくドキドキして心臓に悪いから、なんとか話題を逸らせられないものか……。
っと、そこで俺はふとあることを思い出した。いま、ベルの背に乗っているのは俺とフィーア先生だけではないということに……そう、俺の服の中にはリンがいる。
リンも会話に参加してもらう感じにすれば、俺の心の平静も……って、あれ? さっきフィーア先生、俺のみぞおち辺り触ってたよね? その辺りにはリンの体がある筈なんだけど……。
「……え? あれ? リンが居ない?」
「……ああ、ほら、落ちちゃうと危ないからね。私が『ノインに預けておいた』よ」
……なん……だと……? い、いつの間に!? 俺に気付かれないようにリンを抜き取り、ノインさんに預けてきた? ば、馬鹿な……つまり、フィーア先生は俺がどういう行動に出るか読んでいたということか?
な、なんて恐ろしい人だ……あの時、少しの思考でここまでの展開を全て予想……完全に俺の逃げ道を塞いできてる。
「……ねぇ、ミヤマくん。ここって広いよね? ベルちゃんは速いけど、一周するまである程度の時間はかかるよね?」
「……そ、そそ、そうですね」
「いまのミヤマくん、すっごく可愛いよ」
「なぁっ!?」
え? ちょっと待って!? なんか、フィーア先生の手が今度は下に降りてきてない?
待って! お願いだから、ちょっと待って!? なにしようとしてるの!?
「……ねぇ、ミヤマくん? 私ってさ、ミヤマくんからみて女性としてどうかな?」
「え? そ、そそ、それはどういう……」
「……興奮とか、してくれる?」
「そ、それは、えっと……は、はい」
「ふふ、そっか……嬉しいよ……ちゅっ」
「ッ!? ちょ、ちょっと!? フィーア先生、な、なにを!?」
バクバクと心臓が鳴るのを感じながら返答すると、直後に首に微かに湿ったなにかが触れた。え? いま、首筋にキスされた? え? ちょっと、本当になにしてるのこの人!?
「……ミヤマくん……『苦しそうだよ』……」
「な、なな、なに、なにが、ですか?」
「うん? 言ってほしいの? だ~め、恥ずかしいから……ね?」
「ど、どこ触ってるんですか!? フィーア先生!!」
「……大丈夫、ちゃんと認識阻害の魔法をかけてるからね」
「そういう問題じゃないですから!?」
「ふふふ、焦ってるミヤマくん、すごく可愛い……せっかくなんだしさ、ここはお姉さんに任せてくれないかな?」
「ま、任せる!? だ、駄目です! ちょっと、お願いですから落ち着いて……」
蕩けるような甘い声を耳元で発しながら、フィーア先生の手がさらに下に降りてくる。ヤバい、これは、かつてないほどヤバい状況……このままだと……だ、誰か助けて!?
『……なにやっとるんじゃ、お主らは……』
窮地に立たされていた俺の元に、上空から響くような声が聞こえてきて、同時に大きな影がさす。こ、この声は……マグナウェルさあぁぁぁん!
まさに救世主、地獄に仏とはこのことである。フィーア先生の認識阻害魔法をものともせず話しかけてきたマグナウェルさんを見て、フィーア先生の手がデンジャラスゾーンから離れていく。
「……ま、マグナウェル様……せっかく、いいところだったのに……」
『いや、フィーア……お主はもう少し加減を覚えぬか、暴走しすぎじゃろう。相変わらずと言えば相変わらずじゃが、ワシ主催の祭りで妙なことをするのはやめぬか』
「うぐっ……で、ですが、絶好のアピールチャンスで……」
『いい加減にせんと……そうじゃな『ツヴァイ』に報告するぞ?』
「ヤメテクダサイ、コロサレテシマイマス」
俺が初めて聞く名前だったが、マグナウェルさんが告げた『ツヴァイ』という名前はとてつもなく効果的だったみたいで、フィーア先生が明らかに動揺……いや、恐怖していた。
手はガタガタと震えているし、たぶんいま顔が真っ青になっているのだろう。よっぽど怖い人なのかな?
『……それが嫌なら、節度をしっかりと守るように』
「は、はい、気をつけます」
『うむ、ではな……』
フィーア先生との話を終え、マグナウェルさんは都市に向けて伸ばしていた首を引っ込める。相も変わらず桁違いに巨大な方だ。なにせ、俺たちに話しかけただけで、ここら辺一帯が全部影になったからね。
ともあれ、どうやら、最大の危機は去ったみたいだ……本当に危なかった。
拝啓、母さん、父さん――フィーア先生の大人の色気前回の攻勢により、俺はいまだかつてないほどの危機を味わった。マグナウェルさんが助けてくれなかったらと思うと、ゾッとする。まぁ、それはそれとして、フィーア先生があんなに恐れるとは、ツヴァイさんは――よほど怖い人なのだろうか?
……【シリアス先輩改修中】……
~おまけ・クロの家族の強さTOP5(クロ及び六王除く)~
1位アイン(公爵級高位魔族)
2位ツヴァイ(魔道人形)※未登場
3位フィーア(元魔王)
4位ラズリア(元妖精王)
5位ノイン(元勇者)




