マッドサイエンティストだ
偶然知り合った相手は、かつてノインさんと共に旅をした伝説のパーティーメンバーのひとり、森の賢者フォルスさんだった。
いや、本当に驚いた。どうなってるんだ俺のエンカウント率……ここまで来るともう、驚きしかない。本当になにか原因があるんじゃないだろうか?
「……えっと、一応確認しますが……フォルスさんは、ノインさんと一緒に旅をした仲間のひとりで間違いないですか?」
「ああ、相違ないよ。いや~しかし、懐かしいね。ノインとはしばらく会ってないからね。ラグナの馬鹿はしょっちゅう引きこもりがちの私を外に連れ出しに来る。どうだろう? 私は気遣ってくれるよい友を持ったと喜ぶべきか、それとも面倒な会議を放り出す理由にされて連れ回されることに嘆くべきか……友情とは難しいものだね。特にほら、私は『人見知りで無口』だからね。強制連行は辛いものが……」
「え?」
「うん?」
なんかいま、ありえない言葉が聞こえてきた気がした。誰が人見知りで無口だって? ……なんだ幻聴か。
「いえ、なんでもないです。そ、それより、ラグナさんと待ち合わせをしているのでは?」
「そういえばそうだった。しかし、心苦しいが私は絶賛迷子中でね。いや、そもそもまったく知らない場所なのだから、迷うのは必然とも言える。確かに私の見通しの甘さは責められてしかるべきだが、このままでは中央広場とやらに辿り着ける気がしない」
「……」
中央広場って、都市のど真ん中じゃ……中央塔目指して歩けば簡単に辿り着きそうな気がするんだけど……。
「ラグナさんとの待ち合わせは何時ですか?」
「時刻かい? 朝の9時だね。まぁ、現在の私の状況を考えるに、この時刻という要因にどの程度の意味があるかは、はなはだ不明ではある」
「……えっと、俺も丁度中央広場に向かっているところなので、よろしければ一緒に行きますか?」
「なんと、君は聖人か!? 昨今困っている者に手を差し伸べる情を持ち合わせている若者は減少傾向にあると聞くが、君はそれには当てはまらないようだ。いや、失敬。統計的な情報で君という個を測るのはよくないな。いまの発言は忘れてくれたまえ」
「は、はい……ともかく、続きは移動しながらで……」
このままフォルスさんのマシンガントークに付き合っていると、俺まで待ち合わせに遅れそうだったので、さっさと移動することにした。
とはいえ、俺とフォルスさんでは歩幅に差があるので、早足にはなり過ぎないように注意する。
「いやはや、重ね重ね迷惑をかける。先程もいったが、私も礼儀というものは心得ているつもりだ。この礼は必ずしよう。差し当たっては、どうだい? とても美味しい『目玉』を出す店を知っているんだが……」
「お気持ちだけもらっておきます」
「むむ、最近の若者は目玉料理は苦手なのかな? これは失敬、流行というものにはあまり敏感ではないのでね。では、なかなかバリエーション豊かな『虫料理』を提供する店があるのだが……」
「……結構です。お、お礼が欲しくて手助けしているわけではないので、お気持ちだけで十分です」
それもう、お礼じゃなくて罰ゲームなんだけど!? 目玉料理に虫料理って……心の底から食べたくない。
というか、フォルスさんは普段そんなものを食べてるのだろうか? い、いや、まぁ、人の趣味は人それぞれとは言うけれど……残念ながら、俺が共感できる日は来ないだろう。
そんな思いを抱きつつも、やんわりとお礼は不要だと告げると、フォルスさんは感心したような表情へと変わる。
「なんと、君は本当に謙虚だね。月並みな褒め言葉ではあるが、実に素晴らしい。しかし、う~む。このままなにも礼をしないのは私の矜持が許さない。だからと言って、君を満足させることのできる礼もすぐには思い浮かばない。心苦しいが、ここは少々時間をいただきたいね。なにかとびっきりのお礼を考えておくよ」
「わ、分かりました」
「ああ、そういえばそれで思い出したが、以前料理に関する魔法を研究したことがあって……」
フォルスさんのマシンガントークは、中央広場へ辿り着くまでの間延々と続くことになった。
広大な中央広場に辿り着いて視線を動かすと、ラグナさんは発見できなかったが、ノインさんとフィーア先生の姿はすぐに見つけることができた。
フォルスさんはノインさんとも知り合いだし、久しぶりに会いたいと言っていたので、まずはノインさんたちの元へ近付く。
「すみません、ノインさん、フィーア先生。お待たせしてしまって……」
「ううん、私達が早く着過ぎちゃっただけだしね。その子たちがミヤマくんのペットか~どっちも可愛いね」
「おはようございます。快人さん……おや? そちらの女性は?」
待たせてしまったことを謝罪しながら声をかけると、まずはフィーア先生が優しく返事を返してくれ、ノインさんもそれに続いて挨拶をしたあとで、俺の後ろに居るフォルスさんに視線を向ける。
「おお、ノイン! 久しぶりだね! 30年ぶりぐらいかな? 元気そうで私も嬉しいよ」
「え? えっと……『どちらさまですか?』」
「「え?」」
明るい笑顔で話しかけるフォルスさんだったが、ノインさんは心底不思議そうに首を傾げ、その予想外の反応に俺とフォルスさんも首を傾げることになった。
あれ? 一緒に旅した仲間なんだよね? ノインさんの性格上、冗談を言っているわけではないだろうし……どうなってるんだ?
「おいおい、なんて悲しい言葉。流石の私もショックを受けるよ。一緒に旅をして、苦楽を共にした仲間に忘れられるとは……確かに、人は忘却する生き物だ。忘れるという行為は多くの生物に与えられた資格でもあるだろう。しかし、それでも忘れるべきではないものというのも、一定数は存在すると思うのだが?」
「……そ、その、髪に目……そして、心底面倒な喋り方……も、もしかして、フォルス……ですか?」
「なんだ、覚えてるじゃないか……君も性格が悪くなったものだ。昔はそんな冗談を言うような……」
「いや、え? ほ、本当にフォルスなんですか!?」
「うん? それ以外のなにに見えるんだい?」
「えぇぇぇぇ!?」
どうやらノインさんはフォルスさんのことは覚えていたが、それでも目の前の人物がそうだとは思わなかったみたいだ。
それは、いったいどういうこと……。
「な、なんで『縮んでるんですか!?』」
縮んでる? フォルスさんが?
「おいおい、なにをそんなに驚いてるんだい?」
「い、いや、だって……フォルスは『私より身長が高くて、胸も大きかった』じゃないですか! なんで、そんな子供みたいな姿に……」
「ああ、そういえばそうだった。すっかり忘れていたよ。15年ほど前だったかな? ほら、大人数のグループの中で、特別なことはしていないのにやけに存在感の薄い者がいるだろう? アレを参考に『気配を小さくする薬』を作ってみたんだよ……そうしたら、面白いことに、気配では無く体が小さくなってしまった。ははは!」
「ははは……じゃないですよ!! なんで、そんなわけのわからない薬を飲んでるんですか!?」
「なにを言う、私は人道的な研究者だ。『人体実験は基本的に自分の体で行う』に決まっているだろう? まぁ、失敗することもあるさ! ああ、勿論命の危険がある薬は別だがね。というよりそんなものは作らないが……」
ようやく、ノインさんがどうしてあんなに驚いているのかが分かった。どうやらフォルスさんは、本来の姿はノインさんより背が高い大人の女性だったみたいだ。
それが久々に再会してみれば130cmくらいの体になっている。そりゃ、分からないよな……。
「……というか、15年前って……元には戻れないんですか?」
「いや? 作った薬のレシピはすべて控えてあるし、元に戻る薬なんて簡単に作れるよ」
「じゃ、じゃあ、なんで……」
「この姿はこの姿で便利なんだよ。食事も少量で済むし、実にエネルギッシュな体だ。その上、面白いことに若返ったわけではないのでね。魔力なんかはそのまま……むしろ、邪魔でしょうがなかった『脂肪の塊がふたつ無くなって』肩こりも治った。高所にある物を取りにくいのは難点だが、そこは台座なり魔法なりでどうにでもなる。肉体なんてのはしょせん肉の器、私はまったく気にしないよ」
「……はぁ……貴女は……本当に……」
ノインさんは心底疲れた様子でガックリと肩を落とす。無理も無いだろう、フォルスさんのキャラがあまりにも濃すぎる。この人の相手は、ものすごく疲れるんだよなぁ……。
拝啓、母さん、父さん――どうやらフォルスさんは、自分の体で人体実験を行うような人らしく、ノインさんもかなり呆れていた。というか、ベクトルは独特だけど、フォルスさんは間違いなく――マッドサイエンティストだ。
謝れ! 肩こりとは無縁の時空神様に謝れ!!
陸戦型シリアス先輩「濃い、とてつもなく濃いキャラ……そして私の勘が告げてる。コイツ、絶対シリアスブレイカー……私の天敵だ!」




