ノインさんとの距離が近付いた気がする
フィーア先生とノインさんの一悶着があって、俺が一人風呂へと残されたわけだが、二人の様子が気になってすぐに湯船から出ることにした。
う~ん、結局ゆっくり浸かれなかった……やっぱ俺、風呂に呪われてるんじゃないだろうか?
ともあれ早々に風呂から上がった俺は、体をしっかりと拭いてから脱衣所の外に出る。
しかし出たところにフィーア先生たちの姿はなかった。もしかするとまだノインさんが目覚めて無くて、脱衣所から出てきてないのかもしれない。
そんなことを考えつつ風呂場の前に用意されている、冷蔵庫に似た魔法具の中から牛乳を一本取り出す。
風呂上がりに冷えた牛乳が完備されている素晴らしさ、まさにVIP待遇といったところか……ちなみに俺は、フルーツ牛乳派である。
やはり作法として腰にしっかり手を当て、ふたを開けたフルーツ牛乳を一気に飲もうとして……。
「ミヤマくん!?」
「ぶぅっ!?」
脱衣所から飛び出してきたフィーア先生を見て、口に含んでいた牛乳は全て口外へと放出された。
床を汚してしまって大変申し訳ないとは思うが、こればっかりは仕方ないと思う。
何故なら飛び出してきたフィーア先生は、落ち着いた藍色で余計な飾りは少ないものの上品さを感じるブラと、同色のパンツのみを着用しており……早い話が『下着姿』で飛び出してきた。
「げほっ、ごほっ……ふぃ、フィーア先生!? な、なにしてるんですか!?」
「た、助けてミヤマくん!」
「へ? 助ける? あっ、ちょっ、なんで俺の後ろに!?」
フィーア先生の扇情的な下着姿に動揺しながらも慌てて聞き返すと、フィーア先生はそれには答えず俺の後方に回り込み、背中に隠れるようにくっついてきた。
え? なにこれ? どういうこと? あっ、なんか背中に柔らかい感触が……じゃなくて!? いったいなにが……。
「フィーアァァァァァ!!」
「ひぃっ!?」
フィーア先生の行動に戸惑っていると、地の底から響き渡るような、とてつもない怒りの籠った声が聞こえてきた。
そして、女性用脱衣所の入り口から……地獄の騎士が飛び出してきた。
それは、燃え盛るような深紅の全身甲冑に、人はおろかドラゴンの首でも刎ね飛ばせそうな大斧を担ぎ、狂戦士と化したノインさんだった。
「ご、ごめん、ヒカリ!? ま、まさかあんなことになるなんて……」
「許しません……よくも、よくも、快人さんの前であんな醜態を……千年前の続きがお望みなら、応じてあげますよ! 今度こそ、その首切り落とします!!」
「ひぃぃぃ、も、もう勇者じゃなくてバーサーカーになってる。ごめんなさいぃぃぃ!?」
「いいえ! 今日という今日は、いくら快人さんの後ろに隠れたからと言って……快人さんの後ろに……快人さん……え?」
全身から迸るほどに魔力を溢れさせながらこちらに接近してきたノインさんだが、俺のすぐ前まで来るとなぜか動きを止めた。
そして少し沈黙した後、大斧をゆっくりと肩から降ろした。
「あ、あの、ノインさん? お、落ち着いてください」
「……あ、い、いえ、これはその……違うんです。えっと……すみません、ちょっと失礼します」
「……え?」
なんとかノインさんをなだめようと声をかけると、ノインさんは非常に慌てた声で告げた後、脱衣所へと戻っていってしまった。
数分経ったあとで、ノインさんは戻ってきた……なぜか『綺麗な着物姿』になって……。
そして、俺の前まで歩いてくると、ノインさんは地面に三つ指をつき深々と頭を下げる。うん? これどういう状況? なんで、ノインさんが土下座してるの?
「……ノインさん?」
「……じ、事故だとは承知しています」
「え~と……」
「し、しかし、その、は、裸を見られてしまった以上……わ、私はもう快人さんの元に嫁ぐ他ありません! ど、どうか、不束者ですが……嫁にもらってやってください」
「……はい?」
突然の嫁入り宣言に一瞬頭が真っ白になるが、すぐに原因を思いついた。
ノインさんは非常に古風な考えの方……たぶんだけど、裸を見せるのは夫になる相手にだけって感じに考えてるんだと思う。
そして、偶然とはいえ俺はノインさんの裸を見てしまった……夫となる相手以外には見せないはずの裸を……つまり、えっと、これは、その……責任をとれってことなのか?
俺はその重い意味の籠った言葉を聞き、しばらく沈黙する。そして十分に考えたあとで、ノインさんに視線を合わせるようにしゃがんでから言葉を返す。
「……ノインさん」
「ひゃぃ!?」
「えっと、提案なんですが……今日のことはいったん忘れませんか?」
「え? し、しかし……」
「分かってます。ノインさんにとって今回の出来事が重要だってことは……けど、結婚ってとても大事なことだと思うんです。だからこそ、こんな形でというのは……ノインさんが後悔してしまうと思います」
今回の件に関しては俺にも責任がある。しかしだからと言って、責任を理由にノインさんと結婚するのはなんだか少し違う気がした。
「なので、いったん今日のことは忘れて考えてみてください。どうしても忘れられないというなら、俺がシロさん辺りに頼んでなんとかします」
「……」
「それで、裸を見られたからだとかじゃなくて……これから交友を深めていって、ノインさん自身の意思で改めて結論を出してほしいんです」
「……快人さん」
「なので、その……俺のワガママかもしれませんが、今回の件は一度忘れてくれませんか?」
自分の意思を伝え終えた俺は、静かにノインさんの言葉を待つ。ノインさんは少しの間、ジッと俺の顔を見詰め……軽く溜息を吐いてから微笑んだ。
「……分かりました。今回のことは、互いに忘れることにしましょう」
「はい!」
「……ですが、その……」
「うん?」
俺の提案を了承すると伝えてくれたあと、ノインさんは恥ずかしそうに頬を染め、人差し指を突き合わせながら囁くように告げる。
「……か、完全に忘れることは出来ないかもしれません。で、ですから、もし忘れられず、私に嫁ぎ先が見つからなかったら……その、せ、責任を……取ってくれますか?」
「……はい」
「……ぁぅ……じゃぁ……忘れられないかも……しれません」
「え?」
「な、なんでもないです!? も、もしもの時は、よろしくお願いします!!」
拝啓、父さん、母さん――古風な考え方を持つノインさんだからこそ、裸を異性である俺に見られたのはとても重要なことだったみたいだ。その件に関してはいったん忘れるという結論に至ったが……なんだろう? いままでより――ノインさんとの距離が近付いた気がする。
シリアス先輩Act3「……私はコーヒー牛乳派……」
 




