閑話・宮間明里~勝利を信じて~
六王祭の会場である都市から姿を消したルーチェ……いや、明里は一瞬のうちに都市から遥かに離れた場所へと移動していた。
しかし、それは彼女自身の力ではない。そう、アリスとイリスの予測通り、彼女を都市から転移させた存在が居た。
「……もう、いいのですか? まだ少しぐらい話す時間はありましたが?」
「ええ、アレ以上話すと馬鹿な私はきっと失敗しちゃいますから……あの子と話す機会を与えてくれて、ありがとうございます……『シャローヴァナル様』」
「感謝は不要です。私は私の都合で貴女を利用しています」
抑揚のない声が響き、周囲の景色が空中庭園……神域へと切り替わる。当然のことながら、その場に居る存在は神界の頂点、創造神シャローヴァナルに他ならない。
そう、明里という存在を快人に接触させた黒幕は、シャローヴァナルだったのだ。
彼女はクロムエイナの質問に対してこう答えた。快人の母親を生き返らせてはいない、快人の母親と同じ存在を創造していないと……。
その言葉に偽りはない。なぜなら、『宮間明里は生き返ってなどいない』から……ここに居る彼女は魂だけの存在であり、いわばシャローヴァナルの力によって物に触れられるようになったゴーストだった。
『宮間明里の魂を譲り受けること』、それはシャローヴァナルがかねてよりエデンに対して交渉を行っていた内容である。
シャローヴァナルは『ある目的』のために、どうしても明里の魂が必要だった。そのため、かなり早い段階からエデンに対して交渉を行っていた。
エデンはなかなかそれを了承してくれず、交渉は難航していた。しかし、エデンがこちらの世界に訪問し、快人に対して強い関心を抱いたことで、エデンにもシャローヴァナルの目的に手を貸す利点が生まれた。
故に交渉は成立し、明里の魂はこうしてこちらの世界にやってきていた。
シャローヴァナルは目的のために明里の魂を手に入れたわけだが、内容が内容なので彼女にも選択の自由を与えた。己の目的に協力するか否か、それを選択させるため、正体を明かさないことを条件に快人との接触を許していた。
「それで、どうします? まだ思考する時間は足りませんか?」
「……いえ、十分です。貴女様が提示した条件を……飲みます」
「構わないのですね? 最悪の場合、貴女が『快人さんの心を殺す』結果にもなりえますよ?」
「……」
明里に対してシャローヴァナルが要求した内容……いや、割り振った配役は……快人への障害だった。
それは言ってみれば自分の息子と敵対するような内容であり、機会を与えたとはいえここまでアッサリと了承するのは、シャローヴァナルにとっても意外だった。
だからこそシャローヴァナルは問いかける。本当にそれでいいのかと……。
その質問に対し、明里は真っ直ぐにシャローヴァナルを見詰めながら言葉を返す。
「……私じゃ無理です。こうして貴女様を前にしているだけで震えが止まらない。貴女様に勝つことなんて、抗うことなんて不可能だと確信しています」
「では、貴女は恐怖によって私に従うのですか?」
「……いいえ、違います。私じゃ無理です……でも、あの子は……『快人は貴女様に勝ちます』……」
「私が貴女に説明した試練の内容は、かなり厳しいものだと思いますが?」
「はい、本当に……誰も乗り越えることなんてできないんじゃないかとさえ思いますよ」
「発言が矛盾しているようですが?」
発言を聞いて首を傾げるシャローヴァナルを見ながら、明里は震える己の体を叱咤しながら、強い光の宿った瞳を向ける。
「私は矮小な人間です。貴女様が怖くて仕方がない、誰かが貴女様に勝つ未来なんて想像すらできない。でも、快人はきっと私には想像もできないソレを、私が思い描けない未来を作り出してくれると信じています。私はちっぽけな存在ですが……自分の息子を全力で信じてあげられないほど、弱いつもりはありません!」
「……」
「方法は想像できなくても、私は快人がシャローヴァナル様に勝つと信じています。だから、私は『この魂を賭けのテーブルに置きます』」
自分では想像もできない未来、誰もシャローヴァナルには勝てないという認識……明里はソレすら、快人が覆してくれると信じていた。
快人を信じて、己の魂を賭けることこそ……彼女の戦いだった。
そんな明里を見て、シャローヴァナルはほんの僅か、注意してみなければわからない程度に口角を上げる。
「……なるほど、確かに貴女は快人さんの母親のようですね。なかなか面白い言葉でした」
「……」
「貴女の発言は的を射ている。たしかに快人さんなら私の試練を乗り越え、私に勝利する可能性があるでしょう……現時点では『2割』ほどですがね」
「……それは、もの凄く高評価って受け取ってもいいんでしょうか?」
「ええ、私は快人さんをとても高く評価している。だからこそ、知りたいのです。あの人は無二の存在……逃せば二度と手に入らないのか、それとも代用がきくのか……私をここまで思い悩ませるとは、貴女の息子は罪作りな男性ですね」
そう告げると同時にシャローヴァナルは軽く指を振る。すると、明里の体が光に包まれ、小さな球体……魂へと変わった。
そしてその魂を手に持ちながら、神域からの景色を眺めて呟いた。
「……舞台は整いつつありますね。しかし、我ながら酷い試練を考えたものです……クロは本気で怒るでしょう。神界が滅びないように下準備でもしておきますか……」
語る内容は不穏なものではあった。しかし、呟くシャローヴァナルの表情は……いつになく楽しげで、どこか未来を期待するようなものだった。
~NGシーン~
天然「私はくだらないスリルに目がないんですよ。どうです? 賭けてみますか?」
あかりん「……賭けよう! 私の魂を!」
天然「グッド!」
シリアス先輩Act3「だからあとがきでブレイクするのやめろぉぉぉぉ!?」




