生き生きしているように見えた
高級フレンチかと思ったら、ちょっと変わった中華料理だった。一品目の豚足は、なるほどかなり美味しかったが……豚足をナイフとフォークで食べるは、なんとなく少し違和感がある気がする。
中華料理風のフルコースとすると、次はサラダかな?
「なんとなく、フルコースっぽいね」
「そうですね。アミューズは無く、オードブルからだったので、次はサラダでしょうかね?」
「……葵先輩、アミューズってなんですか?」
「そうね。居酒屋で言うところの『突き出し』みたいなものかしらね」
「……居酒屋で言われてもわかりません」
慣れた様子の葵ちゃんに比べ、俺と陽菜ちゃんはかなり知識不足が目立つ。というか、このテーブルに葵ちゃんが居てくれてよかったよ。
丁度そのタイミングで色鮮やかなサラダが運ばれてきて、それを口に運びながら話を続けていく。
「陽菜ちゃん、突き出しって言うのは、一口で食べられるような料理で、大抵は店側からのサービスみたいな感じで注文前に出てくるんだよ」
「へぇ~さすが、快人先輩は大人ですね!」
「いや、俺もそんなに詳しいわけじゃないけど……葵ちゃん、サラダの後はやっぱりスープなのかな?」
「ええ、普通のフレンチであればそうですね。パンも出てくるかもしれません。その後は、プラがポワソンとヴィヤンドのどちらかだけか、両方あるかによって変わりますね。もし片方だけなら、先にグラニテが出てくると思います」
「……ごめん、まったくわからない」
いまの葵ちゃんの台詞だけで、知らない単語が4つぐらい出てきた。う~む。フルコースと言うのは、なんとも敷居が高い。
「プラというのはメイン料理のことです。大抵はポワソン……魚料理と、ヴィヤンド……肉料理に分類されていますね。ただ、これは店によってかなり違います。メインが生の料理の場合は、アントレとなっている場合もありますね。そして、グラニテというのは口直しの氷菓です。プラが何品あるかによって出るタイミングが違いますね」
「な、なるほど……」
「ただ、この店は中華風なので、ひょっとしたらパンの代わりに点心……シュウマイとかですね。それが出てくる可能性もあります。そうなるとグラニテは無いかもしれません」
「あ、葵ちゃんすごいな……フルコースとかよく食べるの?」
丁寧に説明してくれる葵ちゃんに、続けて質問をしてみると……答えは別の場所から返ってきた。
「葵先輩は、楠グループのご令嬢ですからね~」
「ちょっと、陽菜ちゃん……」
「楠グループって……よくテレビとかの協賛に出てる、あの?」
「……少し大きいだけの会社ですよ」
いやいや、楠グループっていえば、俺でも名前を知っている。化粧品や衣類、はてはIT関係にまで幅広く手を伸ばす日本でも有数の巨大企業のはずだ。
まさか、葵ちゃんがそこの令嬢とは……さすがに名字が一致しているだけじゃ、その発想には至らなかった。
「陽菜ちゃんだって『代議士の孫』じゃない」
「そうなの!?」
「い、いや~あ、あはは……」
葵ちゃんは大企業の御曹司。陽菜ちゃんは政治家の孫……ハイソサエティだ。
「へぇ、二人共凄いね。うちは普通のサラリーマンだったから、ちょっとびっくりした」
「……そんなこと言ったら、快人さんの方が凄いじゃないですか」
「へ?」
「だって、快人さんの恋人は、世界一の大企業の会長に、王族……世界は違いますけど、うちなんかとはレベルが違いますよ」
「むむっ、言われてみれば……たしかに」
クロは世界一のお金持ちだし、アイシスさんも魔界に広大な土地を持つ大富豪、リリアさんは王妹で、ジークさんだって元宮廷魔導師の娘、そしてアリスは世界最大の諜報組織のトップ。うん、俺の恋人たちも、十分すぎるほどハイソサエティだった。
「ていうか、快人先輩の反応……なんかアッサリですね? 引いたりしませんか?」
「う、う~ん。引いたりとかはないかな……葵ちゃんの言う通り、まわりが凄過ぎて麻痺してるのかも……それに、まぁ、家族がどうであれ、二人は俺の可愛い後輩だってことには変わりないしね」
「「……」」
俺の言葉を聞いた二人は、少し興味深そうに俺を見詰めた後、フッと笑みを零した。
「……なんか、快人先輩のそういうとこ……やっぱりいいですね」
「まぁ、私は長い付き合いだし、快人さんならそう言うって分かってたけどね」
「え? 長い付き合いって……まだ半年ぐらいですよ?」
「残念ながら、私は『4年と半年』なのよ」
「えぇぇ!? ど、どういうことですか?」
葵ちゃんの言う4年とは、俺と彼女がゲームの中で……シェルとハイビスとして過ごした年月のことで、陽菜ちゃんが知らないのも無理はない。
しかし、確かにあの4年を換算すると、いまここに居る人たちの中では、葵ちゃんが一番長い付き合いだ。
「……秘密よ」
「え~気になります! 葵先輩、意地悪しないで教えてください!!」
「ふふふ……だ~め、これは私の大切な思い出だから、そう簡単には話してあげないわ。ね? シェルさん?」
「あ、あはは……」
葵ちゃんはそう言って笑いながら、俺に向けてウィンクをしてきた。たぶん、内緒にしておいてくれってことだろう。
しかし、それにしても……葵ちゃん、なんだか楽しそうだ。
拝啓、母さん、父さん――葵ちゃんは初めの印象だと、クールでどこか話しかけづらい印象があった。しかしこうして一緒に過ごしていると印象もだいぶ変わってくる。いや、もしかしたら、変わったのは印象ではなく葵ちゃんの方かもしれない。少なくとも、いまの葵ちゃんは……初め出会った時より、ずっと――生き生きしているように見えた。
シリアス先輩Act3「ちなみに、プラの後にはフロマージュといって、チーズが出されることが多い。フレンチはワインと共に楽しむ料理が多いから、チーズを食べることで二日酔いを緩和してるんだよ。まぁ、私は食べたことないけどね! 私はフレンチ食べたことないけどね!! 私は一度もそんな高級料理食べたこと無いけどね!!! この控室、ココアとベビーカステラしか置いてないんだけどね!!!!」




