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沈んだ心は晴れていた



 俺の母さんは、背が小さくて……料理がとても下手な人だった。


『ぐ、ぐぬぬ……このキッチン高くて使いにくい。はっ!? もしかして、私の料理がうまくいかないのは、身長と合ってないキッチンのせいなんじゃ……』

『いや、母さんの料理は……すごく雑だからじゃないかな?』

『あなた?』

『い、いや~夕食が楽しみだなぁ……あはは』


 しかも、料理だけじゃなくて、なんというか……手先が不器用で、その上どこか抜けてるところがあって、よく失敗をしていた気がする。

 だけど、いつもニコニコ明るい笑顔を浮かべていて、俺のことを本当に大切に想っていてくれた。


『快人! もうすぐ運動会だよね? お母さんいっぱい応援するから、ね? あなた?』

『ああ、カメラは任せろ! 最新機種をドーンとボーナス一括払いで買おうじゃないか!!』

『……ふ、普通ので……いいよ?』


 よく父さんと一緒になって、大袈裟なことを言ってたりしたっけ……。


 そして、誰よりも前向きで、誰よりも未来に希望を持っている人だった。


『……母さん。その手帳は、なに?』

『ふふふ、これはね。お母さんが叶えたいな~って思った夢をメモしてるんだよ』

『叶えたい夢?』

『うん! 一度しかない人生なんだから、胸いっぱいの夢を持っていたいんだよ。まぁ、もちろん全部を叶えるなんて出来ないけど……ちゃんと叶った夢もあるからね』


 母さんがよく持ち歩いていた手帳は……母さんが死んでから俺が手に渡り、そこで初めて中を見ることになった。

 その手帳には母さんが子供のころから抱いた沢山の夢が記されていて、叶えたものには印が入っていた。


 「スチュワーデスになりたい」とか叶わなかった夢がある傍ら、花丸の印が付いた「素敵な恋愛がしたい」なんて夢もあった。

 そして、一番新しい夢は……「愛しい快人が、私が自慢できるような立派な大人になってくれる(絶対叶う)」と、そんな内容で……それを見た時は、涙が溢れてきた。


 母さんは、いつでも俺を応援してくれていた。本当に、いつも、いつも……俺は、そんな母さんが大好きだった。


『……母さんは、なんでそんなにいっぱい応援してくれるの?』

『おっと、もちろん快人が悪いことをしたら叱るよ? でも、そうじゃないなら、可愛い息子を応援しない理由なんてないよ』

『……』

『快人の人生はまだまだこれからだけど、覚えておいてね。私はいつだって、快人を応援してるよ……私は、いつまでも快人の一番の味方でいたいから……ね?』


 いつだって、母さんは俺の背中を押してくれていた。いつも、いつも、頑張れって……そう、言ってくれた。

 

 そう、死ぬ直前ですら……。

 

『快……人……頑張って……もうすぐ……助け……から……貴……だけ……も……きて……』


 それが……朦朧とする意識の中で、最後に聞いた母さんの声だった。









「……ト……カイト?」

「え? あっ……す、すみません」

「……大丈夫?」

「え、ええ、大丈夫ですよ」

「……でも……さっきから……アイスクリーム……食べてない」


 心配そうに俺の顔を覗き込むアイシスさんを見て、ようやく俺は我に返る。

 母さんと瓜二つの女性を見かけた衝撃は大きくて、いまだ頭の整理が付いていない。


「……なにか……あったの?」

「……そ、れは……」

「……無理には……聞かない……でも……カイトがいいなら……教えてほしい」

「……上手く、説明できないかもしれませんが……」


 純粋に俺を心配しながら、踏み込んでも大丈夫かどうか迷うような表情を浮かべるアイシスさん。その表情を見ていると、少しだけ心が落ち着いてきた気がした。

 そして俺は、ゆっくりと話し始めた。先程あった出来事……アイシスさんの居る位置からでは、俺に隠れてよく見えなかったであろう人物の話を……。


 話す内容自体は簡単だ。死んだ母さんとそっくりの人を見かけて、動揺してしまったと……たったそれだけ。

 しかし、ザワつく感情を上手く表現するのは難しく、なにせ、自分自身でも答えは出ていないのだから……。


「……別人だとは……分かってるつもりなんです。でも、それでも、もしかしたらって……可能性としては……もしかしたらって……」

「……私は……別人だと……思う……カイトのお母さんは……『別の世界で死んだ』……」

「……」

「……でも……私も死者の蘇生に関しては……詳しくない……クロムエイナに聞いてみると……いいかもしれない」

「……はい」

 

 分かっている。別人の可能性が濃厚……いや、ほぼ確実なのは……もし本当に母さんが生き返ったのなら、あそこで俺に声をかけてきたはずだ。

 けど、理解するのと納得出来るかどうかは別……もし母さんが生きていたらと、そんな考えが頭から消えてくれない。


 考えたところで答えが出るはずもないが、それでも考えられずにはいられない。そんなどうしようもない動揺を感じていると、ふいに体が引き寄せられ……柔らかな感触が顔に触れた。


「……え?」


 アイシスさんが俺を引き寄せ、胸に抱えるように抱きしめたのだと、すぐに理解できた。柔らかい胸の感触、少し冷たい体、そして鼻孔をくすぐる心地良い香り。


「……カイト……私を……見て」

「……アイシスさんを?」

「……うん」


 言われるがままに視線を上げると、優しげな表情を浮かべたアイシスさんと目があった。


「……忘れろなんて……言わない……カイトにとって……すごく大事なことだと……思う」

「……」

「……でも……考えすぎるのも駄目……それは……すごく疲れる……」

「……アイシス……さん?」


 ギュッと俺の頭を抱きしめながら、アイシスさんは子守唄のように優しい声で告げる。


「……『私が居る』」

「……へ?」

「……カイトは……お母さんと会えないかもしれない……けど……カイトには……私がいる」

「……」

「……私には……カイトの苦しみを……消してあげることは……できない……でも……一緒に居ることはできるから……カイトを……ひとりになんてしない……辛い時は……私がずっと……一緒に居る」


 それは、かつて俺がアイシスさんに告げた言葉。

 苦しみを消すことはできない、それでも一緒に居ることはできると……孤独に震えるアイシスさんを抱きしめながら、伝えた言葉……アイシスさんは、それを自分の言葉をして俺に返してくれた。

 胸にじんわりとした温かさが広がってくる。そして、気が付いた時には、俺はアイシスさんの背中に手を回していた。


「……だから……いまは……私だけを……見て欲しい」

「……はい。その、ありがとうございます。ちょっと、急な出来事でナイーブになってたみたいです」

「……カイトが……元気になってくれたなら……私は……嬉しい」

「はい……えっと、それで、その……迷惑でなければ、もう少しこのままでいてもいいですか?」

「……いっぱい……甘えて……いいよ」

「……うん……ありがとう」


 お礼の言葉を告げてから、俺はそっと目を閉じてアイシスさんに身を任せる。

 そういえば、この世界に来てから……こんな風に甘えれたのは、心地良い安心感を得たのは、クロ以外では初めてかもしれない。


 拝啓、母さん、父さん――母さんに瓜二つの人を見たのは衝撃で、しばらくショックから立ち直ることが出来なかった。けど、アイシスさんの……愛しい恋人のお陰で、いつの間にか――沈んだ心は晴れていた。





シリアス先輩MK-Ⅱ(シリアス力:3)「あ、ありのままにいま起こったことを話す……私は前回の引きを見て、ついに六王祭のメインたるガチシリアスだと期待したら、いつの間にかいちゃついてた。な、なにを言ってるのか分からないと思うけど、私もなにをされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだ……コメディだとかフラグブレイクだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしい『この作品の本質』を味わったぜ……え? 次回もいちゃつく? ……え?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大天使……いや女神様か……
[一言] …なんか血を吐くのが疲れてきたな…( ´ཫ` )
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