気が合うのかもしれない
苦労して、本当に苦労して時の女神相手に事情を説明し、何とか納得してもらう事が出来た。
それはもう9割方クロに責任を擦り付けておいた。まぁ、あながち間違いではないし、後時の女神はおろかアインさんでさえ、大体クロのせいって事で納得してくれたからね。
ちなみにリリアさんは気絶から立ち直った後、ずっと真っ白な顔で小刻みに震えて、俺を恨めしそうな目で睨んでる。ちなみにそうなる前に「帰ってから話があります」と地の底から響く様な声を掛けられた。
以前「もう他にとんでもない交友関係はないんですよね?」と聞かれて「もう他に魔族の知り合いはいません」と答えた件に関してだろうけど……魔族じゃなくて神族だったのと、俺も創造神だとは知りませんでした……とかで許してもらえないかな? 厳しそうだな……
「しかし、シャローヴァナル様の祝福とは……シャローヴァナル様は世界の神、その祝福と言う事は即ち、ミヤマはこの世界そのものの加護を得たと言う事ですね」
「さあ?」
「……なぜシャローヴァナル様が、首を傾げていらっしゃるんですか!?」
確認するように告げた時の女神の言葉に、シロさんは当り前の様に首を傾げ、時の女神は両手で頭を抱えて顔を伏せる。
何か時の女神って、どこかリリアさんに似てるって言うか……たぶん苦労してるんだろうなぁ……
「茶菓子も用意しましょう。快人さん、ベビーカステラが良いですか?」
そしてシロさんは頭を抱える時の女神をガン無視である。時の女神が不憫すぎる。
後、人をベビーカステラ好きみたいな扱いにしないで頂きたい。確かにこの世界に来て一番多く口に運んでいるのは、間違いなくベビーカステラだろう。何せ殆ど毎日一個は食べてるからね。
しかしそれは俺がベビーカステラ好きなのではなく、毎日俺の部屋に襲来する幼女魔族が持ってくるから食べてるだけだ。
しかもご丁寧に毎回味を変えて来る……昨日は餡子入りだった。あのベビーカステラに対する凄まじい執念はどこから来るのだろうか?
「なんでも、食べやすくてクッキーの様に持ち運んでも割れたりしないのが良いらしいです」
「そうなんですね。ちなみにシロさんは何が好きなんですか?」
「特にこれと言ったものはないです」
「ふむふむ、俺は甘いお菓子とかも好きですけど、アップルパイ……この世界ではリプルのパイですね。アレが特に好きで、自分で作ろうとした事もあるんですけど……あまり上手く作れませんでした」
一先ず時の女神の事は俺にはこれ以上どうしようもないので置いておく事にして、シロさんと雑談を始める。
シロさんは無表情のままで俺の話を聞き、納得した様子で指を振る。すると、テーブルの上には焼き立てと思われるリプルパイが現れていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……突然出来たてが現れましたけど、これマジックボックスみたいな感じですか?」
「いえ、今作り出しました」
「……それは何か、創造神の力的なアレで、ですか?」
「はい」
「物凄く能力の無駄遣いの様な気がしますね」
「そうかもしれませんね」
改めて考えてみると創造神様相手にこんな気安く話しかけるのも問題かと思うが、シロさんは気にしてないみたい……と言うか、口角が少し上がっているので楽しそうに見えるし、何だかんだで会話も弾むので俺も楽しい。
リリアさん達はまだ召喚魔法陣についての話し合いが途中みたいだったし、混乱から抜ければそちらを再開するだろう。
俺はその話には全然ついていけないので、もうしばらくシロさんに話相手になってもらう事にしよう。
「成程、これが攻略されていると言う状態ですね」
「間違いなく違います」
拝啓、母さん、父さん――まぁ、色々混乱はあったし、この言い方は無礼に当るのかもしれないけど……文句を言う事も多いけど、クロとは違う意味でシロさんと話すのも楽しいし、何だかんだで――気が合うのかもしれない。
雑談を行っている快人とシャローヴァナルからそっと離れ、クロノア、アイン、リリアの三名は顔を見合わせる。
「……凄いですカイトさん、創造神様とあんなに親しげに……私なんて、創造神様を目にしただけで息苦しくて、ロクに会話など出来ませんでした」
「いや、リリアよ。貴様の反応の方が正常だ……シャローヴァナル様は我々とは明確に格が違う存在故、纏う魔力は強大な威圧感となる。故に余程の強者で無ければシャローヴァナル様を前にして、平常ではいられない筈なのだが……ミヤマは何故、普通に会話が出来ているのだ?」
どこか楽しげにシャローヴァナルと会話をしている快人を見て、リリアが感嘆した様な呟きを溢し、それにクロノアがフォローを入れる。
クロノアの言葉通り、創造神としてほぼ全能と言っていいシャローヴァナルの魔力は、垂れ流しにしているだけで並どころかある程度力のあるものにさえ圧迫感に似た圧力を与える。
シャローヴァナル程ではないにせよ、最高神であるクロノアや『公爵級高位魔族』であるアインも、力の弱い人族相手であれば威圧感を与える事は出来る。以前リリアの屋敷を訪ねたクロムエイナが行ったのもそれに該当する。
ただクロムエイナを初め、クロノアもアインも平常時は周囲をむやみに威圧してしまわない為に、あえて身に纏う魔力を抑えており、だからこそリリアもその三名とは緊張しながらも会話を行う事が出来た。
しかしシャローヴァナルには、そう言った考えはなく平常時も魔力を特に抑えてはいない。無論全力で魔力を放つ時と比べれば微々たるものではあるが、それでも創造神であるシャローヴァナルと言う存在は規格外であり、彼女が普段纏っている魔力は……クロノア、アインが臨戦態勢になった際に発する魔力に匹敵する程強大なもの。
故にシャローヴァナルに威圧されずにまともに言葉を交わすには、それこそクロノアやアインと言った世界の頂点クラスの力がなければ不可能な筈だった。
「……おそらく特性でしょうね。あくまで推測ではありますがカイト様の体……と言うより魔力は、敵意の無い魔力を恐ろしい程の速度で受け入れ、適応しているのだと思われます」
「成程な、そう言えば魔力に意思を乗せる魔法を使用しておったな。奴は精神や感情に影響する魔法を得意としておるのやもしれん。しかもシャローヴァナル様の魔力に対応する程となれば、相当な才と思って相違ないな」
「もしかすると、クロム様がカイト様に強い関心を持っているのも、それが理由かもしれません」
「……確かにな、強大な力を持つ存在であればある程、脆弱な力しか持たずとも対等に言葉を交わせるミヤマの存在は面白く感じるのやもしれん。実際我も、今の貴様の考察を聞いて面白いと感じた」
そう、いわば快人の存在はクロノア達の様な圧倒的な強者から見れば、非常に珍しく面白い存在と言える。
彼女達から見れば脆弱と言っていい程小さな魔力しか持たない存在でありながら、敵意を込めて魔力を放たない限り威圧されない存在。
宮間快人と言う存在の希少さを改めて認識し、クロノアは少し沈黙した後真面目な表情でリリアの方を向く。
「……リリアよ。今後、ゆめ注意しておけよ」
「……え?」
「奴は強者に魅入られやすい……つまり興味を抱かれる機会が多いだろう。だが、興味を抱いたからと言って、奴の存在そのものをその相手が気に入るかどうかは別の問題だ」
「……は、はい!」
真剣な表情で話すクロノアに対し、リリアもその言葉の意味を察したのか背筋を伸ばして頷く。
そう、快人は強者に魅入られやすい。それは即ち、今後もそう言った強者を惹きつける可能性は十分にあると言う事。
「特に六王には注意せよ。貴様も奴もまともに言葉を交わした事があるのは冥王のみであろう? アレを六王の基準と考えるな、アレは魔界でも相当の変わり者だ」
「……」
「出来れば、戦王と死王の領地には近付くな。奴等は気に食わない相手とみなせば異世界人とて、容赦なく殺すぞ……」
「ッ!?」
「特に『死王・アイシス・レムナント』……貴様も目にした事は有るだろう? アレは存在そのものが『死の塊』……万が一にも関わらぬよう留意せよ」
「……はい」
重々しく告げたクロノアの言葉を受け、リリアも非常に緊張した様子で頷く。
元より彼女は戦王と死王の領地に足を運ぶつもりはなかったが、今の言葉を聞いてより徹底する様に心に刻み込む。
そんなリリアの様子を見て、クロノアは微かに微笑みを浮かべる。
「なに、貴様で手に余る事態になるようなら、いつでも声をかけよ。その時は我が手を貸そう。我も最高神の一角、六王相手と言えどそうそう遅れはとらん」
「心強いお言葉です」
クロノアとリリアが言葉を交わしている様子を見ながら、アインは静かに思考していた。
「……(死王アイシス……数多の亡者を統べる『悲しき死霊の王』……ですが、もしかしたらカイト様なら……)」
その瞳は何かを期待する様に、創造神と言葉を交わす快人を見つめていた。