思い出は積み重なっていくのだろう
最初の失敗を教訓に、それからはアリスのガイドブックを参考にすることにした。
ガイドブックに載ってない店は、後から参加したものなので六王配下ではない。事前に申請して店を用意している店もあるが、ガイドブックにはその辺りのこともちゃんと書いてあった。
そして、やはり六王配下……それも爵位級クラスになると、アイシスさんを前にしても逃げることはない。とはいえ、アイシスさんと互角に近い力が無ければ完全には耐えられないので震えていたり顔が青くなっていたりはする。
それでもやはり、六王配下が逃げることはない。逃げれば主である六王の顔に泥を塗ることになるので、気合いで耐えて接客をしてくれた。
男爵級、子爵級はかなり大きく震えていたが、伯爵級ぐらいになると多少顔色が悪くなる程度で済むみたいで、その辺りからも実力の高さが伺えた。オズマさんなんて普通に苦笑しながら話してたし、やっぱり伯爵級は爵位級の中でも一線を隔すみたいだ。
「……面白い飾りですね。羽を組み合わせてるんでしょうか?」
「……これは……魔界の東部に住む……有翼族の飾り……祈祷に……使う」
「なるほど」
流石に巨大なフリーマーケットだけあって、いろいろ珍しい品が置いてあった。一緒に回っているアイシスさんが博識なお陰で、知らないものに関しても説明を受けられるので、非常に助かる。
「有翼族って、ハーピー族とは違うんですか?」
「……うん……ハーピー族は人族……有翼族は魔族……似てるけど……少し違う」
「ふむ」
そういえば、ハーピー族とかは名前は聞いたことがあるけど見たことはない。なんとなくだけどハーピー族は手が翼で、有翼族は背中から翼が生えているイメージだ。機会があれば会ってみたいものだ。
そんなことを考えながら、アイシスさんと一緒に露店を見て回っていると……ふとひとつのアクセサリーが目に止まった。
「……あれ? このブローチの飾りって、前にアイシスさんに貰った花ですよね?」
「……うん……ブルークリスタルフラワー……枯れない花だから……装飾品として……人気」
その出店には様々なアクセサリーが並んでいて、そのうちのひとつがアイシスさんと初めて会った時に貰った花が使われていた。
値段は……金貨一枚!? ってことは、これひとつで百万円!?
「……すごい高級品なんですね」
「……ううん……ブルークリスタルフラワーは……そんなに……珍しくない……この値段は……たぶん……製作者が……人気なんだと……思う」
「ああ、だから高価なんですね。えっと……『フローレンス』……これがその製作者ですか?」
「……うん……すごく人気がある……でも……気まぐれで……なかなかアクセサリーを……作らない」
アイシスさんの話だと、本当に滅多に出回らない貴重な作品らしく、ここで見つけられたのはラッキーかもしれない。
「……ちなみに……フローレンスは……『シャルティア』
「……は?」
なんかいま物凄く聞き覚えのある名前が聞こえた気がする。え? うそ、このアクセサリーってアリスが作ったの? しかも大人気なの?
ま、まぁ、確かにアリスって技術はもの凄いし……納得できなくもない。というか、アイツ一体いくつ名前があるんだ?
アイシスさんから告げられた衝撃の事実に少し茫然としたが、気を取り直して出店の店主に声をかける。
「……すみません、このブローチ買います」
「は、はい! ありがとうございます!」
店主はアイシスさんにやや怯えながらも、俺から金貨を受けとってブローチを手渡してくれる。
俺がそのブローチを購入したことが意外だったのか、アイシスさんは不思議そうな表情で首を傾げた。
「……カイト? ……それ……どうするの?」
「ああ、ほら、この花はアイシスさんと初めて会った時の思い出の花なんで……つい買っちゃいました。というわけで、アイシスさん。これをどうぞ」
「……え?」
「アイシスさんによく似合うと思いますし……プレゼントです」
キョトンとするアイシスさんの手を取り、購入したブローチを渡す。
その名の通り、青い水晶みたいなこの花は、アイシスさんにきっとよく似合う。
「……いいの?」
「もちろん!」
「……ありがとう!」
アイシスさんは俺からブローチを受け取ると、それを大切そうに両手で握りしめる。なんというか、本当に仕草ひとつひとつが可愛らしい方だ。
そして、少ししてからアイシスさんはそのブローチを自分の胸元に付ける。
今日のアイシスさんはいつもより白の多いゴシック風ドレスだからか、青いブローチがよく映えている。
「やっぱり、よく似合ってますよ」
「……ありがとう……カイト……嬉しい」
「アイシスさんに喜んでもらえたなら、良かったです」
「……うん……また……カイトとの……素敵な思い出が……増えた」
心から幸せそうなアイシスさんの笑顔は、胸元に咲くブルークリスタルフラワーが霞んでしまうほど……美しく、ただただ目を奪われた。
拝啓、母さん、父さん――思い出をたくさん作ろうというのは、以前アイシスさんに告げた言葉だ。二人で祭りを回って、こうしてプレゼントをして、アイシスさんの美しい笑顔を見ていると、その言葉が心に思い浮かんでくる。これからも、こうしていくつもの幸せを感じながら――思い出は積み重なっていくのだろう。
シリアス先輩「……こふっ……ヒュー……ヒュー……」




